私は宮司である伯父さんの先導に従って本殿への入り口に入っていった。
私の後ろには島の氏子の代表の人達がついてきている。
私達が本殿の回廊を進み、屋外から見える位置に入ると遠くからカメラのフラッシュの閃光が光っているのが見える。
本殿の周囲には数百人、事によっては千人近い人達が行列を見に集まっているらしい。現在の島の人口は3百人弱。対岸の昔この社の神領だった地域を加えても7百人に満たないというから、島にとっては久々の賑わいと言ったところである。
そんな大勢の人達が見守る中を私は本殿の正面入口から中へと入っていった。
私達は拝礼を済ませると、祭壇の正面に立ってこの日のための祝詞を読む伯父さんのすぐ後ろに立って深々と頭を垂れる。
実は祭壇の後ろには扉が隠されており、その奥にご神体とされる龍の絵が描かれた掛け軸と「龍の珠」と伝えられている水晶玉が備えられている部屋がある。そこで私が1人中に籠もって龍の使いが来るのを待つのだという。
(本当に龍の使いなんて来るのかしら?)
私がぼんやりとそんな疑問を抱いているうちに伯父さんの祝詞が終わり、伯父さんと氏子の代表のおじいさんが左右から祭壇の裏に回る。私も伯父さんの後をついて祭壇の裏に入る。
そこには伯父さんの話の通り、そこには扉があった。伯父さんが扉の閂を開くと、扉が開け放たれる。伯父さんは無言で私に中に入るように目配せで指示をした。
私はゴクリと唾を飲み込むと、静々と扉の奥へ入っていく。
部屋は結構広く、その真正面には御簾が掛けられている場所があり、その奥にはご神体と「龍の珠」が置かれているのを見える。
ご神体の掛け軸は見るからに古い時代の絵と思われるものの、中に描かれている龍はまるで生きているか様に生き生きとしていて躍動感が伝わってくる。それとは対照的に「龍の珠」は大切に備えられてはいるものの、大きさそのものは飴玉ほどのサイズであり、小さな均クンなんかは間違えて飲み込んでしまっても不思議ではない位である。
部屋の左右には何のために置かれているのか分からない姿見が1枚ずつ置かれている。
私が部屋の奥に入っていった事が確認された瞬間、扉が閉じられて、外では再び閂が閉じられる音が聞こえてきた。
私は伯父さんの言いつけに従って、御簾と向かい合って正座をした。
外界の音が一切遮断されて、沈黙が部屋を支配する。
私は目を閉じてジッとしている。
そんな時間がどれだけ過ぎたのだろうか――。
『娘よ……』
私は不意にどこからともなく声を聞いたかと思った瞬間、正面に閃光を受けて思わず眼を見開いた。
そこで私が見たのはご神体の龍の絵を包み込むような霞……ひょっとしたら雲に覆われた御簾とその中で唯一神々しく輝く「龍の珠」だった。
「な、何よ…これ……」
唖然とする私に対して、再び先程と同じ声がした。
『今回の姫巫女はそちか?』
それは短いけれど、とても威厳のある声だった。
「あっ、は、はい……」
私はやっとのことで返事を返した。
『よかろう。今回も儂のために姫巫女を遣わせてくれたこの社のものに感謝しよう。ところで、そなた、ここのものではないな?』
「はい、私は東京から来ました。でも亡くなった祖母はここの出身です」
『そうか……風の噂によれば、朝廷も既に坂東の地に移って久しいと聞いておったが、その都から来られたのか……遠路遥々ご苦労であった』
声の主は感慨深げに私に話し続ける。
「あなたは、龍のお使い様なのですか?」
私は声の主に尋ねてみる。
『いいや、儂がこの龍返島に古来より住んで島を守ってきた龍そのものだ。もっとも、今では神として長く生きすぎて、昔のあの絵のような立派な姿を持った肉体はとうに消滅しておるがな』
「龍」を名乗る声の主は少しだけ溜息混じりに答えた。
『ところで娘よ。今の我の姿は神として祀られるようになってからは半ば実体がなくなり、このような雲のような姿でしか体を維持する事は出来ぬ。そこで儂が身を清めて生命力(いのち)を取り戻すためには、儂の依り代となって龍の姿を身に纏って代わりに儀式を行う者がいなければならぬ。それが「姫巫女」の真の役割なのだ』
「えっ……」
私には「龍」の言っている意味が分からずに困惑する。
『そこでそなたには、今から儀式が終わるまでの間、龍として生きてもらおう。勿論、儀式が終わればそなたの姿は元に姿に返すし、きちんと儀式を行ってくれれば身の安全は保障しよう。では、儀式を開始するとしよう……』
「龍」はそう言うと、次の瞬間「龍」の実体を構成するという雲が御簾を乗り越えて、私の体に纏わりつきはじめた。
「ああ………………」
私は悲鳴を上げようとしたけれど、雲に絡まれた体は私が身に着けている巫女衣装を絡め取って私の体を直接捉え、私の体はまるで金縛りにでもあってしまったかの様に動けなくなった(もっとも後から考えてみれば、もし雲から逃げられたとしても、外には閂がかけられていている上に部屋の中では外部からの音が聞こえないくらい音を遮断しているのだから、逃げようとしても悲鳴を上げても無駄だったのかも知れないのだけれど……)。
「ああ……ああっ……」
雲に絡まれた私の体は私の意志に反して大きく口を開ける。そこに、さっきまで光り輝きながらも静かに鎮座していた「龍の珠」が雲に引き寄せられるように空中に浮き上がり、そのまま大きく開いた私の口の中に落ちていった。
「んがっつ……!」
私は苦しみながら、「龍の珠」を無理やり飲み込まされた。続いて私の体を絡み続けていた雲がその後を追いかけるように私の口の中に入っていく。
ドサッ!
「はぁ…はぁ…はっはっ…はぁ…。」
雲が全て私の体内に飲み込まれると同時に私の体の戒めが解けて、私は荒々しい息をしながらガクリと床に膝をついた。
「き、消えた……。今のは一体……?」
私は自分の身に何が起こったのか十分に理解する事が出来ず、半ば衣装がはだけた状態で再び立ち上がった。
だが、次の瞬間――。
ドクン。
「うっ。」
不意に私の心臓の鼓動が一瞬大きくなり、強い胸の高鳴りが襲った。
「何よ、これ……はぁ……、はぁ…………。」
私は自分の胸を押さえながら喘ぐように呼吸をする事しか出来なくなっていた。
全身の血流が急激に加速してそれにつれて、次第に体中が高熱を帯び始め、焼けるような皮膚の感覚が全身に広がる。
「一体……な…何がっ、なにが…おきてい…るの…よ……。」
私は高熱と呼吸のために、言葉が途切れがちになる。
やがて私の皮膚は乾燥を始めて、徐々に柔らかみを失ってざらざらの質感に変わってくる。
「…………!」
次の瞬間、自分の皮膚を見た私の顔が引きつった。
さらざらしてきた私の皮膚が一転して冷たくなっていくのを感じると同時に、その表面の色を濃青色に染めながら弾力を帯びつつ硬質化しているのである。
たちまちのうちに顔と体の正面にあたる顎の下から胸部や腹部、股関節にかけての部分を除いた全身の皮膚が濃青色に彩られ、首から下の皮膚の色が変わっていない部分も含めてことごとく硬質化してしまった。
パキパキ……
やがて、青く染まった皮膚のあちこちで細かい割れ目が生じ始めた。
それは始めこそはただ細かく割れているように見えたが、次第に一定の規則に従うかのようにきれいに形が整えられて、それはしなやかさと硬さを兼ね備えた鱗となって私の体表面を覆い始めた。
始めは両腕から始まって、青く染まった皮膚を次々と飲み込んでいくかのように割れ目が広がっていく。また、完全に鱗へと変わり果てた私の両腕は光沢を放って輝き出す。
その一方で今までその色の変化を見せなかった顎の下から股関節にかけての正面の肌の表面の色はそのまま薄くなり、その表面上にはいくつもの横筋が浮かび上がって蛇腹状になって、皮膚そのものの厚みを増しながら硬化していく。
先ほどの「龍」の仕業で小袖が緩んでしまったために乳白色との中間色に近い薄黄色の蛇腹に覆われた私の胸やお腹が露わになった。乳房も数はそのままで蛇腹でも他の節に比べて幅が広くなっている節の一つに丸々収まって完全にその一部と化していた。
「いや……たすけて……助けて!」
私は呼吸を荒げた状態でやっとのことで悲鳴をあげながら、思わず鱗で覆われた両腕で胸を隠すように開けた小袖を抱き止める。
だが、それで全てが終わった訳ではなかった。