光射す場所へ…‐白虎への旅立ち‐暁 紅龍作
「今日も楽しかったわ、今度はいつオフ会開く予定なの?」
 会議所の会議室を一部屋借りて行われているオフ会……。私の良く見る獣コスチューム系サイトのオフ会だ。私は知り合った仲間達と適当に話題を作り話し合っている。
 私はあまり人とはこの様に集まり、そして話し合うのは苦手…、と言うよりは寧ろ嫌いだ。どうも皆、本心を隠して話していそうだと疑ってしまう。そのせいか、私の会話は何時も刺々しく相手は私を嫌ってしまう。私自身は本当はそんな事など思っていないのだが、意志の疎通がうまく行かない…。その結果、私は高校を中退してこのようなイベントに参加しているのである。
「今度開く時にはとっておきのコスを持ってくるわ。じゃ、私はここで失礼するわ。」
 仲間達と挨拶をして会議室を出る。やはり一人の方が落ち着く。何というか、静かな場所が私は好きなのである。

ガチャッ…。

「只今…、誰も居ないか…。」
 私は玄関ドアを開け独り言のように帰った事を人気の無いリビングルームに告げる。勿論返事は無い。両親は自身が経営する大手貿易会社の取締役兼社長だ。仕事は上手く行っているが、帰りが遅く自宅には何時も私一人。寂しい訳では無いのだが、広い部屋に一人だけでいるのはやはり嫌である。
 話す相手も居ないので私は自分の部屋でクラシック曲を聞きながら何かの作業をしている。ピアノの音色が部屋を優しく包み込むなか、私は作業を進める。作業を始めて30分後………。
「良し…!やっと出来た……!」
 私は嬉しさの剰り、思わず声を上げる。そして私は着ている服を脱ぐと、出来上がったある物を早速身に着ける……。
 少々時間が掛かったが着替えはすぐに終わった。私が自ら作り、身に着けたのは獣コスチューム…。体に密着するようにシリコンゴムの素材の上に、ふさふさの白と黒のしま模様の毛をつけた特殊生地に長く細い尻尾…。手足には爪を象ったプラスチックをつけてある。頭から首まですっぽりと覆うマスクもまた、体と同じ生地を使い、鼻から下顎までを軟質プラスチックを加工し獣の口のようにしている。
 そう、私が作ったコスチュームとは白い虎…、白虎のコスチュームであった。
「良かった…、なかなか上手く行って…。体に良く馴染むし…。」
 私はそのままの格好で今夜は寝て見る事にした。
「今夜は…夢、見れるかな…。」
 夢とは、つい最近になってよく見る夢の事であり、その夢の中身はと言うと…。
「まさか、私が白虎になるなんてね…。」
 そう…、夢の中で起きた私の体は全身白と黒の艶やかな美しい縞模様の毛の獣の体…、その体は人の体より数倍は大きくなっていて、両手足は四つ足の状態で体を支え、爪は大地を確実に捉えており、私はその体に驚くと共に何か安心感を覚えたのであった。
 そして私の前には仙人のような格好をした老人がいるのであった。その老人はこう呟いた。
『……お主よ…、自らの生きる力に身を任せてみよ…。自ずと道は開ける……。』
 そう言い終わると私はそのまま眠りから覚めたのであった。この夢を見てから、私はこの白虎コスを作り始めたのだった。夢に期待を寄せながら私はそのまま眠りについた…。

『……お嬢さんや……、起きてご覧なさい…。』

 私の耳元で囁くように誰かが呼ぶ。
「……うぅ…ん…、何よ……、人がゆっくり寝てたのに……!!…邪魔しないでっ…!!!」
 私は怒り口調で声のする方を向きながら起き上がった。が、しかし……。
「…な………何よ………、これ………?」
 私の目の前に広がった光景は一面雪だけしか無い山脈のような世界…。その上厚く雲が空を覆い、薄暗い中、雪まで降っている。そんな中にたった一人だけ私が居るのであった。
「うぅ………、寒い……。どこかに暖まる場所は…。……あれは………?」
 薄暗い中に一点だけ光が差し込んでいる所があったのだ…。私はその光へ向かって歩く事を決意した。このままここで何もせずに生き絶えるよりも行動した方が良いと思ったからだ。
 そしてコスを着たまま私は進み出す。多少暖かいがそれも束の間、徐々に冷たくなっていき体温を奪っていく…。
「……さ……、寒いよ……、誰…か……。居ないの……?」
 私は震える体を必死に動かしながら歩いていく。しかし暫くすると、徐々に雪が強く降り始め、しま いには全方位が真っ白になってしまった。そう…、ホワイトアウトであった……。
「そんな…………。私………、どうしたら……………。」
 その途端、急に意識が遠のき、私はその場で倒れてしまう。
(…………。私…このまま……死んでしまうの…………?……いや……、嫌よ…。私………生きたい……!)
 そう脳裏で考えながらも私の体と意識はぐったりと横たわっていた。そして最悪の事態を考えていると、何かの声が聞こえ始めた。
(そう……、諦めないで………。)
 それは紛れもなく私の声……。でも…、どこか暖かくて優しい感じの声……。瞳を微かに開くと、うっすらと映る何かの生き物のような光が私に近づく。声だけでなく光自体も暖かく感じられる。するとその光の獣は私の体を優しく包み込み、暖め始める。
「あぁ………、暖かい……。この感じは……、何…?」
 私はこの感覚に溺れるかのように浸っていた。
「あぁ……、私……。この感覚……、どこかで知っている………。これは……、私……なの……?」

 私の中の何かがその光の獣によって徐々に覚醒を始めていた。
「私………、そうだ………。私は………。」
 うっすらと開けていた瞼を閉じるとその光は私の意識の中に溶け合う……。いや、寧ろ私の意識が自ら光の中に溶け会っているのだろう……。そして暫くそのままの状態が続き、私は完全に光に溶け合った…。光の中の意識と私は共にあったのであった。
『……………。そうだ………、私は………。』
 私と光の獣の意識が溶け会うと同時に私の体にも大きな変化が起き始めた。無意識の内に手足をまるで四つ足の獣のように四つん這いで立ち上がる。すると、体が徐々に体の内部から膨れ上がるかのように大きくなって行く。
『あぁ……!!うぅ……、ぐぅ……!』
 手製のコスが大きくなる体を締め付け始めると私は苦しさのあまり声を上げる。すると、体だけで無く首から頭までも体に合わせ大きくなって行く。更に頭は獣の様に横に広がり始めると、耳は横から頭の上へ三角形に形を変えながら移動する。
 鼻から下顎までが前へ骨格と共に伸び始め、鼻と上顎は一体化すると、上顎の先端に鼻孔が作られる。口は肉食獣のような鋭い牙と細かな歯が見え隠れし、長く形を変えた舌を出しながら激しく息をし始める。
『があぁ……!!ぐぅううぁぁ……!』
 体の変化が先程よりもかなり苦しくなり口から洩らす声もまた苦しそうになる。そして、遂にコスが限界に達し辺りにボロボロの状態で雪の上へ舞い落ちる。そして、露になった体は全身逞しく筋肉が付き、手足は四つ足で立つに相応しい長さに変化しており、手先には大地を確実に捉えられるだろう白く大きな鋭い爪があり、足の裏には手の平に代り黒い肉球ができていた。
 それは四つ足全てがそうであり、体には吹雪の中風に美しくそよぐ白と黒の艶やかな縞模様の獣毛がしっかりと全身の皮膚から生えており、腰の辺りからは太く長い尻尾が上下左右に振れており、そこには人から姿を変えた伝承上で語り継がられていた空想動物………、白虎が吹雪の中、呼吸を荒げ目醒めたのであった。
『私……、行かなくては…。』
 そう言うと白虎は瞳を開く。金色の瞳に漆黒の縦割の美しく光るその目はあたかも宝石のようであった。いつの間にかホワイトアウトも終わり、光が白虎を導くかの様に照らしていた。白虎はその光に向い、逞しく大地を駆ける。

『ガァオォォオオ!!!』
 吹雪が吹く空間から白虎は吠えながら抜け出す。抜け出した先は日が沈み始め辺りがオレンジ色に染まっている高い山々が連なり、その間を巨大な河が流れているまるで中国故事の世界の様な場所であり、白虎の立ち止まった目の前にはあの夢に出て来た老人がいたのであった。
『ほぅ……、清虎(すずこ)よ……。良く目醒めた……。』
 老人…、正確には仙人だろうか、その仙人は白虎に問い掛ける…。
「はい…、ご主人様……。目醒めの試練の際の暴言…、誠に申し訳ありませんでした……。」
 白虎には人の意識は微かながら在るが、それは既に白虎の清虎の意識と融合しており、清虎の過去の出来事として記憶されている。同時に性格も穏やかで優しい、礼儀正しい物へと変わっている。
『良い良い……。それよりもこれを付けるが良い……。』
 そう言うと仙人は清虎の耳に二つのピアスの様な物と尻尾に大きな鈴を付ける。
「これは……、ご主人様が私に御用意された物ですか…?」
 清虎は嬉しそうに仙人を見つめる。
『清虎の為に儂が用意した物じゃよ…。良く似合っておるわい…。』
 ニカッと仙人は笑う。
「ご主人様……!」
 清虎は嬉しさのあまり仙人の顔を一舐めする。これが清虎なりの嬉しさの表現である。
『これこれ……、これで二度目だわい…。』
 仙人も嬉しそうな顔をしてべとべとになった顔を拭いている。
「ご主人様……!!………くしゅん…!!」
 清虎はくしゃみをしている。どうやら先程の試練で鼻風邪を引いてしまったようだ。
『おやおや……、風邪かのぅ…。清虎や……、こっちに来るんじゃ…、そろそろ日も暮れる…。暖かい家に帰るかのぅ…。』
「はい!ご主人様!!」
 そして日が沈み行く中仙人の後を清虎は長い尻尾を振りながら付いて行く。白虎となった私はこの仙人…、いやご主人様にずっと付いていきます……。
 私は白虎の清虎……。今の生活は退屈だった人の世界の数倍生き生きとしています…。


‐終‐
光射す場所へ……‐龍虎の一日〜前編〜‐
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