月夜の誘惑 Act.1―それは、突然に―暁 紅龍作
 ―それは突然やってきた。そう、あまりにも突然で。自らが望んだわけでもないのに。―
「今日も講義が長引いたなぁ。でもあの講座はいつも伸びるから仕方がないか。それよりも…。」
 そうつぶやきながらケータイで今月のカレンダーを表示させる。
 『今日は清狼翔のお誕生日です。』そう、今日は僕の誕生日。と言っても一人暮らしをしているし、彼女も居ないから祝ってもらえる人はそうそういない。あっても大学の同級生や、ミニブログサービスで知り合ったインターネット上の仲間たちだ。
 日付が変わったときにミニブログで「今日で晴れて大人の仲間入りをしました。」と書き込むとたくさんの祝福メッセージが送られて凄く嬉しかった。
 そんな自分への小さなプレゼントを買うことにした。それは小さなケーキ。さすがに一人で大きなものは食べられないから、帰りがけの商店街にある洋菓子店でショートケーキを一つだけ買った。
「ハッピーバースデイ、僕。」
 自室に辿り着くと、早速ケーキの用意をして、ケーキに対して少し大きいような、2本の大きい蝋燭に火を点し、部屋の明かりを消す。部屋には蝋燭の灯火と、窓から少しだけこぼれる月明かりだけが照らしている。1人の誕生日にしてはロマンチックではないか。そう思いながら、蝋燭の灯火を息を吹きかけて消していく。
 暖色系の明かりが消えると共に、蝋燭の灯火が消えたときの独特の煙が部屋に満ちていく。
「けほけほ…、少し窓を開けるか…。」
 そうして窓のサッシに手を伸ばして、窓を全開にする。するとどうだろう。部屋を一気に紅い光が照らし出す。今日は紅い満月の日であった。
「紅い…月…。」
 僕の中で、何かがゆっくりと起き出す。それは今まで体験したことの無い、未知なる感覚であった。

 それは僕の瞳に焼き付けるかのように紅い月を見せ続ける。するとどうしたのか、僕の身体は次第に興奮と発熱をし始めるのであった。そして一気に身体の高ぶりは、昇華して僕の身体に変化として表れ始める。身体の至る部位から、骨格が変わる音がしていく。
 それは己の身体をまるまる変えるかのように。脚はより太く。筋骨隆々になっていき、自然と踵が床面につかなくなっていた。履いていた靴下を突き破り、短い4本指の脚が露わになる。その指には鋭い黒色の爪が生えそろっていた。脚にはどんな場面でも持ちこたえられるような堅く、黒い肉球ができていた。膝から腰にかけては数倍以上の筋肉が発達していく。それはこれから更に変化して行くであろう上半身を支えるかのように。耐えきれずに、履いていたジーンズは縫い目から破れ始め、辛うじて発達した太股に吸い付くような形で身についていた。
 腰の骨格が大きく変わり、脚が全体的に広く開きながらも太股を前に、下腿を後ろにするようなスタイルの立ち方になっていく。そして今まで無かった部位が身体から突き出てくる。それは尻尾。尾てい骨と皮膚が共に伸びていく。立った状態で膝ぐらいまでの長さに達すると成長は止まり、変化は上半身へと標的を変えていく。
 大きくなった腰に合わせて腹部も幅を広めながら筋肉という鎧が蠢きながら発達していく。変化は上半身の胸部に達する。胸部の筋肉が異常に発達をしていき、それは腹部がくびれて見えるかのように逆三角形状の体格になっていく。その課程で、着ていたTシャツは耐えきれずにぼろ布の状態になって身体からは姿を完全に消してしまう。同時に肩の筋肉も張り詰めて成長していくと、胸部の太さと変わらないぐらいの上腕の太さになる。
 前腕も上腕さながら、筋肉と共に骨までも太く堅くなっていく。手は大きくなって行くにつれて、人のままであった形状をやや変えて全体的に指同士が離れるような形になっていく。その指の先端部には足の指と同様に黒色の鋭い爪が生えそろっていた。脚と同じように手のひらには、大きく堅い肉球ができ、指の先端も同じく小さいものだが、堅い黒い肉球ができている。
 胸部の変化は同時に首の筋肉までも変えていく。肩幅に合わせたかのように筋肉が首を覆い、首は若干短くなる。そしてついに頭部に変化が訪れる。耳の形状がきれいな三角形になると、それは頭頂部に場所を移し、前方に開かれる。鼻と口の周囲が前方に伸び、上顎と鼻が一体化し、鼻孔が上顎先端部に現れる。それは黒く湿った独特の形状をしていた。 同時に舌は太く長く伸びて、歯が鋭利なナイフ状になっていくと、犬歯が異常に発達をしていき、口元から見えるまで大きくなっていく。
 そうして一気に身体を縮め込ませ、ぐっと力を入れ思いっきり立ち上がると、まるで彩色されていくかのように、身体の至る部位から微細な毛を先頭に、そしてごわごわとした獣毛が生えそろっていく。

 頭部に元々あった髪の毛は眉間までの頭頂部までを蒼色に変えていく。比較的ショートカットだった髪の毛は首の根本まで伸びると、頭頂部と同じく蒼色に変わっていく。耳の中は銀色の毛、耳自体は頭部と同じく蒼色の細かい毛で覆われる。
 前方に伸びた顔の部分は銀色の細かい毛で覆われると、それは下あごを通り、首の根本までに至ると筋肉を守るようにふさふさな毛が覆う。両肩から肘までは蒼色、肘から手指までを銀色の毛が余すことなく覆い隠し、大きく発達した胸部は中心から蒼色、そして周囲を銀色の毛が蒼色をグラデーションしていくかのような模様を形作りながら生えていく。背中は蒼色の毛がまるで鬣のように頭部から首、腰にかけてまでの間を覆っていく。  腹部は胸部と同じく、中心は蒼色、両端を銀色の毛が覆っていき、それは腰に達すると、己の秘部を覆い隠すかのようにふさふさな毛が生えていく。すでにこの時点でジーンズは限界に達しており、毛が入り込むことで止めピンがはじけ飛んでいった。両太股は段々と蒼色からストライプしていくかのように2本の蒼色の毛の筋の後、脚の指先までが銀色になっていく。
 尾てい骨が成長した骨と皮膚だけであった尻尾は、一気にふさふさな蒼い毛で覆われる。そして最後に閉じられていた瞳が開かれる。それはまるで紅い月の光を連想させるほど紅い光彩の鋭い眼孔を持ち合わせた瞳であった。
 そう、翔の姿は数倍以上の身長、体格になった銀色の毛がアクセントになった蒼狼人の姿であったのだった。
 変化の苦痛に耐えた翔は口をだらしなく開け、舌も出しながら荒い呼吸を繰り返していた。その呼気は身体の変化で発せられた熱を帯びてかなりの熱量であった。
『ハァ…ハァ…、グゥゥ…。』  そして身体の変化を終えた翔は紅い月を最後に見て意識を失ったのであった。


 続
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月夜の誘惑 Act.2―向かう、先に―