Fascination-そしてシリウスはカプリコンと共に旅立つ-・第2話宮尾作
 僕は何故か放課後、校舎裏にいた。あいつ等が放課後に校舎裏で彼女をヤルという話をしているのを聞いてしまったからだった。しかし聞いても聞かなかったふりをして無視すればよかったんだ。何もこんなところに来る必要なんて無かったのに。僕はこんなところに来てしまったことを後悔していた。
 何故だろう。何故僕は来てしまったんだろう。彼女の事が心配だから?悪事が行われようとしているのが放っておけなかったから?しかし僕はお世辞にもそんなことに首を突っ込むほど馬鹿じゃないはずだった。もし万が一コッチに火の粉が降りかかればただじゃあすまない。今までだってそういう現場は避けて通ってきたんだ。今回だって同じこと。そのはずなのに、僕はここに来ずに入られなかった。

 本当は分かっている。僕は彼女の事が気になっていたんだ。もしかすると、本当に彼女に魅入られているのかもしれない。それは僕の一方的な思い過ごしだとしても、本当にそうではないかと思うほど僕は彼女の事が気に成って仕方が無かったんだ。だからこうしてここにいる。物音を立てないように、気配を消すように息を潜め、そして校舎の角からチラッと覗いてみる。そこにはあいつらが数人で彼女を取り囲む様子があった。

「だからさぁ、俺山村さんみたいなのとお友達になりたいんだよね」
「回りくどい言い方してんじゃねぇよ、ヤリたいだけじゃねぇか」
「うっせ!黙っとけ!」
「へいへい」
「だぁらさ、君の大事なもんくれたら金も払ってやるしさぁ、どぉ?1回だけ」
「・・・断ったら?」

 彼女は表情を変えず男にそう問いただす。僕は溜まった唾を、音を立てないよう静かに飲み込むとその様子を凝視していた。すると男の1人の口元がにやっと笑ったかと思うと、周りのほかの男たちが一斉に彼女の手足を掴み身動きを取れなくした。そして男はいやらしい笑顔のまま彼女に近づき、小さく答えた。

「・・・断れないよ?その選択肢は君には無い」

 そう言って他の男たちに指で合図すると壁際に彼女を追い詰める。そしてそいつはそのまま彼女に近づいていく。彼女を身動き一つとらせず、彼女を犯すつもりなのか。
 ・・・つまりそれってレイプじゃないか!?僕はうろたえる。いや、元々こういう展開になることだって分かっていたじゃないか。何を今更焦っているんだ。第一初めっからこんな所には来なきゃよかったんだ。そうだ、今ならまだあいつらにも気付かれていない。今この場を離れて逃げ出す事も、助けを呼びに行く事も出来る。そうだ、僕自身が直接関わり合いになる必要なんて、無いんだ。・・・でも・・・でも!

「お、お前ら!」

 僕は気付いた時には叫んでしまっていた。彼女とあいつ等はその声に気付き一斉に僕の方を振り返った。その視線に僕はたじろぎかけるが、続けて声を上げる。

「こんな所で・・・な、何をやっているんだ!?」
「・・・3組の・・・川上・・・だったっけか?」

 僕は叫んだ瞬間に後悔していた。何故飛び出してしまったんだ。関わっちゃいけないって能力はずっと教えてくれていたじゃないか。今までだってそうして避けてきてたのに、何故今回に限って出来なかったんだ。僕は心の中で自問自答を繰り返していたが、しかしそんな事は目の前の奴らには関係なかった。むしろ楽しいひと時に水を差されていらだっている様子だった。さっき彼女を犯そうとしていたあいつが僕の目の前まで歩いてきてぴたっと止まると僕の顔を見つめて小さくゆっくりと語りかけた。

「悪いけど・・・人の楽しみの邪魔してもらっちゃこまるんだよ・・・な!」
「グゥッ!?」

 彼のその言葉が終わるか終わらないかの瞬間に僕の腹には衝撃がくわえられていた。彼の拳が僕の腹をえぐるようにして突き出され、そしてその衝撃のまま僕は吹っ飛んでしまう。

「・・・ク・・・!」
「オイオイ、随分軽いな・・・まぁ折角来たんだ。お前もそこで大人しくしてりゃ俺も何も言わねぇから、黙ってショーを見とけや」

 そいつはそういうと再びいやらしい笑顔に表情を戻し彼女の方に歩み戻っていく。僕は彼を止めようとするけれど痛みで身体が動かない。本当に見ている事しか出来ない。
 ・・・僕は無力だった。そんな事分かっていたんだ。飛び出しさえすればこんな痛い思いしなくて済んだのに。悔しい思いをせずに済んだのに。僕は目の前で彼女が犯されるのを黙ってみている事しか出来ないのか。

「待たせたな・・・さぁ楽しもうぜ・・・!」

 そいつはそう言うと、まず彼女の眼鏡と、髪を結っていた髪留めを外す。ふわっと柔らかな黒髪が重力に負けて垂れ落ちる。そして現れた彼女の素顔を見たそいつはより一層笑顔になり呟いた。

「思ったとおり・・・上玉じゃねぇか・・・!」

 僕もそいつの背中越しで彼女の素顔を見る事が出来た。・・・確かにそれは想像していた以上だった。彼女の美しさを遮る要素を取り払った今の彼女は、多分僕が見てきたどんな女性よりも、いやどんな美しいといわれているものよりも美しかった。最早形容の言葉さえ出てこないほど魅入られていたが、次の瞬間にゆっくりと見開いた彼女の瞳を見たとき、僕は再び初めて出会ったときの背筋が凍る感覚を感じた。そして僕の能力は僕に一つの事を告げる。

 彼女は人間じゃない。

 それは答えとして普通に考えれば有り得ないものだ。何故なら目の前の彼女が人間でないはずが無い、と誰もが頭から決め付けているから。現に彼女の姿は人間以外の何者でもない。それを人間じゃないと言い張る根拠は何処にも無いのだ。
 しかし、僕はその時点で彼女が人間ではないという感覚を素直に受け入れていた。彼女が人間じゃなければ、彼女の心を読む事が出来なかったのも、人間離れしたプレッシャーも納得がいく。今の僕には下らない常識なんかよりも自分の感覚の方が信じる事が出来た。しかし、そんな能力を持たない奴らには彼女が瞳に宿した力のことになんか気付く様子も無く、自分の欲求を満たすためだけの準備を手際よく進めていく。
 まず上着を脱がしブレザー、そしてブラウスと一枚一枚丁寧に邪魔なものを取り払っていく。またその間どういうわけか彼女は全く抵抗をしないのだ。それは決して彼女が諦めているわけではないのは今の僕になら分かる。彼女は犯されるつもりはさらさら無いのだと。しかしその根拠が見当たらない・・・僕がそう思っていた瞬間だった。

「ぁ、うわぁあ!?何だよ、コレェ!?」

 さっきのアイツの奇妙な声が校舎に反響して大きく響いた。僕はその声に驚き、すぐには事態が飲み込めなかったが、そいつの目の前にいた彼女の姿を見て僕も眼を丸くした。ただし僕は叫び声をあげることは無かった。その次元を通り越して、まさに絶句してしまったのだ。

 ブラウスを脱がされ、上は一枚も纏わない状態となり、本来ならそこには柔らかな女性の身体を晒すはずだったのだ。いや、確かに彼女はその美しいモノを惜しげもなく僕たちの眼前に見せ付けている。だがその身体は明らかにおかしかった。
 日本人、所謂黄色人種の健康的な肌色の皮膚が彼女には無く、彼女の胸元は白く、それも白色人種の白さじゃない、本当に雪のような純白なのだ。よく見るとそれが柔らかく細かな毛が覆っているためだという事に気付く。しかも初めはそれは2つの乳房の周りだけだったのがゆっくりと毛が他の部位にもまるで侵食をしていくかのように広がっていくのだ。

「全く・・・人間というのは面白い生き物だな・・・」

 いつの間にか彼女はその美しい顔に笑みを浮かべ、そう呟きながらゆっくりと前へと進み出る。男たちは恐怖で逆に後ずさりを始めていた。そしてその一歩一歩彼女が歩むたびに彼女の姿の変化が進んでいくのだ。彼女の額に突然何かの紋様が浮かび上がったかと思うとそれは徐々に強い光を放っていく。
 彼女は瞳を閉じて少し上を向くと彼女の顔が光に包まれていく。すると彼女の顔の輪郭がまるでモヤがかかったかのように曖昧になっていきゆっくりと歪んでいくのだ。それとあわせて白い毛の波は胸元から首に上がっていきそのまま顔へと走っていく。その波が歪んだ輪郭を整えていくように、彼女の顔は人のそれから大きく形が変わっていく。耳はピンと横に尖り、鼻先も前へと突き出し黒ずみ、そして上唇は盾に割れ裂け目はその鼻まで続いていく。
 そして頭の上は皮膚が硬くなったかと思うとそれは一気に弧を描きながらせり出していき左右一対の立派な角になった。そして彼女は顔を下ろし閉じていた眼をゆっくりと見開いた。その瞳はまるで鮮血の様な紅に染まり、人だった時のそれ以上に怪しく魅惑的に輝いていた。その顔を見て僕は思わず呟いてしまう。

「・・・ヤギ・・・!?」

 そう、その頭部はまさにヤギそのものだった。額にいまだ残った不可思議な紋様を残しては。驚き続ける僕やあいつらを尻目に彼女の変化は止まらない。首の周りには他の部分よりも長い毛がやさしく柔らかに多いまるで襟巻きのように彼女の首を取り巻く。そして白い変化の波は彼女の腕から手にかけても覆っていた。
 しかし、それは頭とは違い人の時と大きく外見は違わず、しかしその長い腕とその先の5本の指が白い毛に覆われ輝く姿は人のそれとは比べ物にならないほど怪しげな美しさを保っていた。そしてその指をパチン、と一度鳴らす。すると、さっきあいつらにいまだ脱がされずに済んでいた下半身のスカートが、その瞬間に現れた黒い炎に焼かれ一瞬にして灰と化した。その下から現れた彼女の下半身は、上半身とはまた異なる異様さをかもし出していた。白い毛は腹部の途中までで途切れており、それよりも下半身はやや黒ずんだ紫色の筋肉質な皮膚で覆われていた。
 そして尻から足元までの見事な脚線美は人のものよりも引き締まっているが、形は人のそれそのままだった。だから足元が蹄の形をしているというアンビバレンツは、しかし彼女の怪しいまでの魅力をより浮き彫りにしていた。そして彼女はもう一度パチン、と指を鳴らす。すると今度は彼女の背中から突然黒いものが生えたかと思うとそれはすぐに蝙蝠の様な翼へと姿を変えた。ヤギの頭に蝙蝠の翼。人間を魅了してやまないその怪しげな瞳や紋様。

 悪魔。

 僕は頭の中でその単語を浮かべた。自分のクラスに転向してきた少女が、山村さんが、今自分の目の前で人間では無いモノ、悪魔のような姿へと変貌を遂げたのだ。しかし僕の中の驚きは、かえってあまりに突飛すぎる展開に対して何時しか麻痺してしまい、むしろ今は僕の例の能力が教えてくれた、彼女が人間ではないということが的中していた事が、おかしな話だがある種の自信というか誇らしげにさえ感じていた。
 悪魔の姿になった彼女はさっき自分を犯そうとしたあいつらの方を見ると、あの時あいつらが見せたいやらしい笑顔とは違う、むしろその魅惑的なヤギの顔で、子供が虫を潰して遊ぶような無邪気で残酷な笑顔を浮かべながらその赤い瞳を輝かせて語りかける。あいつ等はすっかり腰をぬかしてまともに動く事さえ出来なくなっていた。

「さて・・・人というのは中々精力が旺盛だな・・・特にさっき私に迫ったお前は、特に黒い欲求を持っているみたいだ」

 彼女はそういうと、あいつの方を見つめながら、何かよく分からない言葉を呟いている。そしてその言葉を唱え終えた瞬間、彼女の瞳は一瞬強く光り輝いた。そして更にその次の瞬間からあいつ等は突然もがき苦しみ始めた。

「ァウ、アァァッ!?」

 それは異様な光景だった。さっきまで彼女を襲おうとしていた屈強な男たちが、苦悶の表情を浮かべながらあるものは身体が大きく、あるものは小さく、いずれもそれぞれ毛で覆われながら人の姿を失っていく。僕はただその光景を黙って見せつけられるだけだった。あいつらの変化は彼女の変化のそれと比べるとあっという間だった。彼女を犯そうとしたあいつは、小さな兎となり、他のやつらも馬や鼠などにすっかり変わっていた。

「ふふ・・・その兎の姿・・・お前にはぴったりだ・・・!」

 彼女は小さく含み笑いを浮かべながらその様子を見ていた。しかしやがて彼らはまるで何かに引き寄せられるかのように彼女の周りに集まりだしたのだ。その光景はさながらキルケーや、或いはアルテミスを連想させた。ただし、その中央にいる彼女もまた人とはおよそ呼べない姿なのだが。

「山村さん・・・君は・・・一体・・・!?」
「・・・確か、川上大樹と言ったな・・・」

 彼女は僕の方を振り返ると、ゆっくりと自分の周りに集まった動物たちを払うと、一歩一歩僕に近づいてきた。

「全く人は面白い・・・こいつらのように私の身体のことしか考えていない者もいれば、お前のように何も考えずに飛び出してくるものもいる・・・」
「山村さん、一体君は誰なんだ!?」
「じきにお前もそんな事考えなくて済む・・・」

 彼女はその言葉に続けてまたさっきのような呪文を唱え始めた。・・・そうだ、目撃した僕もあいつらと同じように動物に変える気なんだ。僕は怖くなってその場から逃げ出そうとしたが、すっかり彼女の瞳に魅入られた僕には身動きをとる事は出来なかった。後はただ自分の身体が変貌を遂げるのを待つだけなんだ。
 第3話へ続く
Fascination・第3話
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