長い行水・前編 和製ぺペロンチーノ作
「こんばんは!!テレビをご覧の皆さん!!今日は、凄い商品をご紹介します!!」

 遅く家に帰って、寝っころがりながらテレビをつけてみると、ハイテンションで商品を紹介するテレビショッピングだった。疲れた耳には、耳障りの他ならなかった。チャンネルを回そうと再びリモコンに手をかけたが、ボタンを押すことはせず、留まった。
「…最近の研究では、首から肩にかけての血流が滞ると、仕事などの能率が下がり、最悪、うつ病にもなると言われてます。いかに血流を良くするかがポイントになる訳です!そこで、今日ご紹介するのは、この商品です!」
 首輪のような物をした女性が運動やら何やら色々とやっている。
「こちら、中に入っている電池から流れる電気によって首や肩こりを緩和する‘エレクトロ‐ネック’です。今まで、磁石などによって肩こりの緩和を図る商品は多くございましたが、こちらは電気によってさらに効率良く緩和する事を可能にしました。電気だから濡れたりしたら大丈夫なの?とお思いのお客様もいらっしゃるとお思いますが、こちらはなんと、生活防水仕様となっており、汗をかいたり、お風呂などでご使用頂いても平気な様に作られていますのでご安心して使っていただけます。」
 販売員が女性たちに話しかける。
「どうですか?体がポカポカしてきませんか?」
「…そうですね。肩から首だけでなく、全身が不思議とポカポカして、頭がスッキリとします。」
「いかがです?さぁ、肩こりに悩まされ続けた皆さん、驚きですよ。この‘エレクトロ‐ネック’がなんと1万円を切りました!なんと……9980円でのご提供です!申し訳ござ いません、こちらの商品、限定商品のため、100台のみの提供となります。そのため、先着順となってしまいます。さぁ、今すぐお電話を!」
 その一言で、揺らいでいた気持ちが完全に傾いた。いわゆる衝動買いだ。すぐさま、電話を手にとった。

「商品の注文をしたいのですが…」

―――――

ピンポーン

 おお、やっと届いたかと思って、寝っころがっていた状態から立ち上がり、玄関へと急行した。
 小さいがずっしりと重さのあるダンボール箱をリビングへと持ち込む。あんな小さい首輪に対してこのダンボールは、明らかに過重包装だと思った。
 開けてみると、ふむふむ、説明書を読んでみるとこんなことが書かれている。

 本製品は防水仕様になっておりますが、海水、温泉などでのご使用は、本製品の発する電気による感電など想定外の事故が発生する可能性があります。こういった所での使用はご遠慮ください。

 というのは頭からすぐに忘れた。

 そうして、首輪を常に付けることにした。

―――――

 ある時、大学にてA君(本名をだすと後々で彼に酷く文句を言わると大変面倒なのでA君にします。決してその‘A’にアホとかアンポンタンというニュアンスが入っていない事を断っておきます。)が
「おう!休みに温泉行かねえか?」
 と言ってきたのが始まりだった。
「温泉?」
おもむろに雑誌を手渡された。「超開運!穴場のパワースポット特集」とかいうページを無視して、温泉のページを見た。写真だからかも知れないが、情緒のある街並みが写し出されてた。それを見て、パワースポットとか言うのは抜きにして、情緒のある街並みも後押しして、連れを伴って旅行に行くのもまぁ悪くないかなと思った。
「ああ、暇なら行っても良いけど……」
「あれ?聞こえないなぁ…ちゃんと、言ってくれる?」
「……え?……ハァ……是非とも一緒に行かせてく、だ、さ、い。」
「……うん、うん、宜しい!」
 チッ…誘ってみたが一緒に行く奴が見つからなくて結局、俺を当たってきたていうのは、他の友人から聞いたことからすれば、明白だったので、可哀想だなとか思って、付きやってやろうと思ったら、この態様だよ……。A君じゃなくて、K君とかU君にした方が良かったか……。

―――――

 車内にはクーラーが今の時代にも関わらずまだ無く、扇風機がクルクルと回っている。避暑地とはいえ暑かったが、その様子は不思議と懐かしさを覚え、風が来なくとも暑さを和らいでくれていた。
 コンクリートジャングルの高い造形物の単調な風景に目が慣れているせいか、渓谷に沿って伸びる単線路線を走る車両の窓から見える雄大な景色は目の保養になった。

「これから行く温泉ってパワースポットらしいね。こんな不景気だから、景気付けに良いんじゃね?」

「パワースポット?おいおい、まだそんな事を言うのか?その歳にもなってオカルトめいた物にどうして惹かれるのか?」

「ちげーよ、今、話題になってんだよ!ここの温泉に浸かると、幸せになれるってさぁ!」

(オカルトと何が違うのか?まぁ、雑誌とかの扇動に見事に乗せられている点でもっと質《たち》が悪い)

「ここの温泉、なんらかのイオンが含まれて良いらしいよ。」

「じゃ、効能は?」

「……いや、わかんねえ。でも、良いらしい。」

(…彼の様子にぴったりの皮肉が浮かんだが、自分の心に仕舞っておこう…。)

 出発した時刻から何時間も掛けて目的の駅に着いた。レールバスから降りると木製の駅舎が先ず目に飛び込んできた。しかし、A君はそれには全く興味を示す事無く、すたすたと無人駅を出た。彼に旅の情趣を解する事を求めようとしたのが、元々間違っていたようだ。さて、その次に目に入ってきたのは、目新しい看板だった。
「ここは、古くから景勝地として貴族などが訪れました。そして、この地には白鴉伝説があり、曙(夜明け頃)にその白鴉を見た者は幸せに成れると言われています。また、この地の温泉も白鴉と同じ白濁の温泉で、浸かれば幸せが訪れると言われています。」
と書かれてた。
 あの雑誌で特集されたので置いたような看板を半ば信じる事は出来なかった。どうせ、客寄せの為のファンタジーだろと冷ややかな批判が心に浮かんだ。
 さて、街並みでも見ながら時間を過ごそうと思って歩き出した時、
「おい!バスに乗って、旅館に行くぞ!」
 え?お土産とか見ながら、古い街並みを見て行こうと思ったのに、何その自己中発言?見ると右手に確かに旅館の名前が書かれた古いマイクロバスが停まっていた。
「おっちゃん、バス出してくれる?」
 とA君はどうしても早く行きたいように言った。マイクロバスの壁面に若干錆があり、こんなボロいのに走れるのかとか思った。
「あれ?他にこのバスを使う人っているんですか?」
「ああ…他の人は、歩いて街を散策してから来るから…このバスを使うのはあんたらだけだ。」
 ……そういう事か。若干訛りのある口調だった。まだ着いたばかりなのに、今旅館に行った所でする事があるのか。嫌な予感がした。
「自分はいいや。他の人と一緒に街を散策してくる。だから、先行けば。」
 と言って、バスを出て行こうとした時、A君は持ち前の傍若無人ぶりを発揮した。
「……ちょ…ちょ…待てよー。俺一人で行くなんておかしくない?いや、どう考えたっておかしいだろ。うん、おかしい。だから、お前も俺と一緒に行くのが普通だろ。」
「……?……?……!?」
 全くこんなにも論理の通らない弁証は聞いたことはない。第一、何の相談も無く、そそくさと旅館に行く方がおかしいだろ。これは弁証と言うより、我がままなだけだ。
「……で?どうすんだい?」
 バスのおっちゃんは苛立ちを隠せず尋ねた。
「あ!やっぱり、行くみたいですので、出して下さい!」
 A君は強行した。
「待って下さい!降ります!降りま……」
 もう遅かった。おっちゃんは、大分気が短かったようで、押し切られた…。

 ガラガラの車中でA君とは離れて座り、目を合わすこともせず一言も口を聞かなかった。反省の表情を見せるのなら良いが、A君には自分の意見が通ったという一種の満足感があるだけだった。ただそれでも「荷物を持って旅館のある山の上に登る大変さが無くなっただけまだ良いか」などと自分を納得させる理由を探すしかA君の理不尽さを自分の中で消化出来なかった。
 山道をどんどん上っていくと、道の勾配もきつくなってきた。エンジンを唸らせながらボロバスは大丈夫なのかと思うようなほぼ45度の傾斜を登っている時は冷や冷やした。しかし、ボロバスは慣れたように上っていった。

―――――

 高台にある旅館に着いた。雑誌に載っているよりか、寂れているような気がしたけど、外観は別に気にする必要はあるまい。チェックインを済ませ、重い荷物を置きに部屋へと突入。個人まりとした和室があった。華やかさなどない立派な和室だった。しかし、とはいっても和室は和室、面白みが無いというのは『旅館=和室』という物にたいする一種の懐疑心のような思いが浮かんだ。

「よし!俺は温泉に入ってくる!!」
 語勢を強くしてA君は言った。勝手に行けよと思いながら聞き流し、
「じゃ、旅館の外を散策してくる。」
「…えっ温泉に入らないのか?」
「……まだ暑いし、今から入って、その後に汗かいたら意味ないだろ。」
「…あっそ!連れねーな!」

 とりあえず聞き流して、旅館を後にした。


 続
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