光射す場所へ・・・−龍への旅立ち−暁 紅龍作
『はぁ…、…はぁ……。……私は……、何処にいる……?』
 私は薄暗い濃霧の中、永遠に続きそうな長い階段を登っている……。

 私は……、つい先程自ら命を絶った………はずだったのだ。
 現代社会の目まぐるしく変化していく中で私は疲れてしまったのだ。人は皆、私の事を口を揃えて「弱虫だ」とか「常識が無かったからだ」等と嘲笑っているだろう。しかし、それ相当の対価を払った今の私は充実した平和な時を過ごしている……。
 それは……、つい数時間前の事……。絶望の淵に立たされた時に私の前にふと一人の老人が現れたのが始まりであった……。
『ほれ……、顔を上げんか…、若僧や……。』
 今までに無かった優しい声で私に話し掛ける。私はゆっくりとその声の先へ顔を上げる。すると目の前にはお伽話にでも出てくるような老人……、まるで仙人のような格好をした優しそうな老人がいるのであった。
「あなたは……、一体……?」  私は思わず老人に聞く。それもそうだろう、鍵をかけてある部屋に突如として老人が現れたのだから…。
『儂か……?そうじゃのう……。お主の「今を変える老いぼれ爺さん」とでも名乗っておくかのう……。』
 その老人からは何かはわからないが別な雰囲気を感じる……。神々しい…と言うか、まるで人では無いような……そんな雰囲気だったのだ。
『…処でお主は悩んでおるみたいだのぅ……。儂に話してみてはどうじゃ……?』
 私は何故かその場で老人に話し込んでしまう…。不思議とすらすらと話終わると老人は暫く黙り込み、長く蓄えた白髭を触りながら考え込んでいた。

『そうじゃのう……、なら儂と一緒に暫く生活してみるかの…?儂の住んでいる処は、お主の住んでいる此処のようにごちゃごちゃしておらぬからのぉ……。』
 老人がそう言い終わると今までの柔らかい雰囲気から少しだがピリピリとした雰囲気に辺りは包まれる。そう言うピリピリ感もまた私は好きであった。
「そうですね……、私も…少しゆっくりしたいですし…。宜しく御願いします…。」
 私は老人に同意した事を伝える。 『そうか、そうか…、話の解る若僧でよかったわい…。それじゃ…、この薬を飲んでくれるかのう…。なぁに、ただの予防薬じゃ。』
 そう言って老人から手渡されたのは一粒の白い薬であった。見た所、普通に市販されていそうな薬のようであった。
「じゃあ……、いただきます……。」
 そう言って私は薬を一飲みで飲む。
「これで…、良いのですね…?」
『うむ…。暫く待つとするかのう…。』
 またもや髭を触りながら私を見て何かを待っている。
「どうされたのですか…?早く行きま……うぅ……、……。」
 急に頭の中が真っ白になり、眠気に襲われその場で気を失ってしまった。
『ほぅ…、儂特製の眠り薬を飲んで暫く持ちこたえるとは……。これはもしや……。』
 老人は顔を一瞬ニヤリとさせると杖を取り出し床を二回叩く。すると杖の中心から私を含めた床全面が黒い渦のような文様に包まれ、淡い光を放つと部屋から一瞬で消えてしまった。

「……いたた……。」
 私は辺りを見回す……。濃い霧が立ちこめている薄暗い空間……。そこに私が一人だけいる……。
「私は、何処にいるんだ……?それに……私は…だ…、誰だ……?」
 私は此処に至る事から自分の事まで全て白紙に戻ったかのように忘れてしまっていた。何故この様な事が起きたかというと、あの薬と立ちこめている霧が原因であった。薬には大量に、霧には微量に頭を混乱させる作用がある成分が含まれていた。記憶は消えてしまったのではなく、思い出せないだけであるのだが、そんな事は当の本人には当然の事ながら解るはずもなかった。
「……取り敢えず…、先に進んでみる……かな…。」
 私は目の前にある長い階段をひとまず登ることにした…。

 そして話は最初に戻る……。
「はぁ………、はぁ……………。」
 剰りにも長い階段に私は口を大きく開けながら息を荒くして登っている。一歩一歩登る度に疲れと言うか、体から熱と共に気だるさが溜まっていく……。それと同時に徐々に人としての感覚が消えていく………。
「はぁ………、うぅ……。」
 体の熱がピークに達し、無意識の内に階段を登りながら服を裂くように脱いでいく……。すると、その皮膚は既に人の肌色の柔らかな皮膚では無く、背中からわき腹までは、緑色の光沢のある鱗質の皮膚に、腹部は薄い黄色の鱗質の皮膚に変わっていた。
「はぁ…ぁあ……、ぐぅぁ…ぁ……。」
 更に体全体にも変化が起こり始める。全身が長く筋肉をつけながら太く伸びていく……。すると尻からは胴体と同じ太さで先に向かうと細くなっている蛇のような尻尾が生える。同時に手足は胴体に相応しい大きさにまで大きくなり、手足の先には鋭い爪が姿を現す。
「はがぁあ……、がぁぐぅぅ………。」
 何とも鳴き声に近いような声を出しながらその場で倒れ込んでしまう。しかしながら、体の変化はまだ続いていたのであった。
 首と頭の付け根が、胴体と同じ太さになると頭は段々と大きくなりながら扁平していき、鼻から下顎までが音を立てながら前へ突き出していく……。
「グゥァアゥゥ……、グギ‥ァアァアァァ……!」
 動物の鳴き声のようなけたたましい声を上げながら、舌や歯も伸びた顎に合わせて形状を変える。口元からは鋭い牙が見え、舌は先が二つに分かれている。鼻孔の横からは細くて長い髭が生えている。 髪の毛はボサボサに伸び、黒から金色へ色を変えボサボサの髪の毛から二本の細長い角が徐々に頭から生えてくると、頭から尻尾の先まで髪の毛と同系色の鬣が一筋に生えそろう。
 ……そしてそこには人では無い生き物……、伝承上の架空の動物と思われていた東洋龍が呼吸を荒くして気を失っていたのであった。暫くして、その龍は閉じていた瞳を大きく開く。金色の瞳の中に緋色の縦割れがアクセントの宝石のような輝きを放っている。もはや人から大きく姿を変えた龍に人としてのあらゆる記憶は消え、新たに少しずつではあるが龍の本能が形作られていた。
 そして体を大きく横にくねらせて階段から高く飛ぶと、そのまま空中を駆けるかのように飛んでいった。ある一点の光が差し込む方へ……。

「ガゥァオオォオォォ!!」
 龍は鳴き声を発しながら霧の立ちこめていた空間から抜け出した。辺りは中国故事に出て来そうな高い山々が連なり、その中心を巨大な川が流れている幻想的な世界……。そして龍の目の前にはあの老人がいるのであった。
『ほぉ……、あやつはやはり龍であったか……。』
 老人…、いや仙人と言った方が良いだろうその人物は龍を見ながら関心していた。
『ほれ…、牙龍よ…、儂の所へ来るが良い…。』
 仙人が龍に向かって言うとその通りに龍は近づいてくる。着地した時の衝撃が微かながら地面を通して仙人に伝わる。龍はと言うと前足と後ろ足の四つ足で立ち、尻尾を上下に振りながら仙人を見つめている。
『牙龍や…、儂がお主の主人だからのぅ……。』
 仙人は龍に近づくと、首筋を優しく撫でる。
「グルル…ゥルル………。」
 龍は気持ちよさそうな顔をして瞳を閉じている。暫くして瞳を開くと龍は仙人に顔を近づけ、長い舌で顔を舐め回す。
『これこれ…、牙龍や……、甘えん坊だのう…。』
 仙人はベトベトになった顔をどうにか服で拭きながら少し嬉しそうにしていた。
「…がりゅう…、ごしゅじんさまのために……ここにきた…。」
 牙龍はまだ慣れていないが、人語を喋れるまでに成長したようであった。しかし、まだこの龍は龍の種族の中ではかなり幼い部類に入る。人から転生し、龍へとなった牙龍はまだ生まれたばかりと言っても過言では無い。
「がりゅうね……。ごしゅじんさまのこと…、…めがさめるまえにみたことがあるの……。」
『儂も牙龍を見た事があったはずだのう…。』
 仙人は優しそうな顔をして牙龍を見つめている。
「……それでね…、ごしゅじんさまがどこかにいっちゃったから……、ずっとごしゅじんさまのこと…さがしてたの……。」
 牙龍は仙人の側に近寄り、甘えるような仕草をしながら話す。
『そうか、そうか…、儂はお主をずっと探しておったわい。』
 仙人は牙龍の首筋をまた撫でる。
「ごしゅじんさま……だいすき!」
 牙龍は尻尾を大きく振りながら、仙人の顔をまたベトベトに舐め回す。どうやら既に牙龍は仙人との主従関係を覚えたようだ。
『可愛い甘えん坊龍だのう…。ほれ…、こっちにくるんじゃ。』
「がぁおぉぉぉ〜!!」
 嬉しそうに牙龍は鳴き、仙人の後を付いていくのであった。

 ……この先、牙龍はこの仙人に命の限り尽くすだろう……。そして龍となった私は、まだまだ成長し、人であった時以上に平和で、充実したこの世界で末長く生き続けて行くであろう……。


‐終わり‐
光射す場所へ…‐白虎への旅立ち‐
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