ある学校の文化祭の風景 ―後編 甘い思ひ出― レッドへリング作
「ボクにはあえなくなるけど、もしもう一度巡り会えるなら…その時はプロポーズするから。…ね。」  あの時のあの言葉は自分自身にも言い聞かせているようだった。

ある学校の文化祭の風景 ―後編 甘い思ひ出―

 体育館の中は、うるさいバンドから漫才になり。姉はそれに気がつき結構な時間が過ぎていることを知って、あわてて俺たちを引っ張りながらあわてて教室に戻る。先ほどのショックのせいかハチは押し黙ったままで、俺達は教室につくまで一言も話そうとする事は無かった。
「お帰りなさい…お楽しみいただけましたか?」
「えぇ、2時間越えてすみませんでしたぁ。」
 姉と宮野の会話を聞いて初めて空は朱に染まり、カラスも鳴き始めていた事に気がついた。
「………から。」
 ふっ…と、ハチが呟く。
「え?」
 良く聞こえなかったので聞き直した。
「ずっと、待ってるから。他の男が言い寄ってきても、断るから!!」
「分かった。絶対に迎えに行くから。」
 今年の文化祭はいろいろ屈辱的なものもあったが、本当に甘酸っぱくて…かつ、楽しい物になってしまった。

文化祭終了後――
 生物室にて、犬・猫にされた生徒が一斉に殺気を宮野にむける。これは当然の流れだろう…俺を含めて、彼らが何をしたというのだろう? 罪があるとすればこの女にある。
「ちょ、ちょっとぉ、元にもどしてあげるって言うのに…その目はなぁに?」
「そりゃあ、当たり前だろうが…後、先生が呼んでたぞ。行ってこい…後はやっておくから。」
「あ、そう? じゃあ、行ってくるわ…後はお願いね。」
 彼女は疑いもせずにもう一人の学級委員に問題のライトを渡し、走り去って行った。
「さて、皆さん。本当にお疲れ様。今回…先生と話し合ってあいつの処遇を決めた。その前に皆さんを元に戻します。苦しいだろうが、もうちょっと我慢してくれ……。」
 そう言って彼はライトの光を俺達にあてた。当然、あまりの痛さに俺含めて皆が皆、気絶してしまいその日は帰れなかったというのは言うまでも無い事だろう。

次の日――
「皆さん〜♪ 今日は、昨日の文化祭でここを利用してもらった人達の感想を発表しちゃいまぁす。」
 昨日の全ての元凶はいけしゃあしゃあと感想を読み上げる。犠牲にならなかった人間も片付けに追われて帰れなかったのだろう…皆、げっそりしている。ちなみに教室全体が宮野への殺気で殺伐としていた。
「宮野さん?」
「なぁに? まだ途中よ? 杉本君。」
「皆に謝ることあるよな?」
「え? 別にないよ? 皆、楽しい文化祭だったわよね?」
 その一言で教室内の空気はさらに重くなる。
「え? 何? この空気。」
「先生と相談してね…罰を与えることになった。」
「え? 何ソレ…聞いてないわよ。大体、そんな事をしたら私の父さんが……。」
 黙って今までの話を聞いていた先生が口を開いた。
「ご両親にはもう許可は取ってある。私に黙って事を進めたのが運のツキだったな。杉本…遠慮せずにやれ。」
「先生、了解です。」
 杉本は宮野の発明したライトを宮野にむける。
「え? 何で貴方がそれを持ってるの? 確か……!?」
 傍から見ても分かるほど顔が青くなる。
「そんな…私の完璧な計画が…文化祭が……。」
 学級委員は躊躇無くライトを宮野に当てた。
「い…いやぁぁぁぁぁぁ。あ、ぐぁがぁ。あ、がぁ。」
 ライトを直に当てているからだろうか? 変化するスピードが俺達の時と圧倒的に違う…鼻が突き出し耳は垂れ下がり、金色の長い毛が生え、体格も犬のものへと変化していく。
 ものの数分で宮野の姿は消え、代わりに気絶しているゴールデンレトリバーがそこに存在していた。
「さて、その姿で一週間くらいここで住んでもらえば反省すると思うし…皆はどう思う? 賛成だと思う人は手ぇ上げてくれ。」
 クラスの全員が無言で手を上げる。
「私、先日死んだ犬の犬小屋あるから持ってきます。」
「重たいだろうから。俺、手伝うよ。」
 皆がわいわいと騒ぎ始めたからか、先生が教壇に立った。生徒全員が静かになる。
「意見がまとまったところでな、職員会議の事を報告しようと思う。」
 騒いでいた生徒は一瞬にして静まり、張り詰めた空気が教室の中を支配する。
「今日、ここのクラス以外は代休になっているのに皆には来てもらった。故に明日、このクラスは特別に休みになった。」
 先生の言葉が終わる前に教室の中は歓喜の声で埋め尽くされていた。その後、担任の授業である英語だけ受ける事になり、げっそりとしながら俺は帰路についた。
 家に帰るといつものようにハチが飛びついてくる。
「ただいま、ハチ。」
 俺はそう言うとハチをそっと抱きしめた。
「あ、秀…あんた、文化祭の時何してたのよ?」
 自分の中で感動的なシーンなのだが、姉の邪魔が入る…どうして邪魔するかな……。
「さぁ? 姉貴の遠くにいたようで近くにいたかな。」
「何よ、それ?」
 姉貴は不審そうな目をしながらもダイニングルームへと入っていった。俺はハチをつれて部屋に戻り、これを書いている…もし、許されるならばもう一度犬になってハチと添い遂げたい…が、それは叶わぬ夢なのだろう。だが、あの一瞬だけは絶対に…絶対に忘れないだろう。

 ここまで書き終わると窓の外を見た…日差しが暖かく気持ちがいい。だが、心の中はぽっかりと何かが抜けていた。それは犬としての自分のせいなのかどうかは分からない。
ピンポーン……
 呼び鈴が鳴り響く…どうせ姉貴が対応するだろう。俺はベッドの上でハチをなでていた。


 完
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