欲望の果てに待つもの・後編 暁 紅龍作
「おぉ・・・、ようやく私の纏う『スーツ』になったか・・。」
 私はそうして装置を操作すると、ガラス扉の内部に充満している霧を排気し、そしてガラス扉を開いていく・・・。其処には私が欲しがっていたあの龍人の残した皮があった。私が開発した技術・・・、それはその生き物の皮を生体スーツとして纏うことでそれに備わっている生命力を人の身体に一時的に宿すと言う技術・・・。私はようやくその技術を形にできる瞬間にまで辿り着いた・・・。
「よし・・・、最後の仕上げだ・・。」
 そうして私は部屋に入りそれまで龍人であった物を持ち上げる。しなやかで、艶やかな質感・・・。
「ふふふ・・・、これさえ我が手中に収めることさえ出来れば・・・。私は不老不死の身体を手にすることが出来る・・・。」
 そうして手にした龍人の皮膚・・、いやスーツと呼んだ方が良いであろうか、そのスーツを研究室の一角にある機械へと持って行く・・・。より本物に・・・、そしてスーツの力をより引き出すために、別な薬剤の霧が立ちこめる部屋で身に纏うのである・・・。これで全てが円滑に進む筈であった・・。

「ふぅ・・・、さて・・、新しい身体とのご対面だ・・・。」
 そうして私はその龍人のスーツに足を伸ばして身に纏おうとする・・。薬剤の霧で多少呼吸がしづらいが、これも強い身体を得るための第一歩と思えば何とも苦労しない・・・。むしろ、これを乗り越えればそれ以降無縁なるのだから。
 足先まで、スーツを着込む。内側も薬剤で変化したゴム質なスーツの裏面に少しむず痒さを覚えながらも、しっかりと着込む・・・。指先には鋭利な爪があり、しっかりと感覚さえも伝わる・・・。そうして片足が股までスーツに包まれたとき、私の身体・・、特に着込んだ片足の先端からぴりぴりとした電撃に軽く痛みを伴う感覚が伝わっていく。
「っ・・・!!な・・、なんだ・・?!」
 私は驚き、そしてスーツを脱ごうとする。しかし、何やら様子が先ほどと違った。身体にまとわりつく・・、と言うよりも身体に馴染み、そして引っ張ろうとすると私の皮膚さえも引っ張られるような感覚が伝わる。
『オノレ・・・・、お前ダケハ・・・・。許サン・・・・ッ!!!』
 そして私の脳裏にあの龍人の声が響き渡る・・。怒りに満ちた低く勢いのある声・・・、私 は段々と恐怖感に包まれていた。
『コノ仕打チ・・・、ドウ落トシ前ヲツケテモラオウカ・・・。』
 龍人の声が段々とはっきりと聞こえてくる・・。私は恐怖に身体を震わせていた。獣の真の怒 りに触れてしまった・・・。その事だけが脳裏に浮かぶ。
「私を・・・、ど、どうするつもりだ・・?!!」
 私は声が裏返りながらも、龍人へと問う。
『決マッテイルダロウ・・・・、身体ヲ返シテモラウダケダ・・・!!』
 そうして龍人が言い放ち終わると、再び足に電撃が走る・・。
「ぐっ・・ぁぁぁあ・・っ!!」
 そうして叫び声を上げながら、私は恐る恐るその足を見る・・。脚部に纏っていたスーツは私の身体にしっかりと纏われるとそれは生きているような質感になっていく・・。そして電撃の走り終わった箇所は、自分の身体で無いかのように感覚が無くなっていくのだ・・。
 そして片足に痛みが走らなくなっていくと、今度はもう片方の足へ・・・。その光景はまさに異様としか言えない状態であった・・・。スーツ自体が粘性のある液体状に溶けながら、私の身体に流れ、そしてその表面で元のスーツのように固まっていく・・・。固まった箇所から再び電撃が走り、感覚が無くなっていく・・・。そして下半身が股関節までスーツに包まれると、再び龍人の声が響く・・・。
『フフ・・・、ドウダ・・・?身体ノ感覚ガ徐々ニ無クナッテイク感覚ハ・・・。』
 龍人は私を嘲笑う・・。さも面白おかしく・・・まるで私の身体を弄ぶかのように・・・。

「がはっ・・・くっ・・・・貴様・・。」
 私は顔を苦痛で歪ませながらも私は必死に抵抗を試みる・・・。しかしその間にも龍人のスーツは私の身体を覆い尽くしていく・・・。そして今度は背中に違和感を感じると、今度は背に沿ってスーツが身体に癒着し始める。背骨に合わせて棘のように尖った山形の鬣が生え、そして腰の辺りに強く電撃が迸ると、スーツの空洞に合わせて私の肉体が変化していく。
 骨と共に筋肉でさえも伸びていき、スーツに合わせてぴったりと長さと太さになり、それは尻尾になっていく・・。背には背骨を挟んで二つの瘤が出来ると、骨が背の皮膚を突き破り、スーツの形状に合わせてそれは一対の大きな翼になる。
『俺モ・・・、オ前ニ・・・モット苦痛ヲ味ワセタイノデナ・・。フフ・・。』
 そうして私の意識とは別に既に変化している尻尾がぐねぐねと動き回る・・。まるで何かを待ちかねているかのように・・・。背部の変化が終わると待っていたように腹部の変化が始まる・・・。スーツが先行して私の皮膚を覆い、そして電撃が迸る・・・。スーツが覆った箇所は筋肉質で盛り上がりを見せている。私の身体だとは到底思えないほど、逞しい身体になっていくのだ・・・。
 腹部から延びると胸部に達する・・。筋肉がまるで鎧の如く身体を固め、スーツに合わせて変化していく。胸から左右にスーツは延びていくと腕に変化が現れる・・・。スーツの後を追うように腕の筋肉が逞しくなっていき、スーツに筋をつけていく・・・。手先に差し掛かると、五本あった私の指が一本だけ溶けるかのように無くなっていくと片手四本の指の形状になり、更には指先には白く鋭い円錐形の鍵爪が現れる・・。私の意識とは関係無しに両腕に力を込めると、手からは激しく電撃が沸き起こる・・・。身体は既に龍人その物になってしまっている様であった・・・。
『グフフ・・・、俺ノ元アッタ力モ取リ戻セタ・・・。後ハ・・、身体ノ自由ノミ・・・ッ!!』
 そうして遂に首にまでスーツが侵食しはじめる・・。スーツは胴体の部分の時とは違い、時間を掛けてゆっくりと私の頭部に向かい迫ってくる・・・。そして首自体を圧迫しながら頭部へと持ち上げるかのような動作を取り始める・・・、それは私の首を龍人の首の形状そのままに伸ばしながら筋肉を伴いながら太くなっているのであった。
 痛みは自然と無かった・・・いや、既に私に痛みを感じれるほどの身体の部位が無いだけだろう・・・。首の変化が終わると、そのままピタリと変化が終わった・・・。終わった訳では 無いようだが、止まっているようであるのは何とか感覚から感じ取れた。
『オ前ノ身体・・・、ナカナカ上物ダ・・・。力ガ溢レ出シテクル・・・。』
 龍人は私の身体に歓喜の声を上げる。
「ぁ・・・あ・・・私・・が・・・悪かっ・・た・・・ゆ・・許して・・く・・・れ・・・。」
 既に思うように言葉すら話せなくなっているがそれでも泣きべそをかきながら私は龍人に懇願した。しかし、それは逆効果だったようだ・・・。龍人はグッと握り拳を私の見えるように作り、私に既に首から下の自由が無いことを知らしめる・・・。
『ハハハ・・・、何トモ滑稽ナ・・。原因ハオ前ノ罪深イ欲望ダロウ・・・・?』
 龍人は私を嘲笑う。先程よりも面白おかしく・・・。
『サァ・・・、ソロソロ「仕上ゲ」に入ルカ・・・。人間ヨ・・、ソノ自ラノ欲デ身ヲ滅ボス事ヲ、アノ世デ悔イルノダナッ!!』
「う・・っ!!!がぁぁ・・っ!!!」
 そうして龍人の私に対する「死亡宣言」を告げる声を皮切りに再びスーツは蠢き、一気に広がったゴムマットの様に後頭部から頭部を締め上げるように包み込む。
「ふがぁ・・・っ!!が・・がはっ・・・!!が・・・。」
 きつく締め上げるスーツの中で私はもがいていた。それでも容赦無く身体は変化していく。頭の形状は扁平して、スーツが頭頂で2つ延びると、骨もその中に向かい延びていくとスーツも硬質化すると一対の漆黒の角になっていく。更に元あった私の髪をスーツが一本一本包むと長くボサボサな質感の蒼い龍髪になる。扁平した顔の両側にスーツが横広に延びていくと魚のヒレのような耳になっていく。そして変化は最終段階へと進んでいく・・・。
「が・・・が・・・ぁ・・・。」
 私は変化していく度に段々と意識が無くなっていきそうになっていた。そうしてその度に人としての本能の部分なのだろうか、危機的な状況下で声を上げることだけは変わらなかった・・・。その声を上げる口の部位に覆っていたスーツが前方へ形を整った状態で固くなっていく・・・。
 私の口がそのスーツの形状に合わせて延びていく。もはや骨格や痛みなど関係無く。それは鼻、上顎そして下顎が前へ延びている。鼻孔は上顎の先端部にあり、スーツの先端まで延びきると、熱い呼気をしはじめる。そうしてその瞬間、私の意識はまるで霧が晴れるかのように消えてなくなっていった。まるで身体から呼吸により排出されるかのように。身体を惜しむ時間すら与えずに・・・。

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 そうして身体を縛っていた邪魔な意識が消え去り、俺は口を開くと共に瞳を開く・・・。
 ヌラヌラとした、口腔内に狂暴さを駆り立てる牙、そして分厚い舌・・・。瞳は澄んだコバルトブルーの瞳に金色の瞳孔がある・・・。俺の身体は元の姿以上に発達した物になっていた。全身は淡い蒼の皮膚、逞しく鎧のように発達した筋肉・・・。大きな翼に太くしなやかな尻尾・・・。身体は龍と人の中間・・・、いや、龍により近づいた体つきをした龍人の姿をとっていた。
「ふふふ・・・・。愚かな人間だ・・・。」
 そうして俺は身体に力を込めると両腕から電撃を発し、俺を閉じ込めていたガラス扉を意図も簡単に粉々にする。さぁ・・・、欲深き人間ども・・。欲望に負け、自らの肉体を滅ぼしていくが良い・・・。
 そうして俺は人間に対し絶対的な敵対心を持ちながら、欲にまみれて堕ちていく哀れな人間の行く末を見つめていくのであった・・・・。


 完
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