龍の姫巫女 第二章・後編
ミシッ!パキッ!
 私の両掌に一瞬痛みが走ったかと思うと、次の瞬間にはピンク色をした爪が、粉々に砕けて落ちていった……指先を見ると、代わりに黒くしなやかな新しい爪が勢いよく指先を覆って、次第にその先端を尖らせていく。やがてそれは鋭利な刃先の様な鋭さと光沢を併せ持った左右5本ずつの厚い鉤爪へと変わっていった。 指先の変化に触発されたかのように手の甲から薄桃色の産毛が生えてきて、手首を伝って肘の辺りに達したあたりまでにかけて一気に広がっていく。それは既に私の皮膚を覆っていた青い鱗と融合して変質し、薄桃色の殻状になった鱗が鉤爪の付け根までを覆っていく。
 外側を除いてなぜか鱗にも殻にも覆われていなかった両手の掌はその表面の色を黒ずませて、掌全体が盛り上がるように隆起させながら表面を覆って柔軟性を保ったまま硬くなり、薄黒色の肉球へと変化して外に露出させた。
 同様に膝から下でも薄桃色の産毛が鱗と溶け合って薄桃に染まって硬質化し、鳥特有の鱗に覆われた硬い鳥足へと変貌する。足の平の骨格が歪んでかかと側は床から浮き上がったまま斜めに長く伸び、指の付け根側は地面についたまま真っ直ぐ伸びてつま先立ちになってしまった私の体を支えつつ、その裏側は全体的に少し盛り上がり、平らな形をしたまま掌と同じ様な薄黒色の肉球で覆いつくされる。足指はその数を保ちながらも指先には鋭く尖った左右それぞれ5本の鉤爪を備わっている。
 手足の指からは指紋が消えて、その痕の皮膚が少し盛り上がって手足にあるものをそのまま小型化した小さな肉球が覆った。
ミシミシッ……。
「……あっ、ああっ……」
 続いて私の体の至る所で筋肉が体内で蠢き、私の身体が膨張していく。
ムキムキムキ…
 筋肉の発達はわたしの全身へとひろがっていく。巫女衣装の下では女性らしい体型を維持保ちながらも全身の体つきが引き締められていく。
 でも、私の体に纏わり付いている体脂肪が削ぎ落とされていくたびに、蛇腹の一部と化していた私の左右の乳房に蓄積されていき、その肉感が急速に増し始めて膨らんでいく。全身から余分な脂肪がすっかり消えてしまった頃には、私の胸の膨らみはCカップからGカップ位の巨乳へと変貌してしまっていた。
 更に蛇腹の下を筋肉が覆い始め、乳房を支える胸筋も隆起して胸を二重に膨らませた。既に私の胸は巫女衣装からはみ出してしまい、豊満な乳房を抱えた蛇腹が露わになって隠す事が出来なくなる。
「あ、ぁい…………いや……」
 私はとても自分の物とは思えない様な隠微な膨らみを見せる胸を見て再び悲鳴を上げようとするが、あまりのショックに声が出ない。
 既に私の身体を中から押し上げていくように山のような隆起を見せ、筋肉質の陰影を全身のあちこちで見せている。更にそれに合わせて全身の骨格が伸縮を始めて関節も形を変え始めて、目には見えないけれど私の体内で鋼の様に頑丈で太くなっているのが分かる。
 鱗や蛇腹の下から筋肉の筋が浮かび上がって幾重にも走っている。首が太くなり、肩も筋肉で隆々として両腕も細身ながら筋肉質で余計な脂肪がすっかり落ちたものとなっている。私の腹筋は硬くなって腰周りも太くなりだした。
 鱗に覆いつくされた大腿部が発達して筋肉質の影が走り、膝から下の鳥足もそれには及ばないまでも太く頑丈そうなものへと変わりつま先立ちとなった両足をしっかりと支える。
 やがて、私は尾?骨の辺りに奇妙な違和感を覚えた。程なく私の左右のお尻の割れ目が何かに突き上げられるかの様に急激に盛り上がってきた。
「し、し…っぽ…………?」
 私は震えた声を出しながら不安の余り、とっさに緩んでいた袴を下ろして下半身を覗いてみた。
 そこには蛇腹の筋と腹筋の筋が交錯した腹部と腰から下を青い鱗で覆いつくされた逞しい下半身、そしてすっかり巨大な鳥の足の様になってしまった両足――既に人間の体ではなくなってしまった私の姿があった。
 私は思わず、同じ様に硬質化して肉球と鉤爪に守られた右手で口を押さえながらお尻のほうを振り向いた。
 しかし、鱗に覆われていたお尻の盛り上がりは間もなく収まり、そこには尻尾が生えることなく割れ目だけが完全に塞がれて左右の分け目が完全に癒着して、青い鱗で覆われた1つの丘状のなだらかな膨らみとなっていた。
 しかし、正面側に目を戻すと私はまたもや息を飲む。蛇腹の先端に腔が2つ開いていた。それを見た瞬間、私はもう一つの腔が肛門である事に気付く。2つの腔は次第にその長さ幅を広げる形で互いに距離を縮めて、遂にそれは一つの割れ目として繋がってしまった。更にその内側から白く半透明な管が一瞬外部に露出してすぐに腔の中に引っ込んだ。
 その腔の上部ではおへその周辺で蛇腹の一部となった皮膚が盛り上がってその窪みを埋め、やがてその穴は小さくなって痕跡すら消滅し、逆に左右の脇腹の青い鱗で覆い隠された皮膚の内側に3対の裂け目――水中で呼吸するためのエラが形成されていくのを目の当たりにした。
 そして、私の意識が一瞬遠いたかと思うと、私の体内の奥底から、
「グッ……グォォォーーッ!!」
 という人の言葉にすらならない唸り声をあげると同時に一瞬あたりを稲光のような光が走った。
ウッハァハァハァ……
 私が再び意識を取り戻した時、私は肩で息をしながら、いつの間にか変化は収まって身体から痛みがすっかり消えている事に気付いた。
――わ、私の体……!?
 私は部屋の右側にある姿見に駆け寄って自分の姿を見た。
 顔は基本的には私の元の顔のままだったけれど、髪の毛全体が蒼く染められて、その色を黒から蒼へと変えた瞳は縦に割れて鋭い眼光を放っている。白目も黄色く変色している。
 そして、首から下には信じられない姿をした私が映し出されていた。
 それは体中の筋肉を隆々とさせ、濃青色の鱗に覆いつくされた皮膚と正面部を覆った蛇腹、それにそこに据えられた巨大な胸と、くっきりと刻み込まれた巨大な割れ目……そして、鳥足に変化して何事も無いかの様につま先立ちをしている両足が映し出されていた。
 更に鏡には反対側の姿見に映った自分の背中が遥かに小さくだがハッキリと見える。
 そこには、蒼い髪の下で全体が鱗に覆われた背中と尻尾こそ生やしていないものの、左右の境目が消えて一つとなったお尻が見えた。
 私はそれが信じられずに直に自分の腕、続いて胸を見た。
 姿見に映し出されたものと全く同じ姿をしている濃青色の鱗に覆われた腕と薄黄色の蛇腹の中に豊満な膨らみを浮かべた乳房が私の視界に入ってくる。
『こ、これが……私の体?』
 変化した自分の腕と胸を交互に凝視ながら私は声をあげるが、私の口からは獣が唸るような声を出すのが限界だった。
『えっ』
 その声に私は思わず手で口を塞ごうとする。だが、その目に入った掌は薄黒い肉球の隆起によって覆われて、その先には漆黒の鋭利な鉤爪が備えられていた。
『そ、そんな……』
 私はショックの余り、目に涙を浮かべた。
 その時、
『身支度を済ませろ。もうじき、奥殿に入るぞ』
 私の脳裏で「龍」が囁いた。
『ちょっと……私を元の姿に戻してよ! まさか、こんな姿で人前に出ろというの!?』
 私はまさしく猛獣のような声を荒げて叫ぶ。
『むむむ……』
 私の中の「龍」は、何かを思考しているかのように沈黙している。
『確かにこの神事は200年に一度の事で、お前の遭遇している今の状況は他の人間であれば、一生体験しないような事であるから、お前が不安と怒りで一杯になる事は分からぬでもない。だが、それをいちいち許していては、肝心の私の清めの儀が進まなくなる。娘よ。文句は奥殿に着いてからいくらでも聞くからお前の体、一旦借り受ける事にするぞ』
 「龍」がそう言った次の瞬間、私の体はまるで生きたまま石膏ででも固められてしまったかのように動けなくなった。
(か、体が動かないよ……)
 私は体が動かせないだけでなく、言葉すら発せない事に気が付いて慌てふためく。
『娘よ、しばらく大人しく見ているが良い……』
 「龍」は、私の体をまるで元から自分の体であったかの様に動かし始める。
 まず、体の変化に伴ってすっかり乱れてしまった私の巫女衣装の着崩れを鉤爪がついてすっかり変形した両手を使って手際よく直していく。
 体型が変わってしまったので元のままとは行かなかったものの、はちきれんばかりに膨らんだ胸の部分でも乳首の部分だけは外部に見せる事の無い様に小袖で覆った。
 そして、一応の身支度を整えると、「龍」はつま先立ちで軽快に歩き出して、外部と通じている部屋の扉の前に立つなり、
『グゥ……、グァァアアアア!!!』(うおおぉぉ!!)
 と、地獄の底から響き渡るかのような咆哮を私の口から発して部屋全体を揺るがせた。
 その時、部屋の外から小さいながらも外の人の声がする。
「龍のお使いがお見えになられたぞ!」
「扉を開けろ!」
(ちょ、ちょっと……い、いやよ。見ないでっ!!)
 私は声にならない悲鳴を上げる。
 こんな顔が私のまんまなのに、体がこんな姿をしていたのでは、私がこんな化け物の姿になってしまった事がみんなに知られてしまう――。
 私の悲嘆に「龍」は微塵も意を介する様子は見られない。
(いやーーーーっつ!)
 私が絶望的な叫びを上げたその瞬間に、扉の閂は再び開かれてその外に居並ぶ伯父さんや氏子の人達の姿が見えた。
 「龍」が支配する私の体は、人々を一瞥すると、
『皆のもの、ご苦労である』
 と、だけ言い残して、祭壇の裏を回って本殿の正面に姿を現した。
 目の前には大勢の観衆が私の姿を見に集まってきていた。
 濃青色の鱗と薄黄色の蛇腹で覆いつくされて、手足が鳥足のように変わり果てた私の姿が観衆の前に晒される。
 そんな私の姿をカメラや携帯電話で撮ろうとする観衆達――。
 私はこのまま気を失いたい位の恥ずかしさと屈辱に満たされていく。
 すると、私の心境を見かねたのか「龍」が私の意識に話しかけてきた。
『落ち着け、今の姿のお前は人間の姫巫女ではなく、龍の使いなのだ。せめて気持ちくらいは堂々としないか! 確かにお前の体を勝手に龍の体に変えて勝手に動かしているのは決して褒められたでは無い……だが全て済むまでは、暫くその姿に付き合ってくれまいか? 儂とてこれでも神の端くれであるから、決してお前に悪い様にはせぬ』 
(そ、そうだよね……) 
 言葉巧みになだめられつつも、生来持っている 「龍」の威厳と気迫に押されてしまったのか、私は何となく「龍」の言葉を受け入れてしまうと、今まで私の中にあった羞恥心がまるで熱したバターのように独りでに溶け出していくような気がしてきた。
 やがて、「龍」に導かれるままに私は氏子の人達によって用意された輿に乗り、本殿の前を出発した。

   輿は宮司である伯父さんの先導で氏子の人達に担がれながら、本殿の裏の森を奥に進んでいった。
 その間、私は未だに「龍」に体を支配されて沈黙を余儀なくされていた。
 輿の周りは御簾に覆われていて、外を覗く事は出来ない。
 15分くらい輿に揺られていると、輿の動きが止まって、その高さが低くなるのが分かった。
 すると、私の体は御簾を上げて輿より降りた。
目の前には本殿を一回り小さくしたような建物の扉が見える。
 見た目は古びた建物の様に見えるが、傍から見た限りでは手入れだけは行き届いているようにも見える。
 私の体を支配したまま、「龍」は奥殿の扉の前に立ち、居並ぶ伯父さんや氏子の人達に対して、
『これから、儂は清めの儀式に入る。次の満月の晩までは、何人もここへの出入りは無用である。あと、迎えの被には姫巫女のために代わりの衣装を用意して置く様に……では、暫くの間、姫巫女を借り受けるぞ』
 と言うと、そのまま奥殿の扉を開けて1人で中にはいると、そのまま扉を閉じる。
 それを見届けると、行列は奥殿の中に入った私を残して本殿の方に戻っていった――。


 続
龍の姫巫女・第三章
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