龍の姫巫女・第三章 水野白楓作
 私は神事の途中で、島の守護神である「龍」の手によって姿を半人半龍の龍人に変えられて、体そのものも「龍」に支配されたまま、普段は人が踏み入れる事の無い龍返神社の奥殿に入っていった。
 奥殿の内部は、一見すると本殿を少し小型にしたような建物で、何の変哲もない神社の建築物の様に見える。中は暗くてよく見えないけれど、祭壇と大きな甕が1個、姿見が1枚置かれている だけで生活の跡の様な物は微塵も感じられない。
(これは、明日になったらお掃除する必要があるかしら……)
 私は自分で見た範疇でそんなことを考えていた。
 その時、
(『心配するな。僅かだが、今の儂にも我が宿に相応しき姿に作り変えるだけの力はある。儂が明け方までにここを修繕するゆえに、お前は身体を休めるが良い……』)
 私の中にいる「龍」が私に話しかけてきた。次の瞬間、私の体内から閃光が発せられ、私はそのまま意識を失ってしまった。

『何だか……胸が苦しい……』
 次の朝、私は胸に今までにない圧迫感を感じて目を覚ました。次第にはっきりとしてきた意識の中で目に入ったのは、うつ伏せになって眠ってしまった自分の身体と床の間に挟まれて強く圧迫されていた自分の豊満になった胸だった。
『いやっ』
 びっくりした私は立ち上がろうとした。だが、次の瞬間私は自分が人間の姿と同じようにして立ち上がろうとして、自分の胸の重みと鳥足に変形してしまった事実を思い起こさせる事になった。
『きゃっ』
 立ち上がったと思った瞬間、私はバランスを崩してそのまま尻餅をついてしまった。
ドスン!
『う、うっ』
 お尻も痛かったが、同時に自分の身体に重くのしかかってくる胸の重みに悲鳴を上げた。
『し、しまった……』
 私は思わず、巨乳へと変貌した自分の胸へ視線を向けようとした時に、微妙な変化に気付いた。昨日は突然の変身に耐え切れず、乳首を隠すのがやっとであった筈の巫女衣装のサイズが直されていて、豊満な胸がきっちりと隠されていた。
『こ、これは……』
(『巫女にいつまでも斯様な見っとも無い姿をさせる訳にはいくまい。これは、巫女に対する「ふぉろー」とかという仕儀だ』)
『あ、ありがとうございます……』
 私は取り敢えず龍にお礼を述べた。周囲を見回すと、奥殿の奥の扉が開け放たれていて、中からは光が差し込んで奥殿の内部に涼しい風が流れ込んできているのが分かる。派手な装飾こそ皆無に近いけれど、静かな佇まいの建物で住み心地はいいみたい。
 きゅるる……。
 不意に私のお腹の中で空腹の音がした。
『お、お腹がすいてきたなあ……』
 私がそんな事を思っていると、ふと伯父さんの言っていた事を思い出す。――姫巫女は次の満月までの1ヶ月近く封印された奥殿の中で過ごす。奥殿には一切の飲食物は持ち込む事は許されず、水も飲まず食べ物を摂ることも無く過ごし、次の満月の晩に再度皆の前に姿を現したときには全く神事の前と変わりのない姿を見せる――。
 い、1ヶ月間も水も食べ物も摂らずにピンピンしているなんて、嘘じゃないの!? 私、もうお腹が減ってきているのに……。
 私は現実にあり得ない言い伝えがやはり間違いだったのでは? と、考えて不安に駆られていく。そのとき、私の両胸の先端にほんの一瞬、まるで電撃が走ったかのような刺激が襲った。
『うぐっ…かっ…はぁ……』
 次の瞬間、私の両方の乳房が熱を帯び始めた。私が何もしていないのに、胸の内側で何かが疼き始めたかと思うと、次の瞬間にはそれが乳首の先端に集まって乳首そのものを膨らませていく感覚を感じていた。
『どっ……どうして……私、何もしてないのに……』
 私はとうとう我慢しきれなくなって、白衣と肌襦袢の襟元を開く。そこには乳腺が発達して、親指程の大きさに成長していた淡桃色に染まった乳首が蛇腹の上から覗いていた。私が何かの衝動に駆られるかのように自分の乳首の先端をつまんで指を動かすたびに、乳房は形を変えてゆく。
『……ううっ!』
 それとともに胸が一段と張り、その中に何かが溜まってきて最早、収まる気配は無い。胸も一段と張ってきた。
『……い、いやあつっっっ!!』
 私が悲鳴を上げながら、乳首をつまんでいた指を離した次の瞬間、乳腺が開いて両方の乳首からねっとりとした乳白色の液体が甘ったるい香りとともに溢れ出した。それはまさしく、私の母乳そのものだった……。

 ある意味、今の私の姿は余りにも惨め極まりなく感じられた。自分が出した母乳に塗れた巫女衣装を着た半人半龍の少女……人に見られたらとても生きていけないような姿に思えた。
『ねぇ、あなたは私に一体何をさせたいの?』
 私は自分の中にいるであろう龍に精一杯の強い口調で問い詰めた。だが、「龍」は沈黙したまま何も答えようとはしない。
『なら、私にも考えがあるわ』
 私はこう言い放つと、咄嗟に立ち上がって外に出ようと扉を開いた。しかし、次の瞬間――。
『あ、熱い……く、苦し……い』
 私は真夏の灼熱の太陽を浴びた瞬間、体中が急速に熱を帯び始め、体内の血液が一斉に沸騰を始めたかのような感覚に陥った。全身を覆った鱗が乾いてくると同時に、息苦しくなって喘ぐようにしか呼吸が出来なくなってしまった。
『はあ、はぁ…………』
 結局、私は表に出てから、15秒と持たずに逃げ帰るように再び奥殿に戻って扉を閉めた。私は犬のような舌を出して荒々しい息をしながら、まるで蛇のように這って奥殿を移動する。
『これじゃ、まるで蛇みたいね……』
 少し呼吸が楽になってきた私は力なく笑う。膨らんだ状態胸がまるで水風船のように下に引き寄せられ、胸の先端が床と擦れ合うことで生じる違和感を覚えるけれど、それすら先ほどの灼熱地獄に比べたら大した問題ではないように思えた。さすがの私でも、龍は蛇と同じく変温動物で、私自身の体質も変温動物のそれに変わってしまったために、自分で体温調節も出来なくなってしまったというある意味においてはとても情けない状態にあるという現実を漸く認識するに至った訳であった。
 そのとき、
(『なんという娘だ。その体で外に出ようとなんて考えるなんて、そもそも人にあってもその姿ではどういう目で見られるか考えたことがあるのか……』)
 龍が私に話しかけてくる。
『それは、私の台詞よ! この行事の肝心なことがいくつも私に内緒にされているようですけど。私は儀式を掌る姫巫女なんでしょ? その私に全てを打ち明けないで一方的にいろんな目に合わされたら、こっちだって逃げ出したくもなるわ!』
 私も龍が一応神様であることなど忘れて、これでもかという位言い返してしまう。
(『分かった。お前さんにこの儀式の全てを教える時が来たようだな……』)
 龍が溜息をつくようにしながら、私に対して重い口を開き始めた。
(『そもそも、龍というものは水を招きよせる力はあっても、所詮は水辺に棲む水妖に過ぎなかった。だが、いつしか人間達は我を神として祀るようになり、この島に鎮座するようになった。だが、水妖といえども不老不死ではないし、寿命がある。そこで、我はここのかつての宮司である国造と約束を交わしたのだ。200年に一度、我の力が衰えを見せた時に処女を「姫巫女」として奉げる。「姫巫女」は我をその身を宿して姿を水妖に変え、その胎内にて龍の力を再生させて再び卵から我を孵して天に放つ。これによって我の生命は甦り、地上に水をもたらすことで人間達との約束に応える。これがこの儀式の本当の意味だ』)
『卵を孵すって……その卵は』
 私はおそるおそる龍に尋ねる。
(『勿論、今はお前の子宮の中にある……』)

えっ―――!?
『ちょ、ちょ、ちょっ……それって私は……に、に、にんしんしてるって……』
(『結果的にはそうなる。ただし、お前の体は男を知らない生娘のままだから安心するが良い』)
 処女懐胎で妊娠……龍に自分が処女であること(あとで落ち着いて考えてみれば、そもそも巫女の条件って処女っていう条件もあったのかも?)を面と向かって(これも龍が私の体内にいる以上、不適切かも?)を言われた上に、男の人とロクに付き合ったこともなく、また同世代の子には既に母親になっている子もいるとはいえ、自分自身がそうなるのはずっと先の事だと漠然と考えていただけの私にとって、処女懐胎だろうが、胎内にいるのが神様であろうが、私の子宮の中に「出来ちゃった」という説明を聞いて思いっきり凹んでしまったのであった。
 だけど、これよりももっと驚くべきことがこの後の私を待ち受けているという事実を、私はまだ知らないでいたのである。


 続
龍の姫巫女・第四章
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