ある学校の文化祭の風景 ―中編 逆シンデレラ― レッドへリング作
ガッチャン……
 俺にはその音が人生の終わりを告げるギロチンの音に聞こえた。大げさに聞こえるようだが、あんたもこの殺気を間近に触れたら、この比喩がいかにかわいい物か…よく分かるはずだ。 気分はまるで売られて殺される牛のようだ。

 怖い…ものすごく怖い……

 もしこの世に神様がいるのなら、どうかこの女に天罰を与えてください。マジでお願いします。

 ある学校の文化祭の風景 ―中編 逆シンデレラ―

「じゃあ、皆さぁん♪ …そこに一列に並んでください。」
 そこにいるのは学級委員でも、ましてや人の子でもない、悪魔だ…絶対に悪魔の類だ。一列に並べて銃殺にでもするつもりか? そうでなかったら、一体何をしようと言うのだろうか?
 彼女は生物準備室から、何やらやたらと変なオプションが付いたハンディライトを持ち出してきて変な色の光線を一人ずつ当て始めた。彼女のしている行為が訳が分からないので、文句を言ってやろうかと思ったのだが、あの蛇のような殺気を向けられるだけなので黙っていた。
 訳の分からない光線を浴びた後、文句を言おうとしたときだった。急に身体が熱くなり苦しくなる…周りの皆も苦しんでいた。
「み…宮野ぉ、お前…俺たちに、何を、やった!?」
「ただの飼い犬や猫じゃあ面白くないでしょ? …だから、実験のついでにあんた達に犬猫になってもらって楽しんでもらおうって魂胆よ。」
 その間にも俺の手や足…どうやら身体中から銀色の細かい毛が生えてきていた。ひどい奴はふさふさの尻尾や長くて細い尻尾が生えてきている。どうやら、変なライトを当てられた順番で変化も違ってくるらしい。
「ちなみに…ご飯やトイレは後ろにあるから。後、逃げようと思うかもしれないから言っておくわ、これが無いと絶対に元に戻れないから逃げたが最後…保健所に連れて行かれて殺されるわよ。じゃ、ごゆっくりぃ〜。」
「ま、ま…てぇ。アガッ、アオッアオッ!!」
 冗談とはとても思えない台詞を聞いている間に、服はぶかぶかになり尻尾は伸びて口と鼻が完全に伸びてしまった。辛うじて耳だけはまだ変形していないが、これも時間の問題だろう。気がつけば、生物室に入った12人のうち8人が完全に犬や猫になって気絶していた。
「うぐるぅぅぅぅ。」
 俺という存在を根本的に変えようとする大きな手が、まるで骨ごと無理やり変形させようとしているかのような激痛とともに手の形が変わっていってしまう。そんな強烈な激痛に耐え切れず、意識を暗黒の世界へと手放してしまった。
――
「野々宮、大丈夫か? おい。」
 目を開けたらぼんやりと茶白黒が混ざっている毛皮を持っているであろう日本猫の顔が映る…遠くがぼんやりとしてしかも、モノクロなので見にくい。
「その声は北沢か?」
「ああ、お前。 本当に大丈夫か?」
「何とかな、目がおかしいんだが本当に犬か猫になっちまったのか? …俺。」
 目の前の猫は言い難そうに…でもはっきりと答えてくれた。
「そうだよ。野々宮の場合は犬だったみたいだけど、見た目はかなりいけてるよ。」
 慰めてくれているのだろうが、慰めになってないところがまた辛いところだが、その心遣いに心の中で感謝した。
「そういえばな、杉本がトイレと昼、夕のご飯を用意してくれたんだけど…あいつ泣きながら『すまねぇ、すまねぇ』って、言いながら準備してたよ。」
「あいつも辛いだろうな。」
「だねぇ、気に病まないといいけど。」
 北沢はいつの間にか窓の外で輝いているを半月を遠い目で見ながら言った。多分、明日は俺たちがレンタルされるのだろう。そう思うと腹が立ってしょうがないので思いっきり叫んだ。
「宮野の大バカヤローーーーーーー!!」
 後々聞いた話だが、明日の朝の学校の電話には『学校から犬の遠吠えがうるさかった』との苦情が殺到したらしい。

次の日―――
 教室にはたくさんの人でごった返していた…何年前かどこぞの高校で同じような出し物があったので話題になったらしい。ちなみに俺達の動けるスペースは広く取ってある。借りるには大体5人ずつ、スペースに入って選んでもらうシステムになっていて、借りられる時間は最高で2時間と決まっているみたいだ。
「あ、わんちゃんだぁ〜。」
 早速、客がおいでなすったようだ…。
「グルルルルル……。」
 思いっきり威嚇してやる。あいつの操り人形にはなりたくなかったので、これはささやかな嫌がらせだ。
「うわぁん、コワイよぉぉぉ。ママぁぁ!!」
「そ、そうね別のワンちゃんを探しましょう。」
 よし、この調子でどんどん客に悪い印象を与えてやろう。
「ご、ご主人ぃぃぃん。どこですかぁぁぁぁ!!」
「こら、ハチ! 止まりなさいって!!」
 聞きなれた姉の声と吼え声…どうやら、自分の様子見に来たついでに、ハチのお婿さん探しのために連れてきたのだろう。…母親の命令で。
 一人と一匹は、ずかずかと並び順をすっとばして受付に来て宮野に問いかけた。
「すみません、野々宮なんですが…弟は今、どこにいますか?」
「あ、野々宮君ですか? 彼なら今、餌を買ってきてもらってます。量が量だけにちょっと時間がかかるので帰れないかもしれません。」
「そうですか。では、姉が来たと伝えておいてください。」
「はい、分かりました。」
 いけしゃあしゃあと宮野が応対する。声を出したかったが、声を出したが最後…間違いなくハチに見つかる…飼い主としての威厳があるので、それだけは避けなければいけない。
「あなた、ご主人様と同じような匂いだね。」
「うわっ!!」
 背後からいつの間にか来ていたハチに尻の匂いを嗅がれていた…あ〜、やばいなぁ…状況だなぁ。しかもハチから良い匂いしてるし…そういえば発情期だったけか。このまま、誘惑に負けてプロポーズしてしまったら…ふられても屈辱的だが、受けたら受けたで大変な事になる。大体、俺は元々、人間…交わる事はあってはならないのだ。
「へぇ、ハチ…この仔が気になるの?」
 何時の間に姉にアピールしていたハチ…あぁ、終わったなぁ。姉の行動は目に見えてる…次の台詞はきっとこう言うだろう。
「順番飛ばして非常に心苦しいのですが…文化祭見て回るついでに、この仔借りちゃっていいですか?」
 あぁ、やっぱり……。
「はい、じゃあこちらにお名前をお願いします。」
 これはもう逃げられない…腹を括るしかない。
「では、なるべく2時間後には戻しに来て下さいね。ではごゆっくり〜。」
「ありがとう。」
 気がつけば首輪に鎖が繋がれ、ハチの隣を歩いていた。姉は屋台で買った綿飴を食べながら、のん気に歩いている。俺はここだ。気づいてくれ…ないよなぁ、人間が犬になってるなんて現実的にありえないから。
「ねぇ、貴方はペットショップにいるのよね? ひょっとして、血統書とかついてるヒト?」
「うぅん、お店のヒトは雑種だっていってたから。ついてないんじゃないかな?」
 その一言でより一層いい匂いを漂わせ始めたハチ…あぁ、やばい本能に飲まれそうだ。
「ところで、今更なんだけど私の名前はハチ…よろしくね。」
「店ではイチと呼ばれてる。」
「よろしくね、イチ。」
 ハチは照れ隠しのように少し前を歩く…ハチを仔犬の時から人から譲り受けて育てている俺の心境としては、嬉しくもあり、また犬として生まれてきていたら間違いなくプロポーズをしている…これははっきりと断言ができる。

 あの後、体育館に入った…姉はさしてうまくもないバンドを子守唄に眠りこけていた。俺はハチの執拗なアプローチに耐えるので精一杯だった。
「ねぇ、イチ…プロポーズして下さい。牝の私が言うのはおかしい話なんですけど。」
 痺れを切らしたハチが切り出してきた。これはもう本当に腹を括らなければならなかった、ふってあげなければならない。彼女の為にも俺の為にも……。
「ごめん、ハチ。ボクにはそのプロポーズを受ける事はできないよ。」
「!? …どうして!? どうしてなの?」
 動揺するハチ…パニックにならないようになるべくやさしい言葉を選んで告げた。
「ボクにはあえなくなるけど、もしもう一度巡り会えるなら…その時はプロポーズするから。…ね。」
「本当に?」
「ああ、本当だよ。」
 そこには確かに幻ではなく、一秒一秒を全力で犬生を生きている犬として存在している俺がいた。


 続
ある学校の文化祭の風景 ―後編 甘い思ひ出―
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