欲望の果てに待つもの・前編 暁 紅龍作
「よし…!生け捕りにした奴は引きずっても構わん…、ゲージへ突っ込んでいけっ!!」
 俺は薄れ行く意識の中、人間の嘲笑が入り交じった声を聞いていた。
『……グゥゥウ…!』
 俺は先導指揮している人間を地面に引き摺られながらも、怒りの眼差しで見詰めていた。人間達は…俺達の生きる世界に突如として現れた…。そして俺らをただ己の欲望のままに襲撃し、時には殺戮し、全て残さずに奪っていった…。
「おぉ……、こいつは上物だな…。皮膚の艶といい…身体付きもバランスが良い…。こいつは私自らが仕上げを行おう・・・。」
 その男は俺を引きずっていた兵士から俺の片足を渡され、人間達の前線基地の一角のある部屋に連れて行かれた。部屋の中は薬品の香りで満たされており、初めて入る俺は少しむせるほどだ。
「・・・さて・・、ようやくラボに付いたわけだが・・・。」
 男はそう言うとその薬品の香りでどこか意識がぼんやりとしている俺の顔を見つめる。・・・狂っていやがる・・・。顔の形状が変わってしまうほど、醜悪に笑っている・・・
「お前は俺に選ばれた良体だ・・・。ふふ・・、お前のこの身体の艶・・・、顔といい・・・。全てが私好みだ・・・。」
 男は俺を背に何やら大きな機械を操作し始める・・・。部屋にはその機械の動作音が低く響き渡る・・・。
「お前達の種族は長寿で身体も頑丈だ・・・。その点、私たち人間はもろく直ぐに命が潰えてしまう・・・。」
 男はそのまま装置の操作を続けると、俺の背後にある強化ガラスで作られた大きな扉が開き始める・・・。ガラス扉の開口部からは濃厚な蒸気が噴出している・・・。
「だとしたら・・。お前達の良いところを私たちが使わない手は無いだろう・・・。」
 そうして男は俺の下顎を持ち上げ、男と目線を無理矢理合わせようとする。
「お前は俺が大切に使ってやる・・・。ふふふ・・・お前のその身体でな・・・。」
 そうして男はその蒸気が噴出しているガラス扉の奥へと俺を放り込んでいく・・・。不思議と床に落ちたときの衝撃は無く、むしろ痛がゆい感覚に捕らわれた。そして、そのガラス扉はゆっくりと閉まっていく・・・。噴出していた蒸気は徐々に俺のいる部屋へと満たされ、呼吸も満足に出来なくなるほどだ・・・。
『出せっ・・!!此処から出せ・・っ!!』
 俺はガラス扉を叩き、出してくれと懇願した。徐々に息が出来なくなっていく恐怖感・・・、このままどうなってしまうのか俺には検討さえも付かなかった。
「出せ・・・?それは出来ないな・・。お前の身体は俺が使うのだから・・・。今はその仕上げ中さ……。」
 男は俺が苦しがる所を嬉しそうに眺めていた。
『・・・・!!それはどういう事だっ!俺の身体を使うってっ!!』
 俺は聞こえているかは定かではないが、男に向かって大声で怒鳴る・・・。
「ふふ・・・。まぁそう怒鳴るな……、見ているがいい・・・。己の身体が変化してゆく様をな・・・。」
 そうして男はその場を立ち去ると、監視室で研究員と話し込んでいる・・・。俺の事など全く気にせず、ただ時間が過ぎるのを他愛もない話で待っている……。そんな感じであった。
『出せ・・・っ!ぐっ・・・・。』
 俺は声を荒げるが、段々と呼吸が出来なくなっていき力なく床へ、へたれこんでしまう。段々と意識がもうろうとしてくる・・・。たぶんこの蒸気にも何かの薬が紛れ込んでいるのだろうと、俺は考えを巡らせていた・・・・。そして、俺は力なくガラス扉を叩こうとする・・・。
 しかし・・。俺の頑丈で筋張った両手は、まるでゴム手袋のように柔らかく、芯が無くなって いて、言わば、皮膚しか残されていない・・・。それは両手足にも起きていて、感覚は段々と胴体・・、いや頭に向かってくる様な感覚に襲われる・・・。まるで、身体の中から、肉や骨が溶けて無くなり、鱗質な皮膚しか残らないような、そんな身体の変化に俺は恐怖感が芽生え始めていた。
『ぐっ・・・、あぁ・・・・。』
 俺は段々と消えていく身体の感覚に思わず声を上げる・・・。しかし、実際は身体には痛みはない・・、むしろ、くすぐったいような、それでいて柔らかな皮膚だけの身体になっていくことに身体は自然と疼いていた。なぜその様な身体や気持ちになったか・・、それはこの濃厚な霧にあった・・。彼が呼吸する度にまるでエアロゾルのような微細な薬が散布されている霧を吸い込んでいた・・。薬は身体の内側で段々と肉体を変化、そして不要なものを溶解していき、表皮に達するとその内側をコーティングするような働きを持っていたのだ。  更に、変化していく身体を自然と受け入れられるように、一種の精神安定剤とでも言うのだろうか、身体を変化させる薬とは別途に散布されており、それで気持ちが徐々に変化していったのであった。いよいよ身体の変化は胴体に達し始めていた・・。腹部の膨らんでいた箇所が、段々と薄くなっていく・・・。引き締まっていた胸部も、段々と緩く柔らかな皮膚だけになっていく・・。首は細長い皮膚のみになっていき、そして頭部に達し始めた・・・。
『ぐあぁぁ・・・・!!』
 それ以前の身体の変化以上に、頭部の変化は痛みを伴い始めた・・・。骨は元あった頑丈な物から別な柔らかな物質へと変わっていき・・、段々と視界が奪われていき、瞳はまるで飾り物のような色合いになっているであろうか・・・。既に、呼吸など出来ない・・、段々と突き出ている口から感覚が無くなっていき、ただ擦れたような声と、若干の呼吸音が聞こえるだけ・ ・・・。
『・・・かっ・・・か・・ふ・・・・・・・。』
 そうして俺の意識は途絶えた・・・。その霧で充満している部屋の中にあるのは背部は青色に光り輝く鱗を湛え、腹部は純白の光る蛇腹状の皮膚、長く細い尻尾、長く突き出た口、鋭い牙と頭からは枝分かれした角のある、一つのゴムのような質感の着ぐるみ・・・いや、ラテックススーツとでも言うのだろうか、光沢のある皮のスーツへと変わってしまった……。
 そして、俺の姿は龍人・・・、龍と人間を混ぜ合わせたような姿をしていたのだった・・。しかし、既に俺の意識は永遠に眠り、変わってしまった身体は言うことをきかない状態であった……。
前編-終-
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