彗星からもたらされたもの Scene.1 フェル作

Scene.1-彗星-

 空中に浮いた野原。そこにいた大勢の人がシートのようなものを引き、空に一際大きく輝く青い星を眺める。その中で、肩にある生き物を乗せた少年がシートもなしに野原に寝そべって、他の人と同じようにその星を眺めていた。
《綺麗だね、あの星。名前はなんていうの?》
 肩にちょこんと座っていた、一種の小さな竜のような生き物がそう鳴いた。他に人にとっては、それはただの鳴き声でしかない。けれど、その飼い主である少年にとってはその意味をある機械によって理解していた。もっとも、少年にとっては飼い主と言うのは名義上でしかなく、実際は親友同士、そんな感じであったが。
「忘れたよ。でも、あの彗星は一生に、いや人類の歴史の中で一度しか見られないもの、なんだってさ」
 肩に乗っていた生き物はその青い星、彗星を眺めながら《それじゃ、僕らが作り出されるずっと以前からあるんだね》と呟いた。少年は笑いながらも言葉を出す。
「ああ。人間が生まれるはるか前からあるらしい、という事だしな」
 肩に乗っていた生き物はそれを聞くと《そうなんだ……》と鳴きながらそれを見上げた。だが、その彗星によってもたらされたもの。それがあると言う事も、何なのかと言うことも、この時点ではまだ誰もわからなかった。

 翌日、少年は朝日が差す中で目覚めた。大きく欠伸をし、身体を起こすと青く染まった空を見る。
(昨日の彗星は凄かったなぁ…百万年に一度、という周期の巨大彗星というだけはあったよ)
 そして少年はその彗星を一緒に見た、相棒に目を回す。だが、肝心の相棒はぐったりとまだ寝込んでいた。
「大丈夫か、クィン? 風邪でも引いてるみたいだが……」
 昨日は少年の肩に乗っていた、クィンと呼ばれた相棒はその小さな翼をゆっくりと動かし、だるそうに立ち上がると《そうかもしれない……ちょっと身体が重いし》と弱々しく鳴いた。その後、くしゃみを口からこぼす。少年はクィンの額に、軽く手を当てた。
「……こりゃ確実に風邪だな。今日はお粥にでもしておいた方がいいか」
 クィンは《うん、そうしてもらえると助かるかな》と鳴くとフラフラと翼を羽ばたかせながら、少年の肩に乗った。少年はそれを確認すると水色の出っ張りに手を当てて、壁の一部を開いた。

「すいません、ちょっと俺の所の相棒が風邪を引いたみたいなんで昼ぐらいに訪問診察をお願いできますか?」
 クィンが専用の小さな机でおかゆを食べている中、少年は電話をしていた。相手は「昼の何時ごろがいいですか?」と聞き返す。少年はそれを聞くとクィンの方に顔を向けた。
「クィン、ちょっと医者に診察に来てもらおうと思うが何時ごろがいい?」
 クィンはお粥を少しずつ食べながら《できれば早い方がいいけど》と小さく鳴く。少年は電話相手に「では、12時30分頃に」と伝えた。
「分かりました。ではその時間にお伺いします」
 電話の相手はそれを言うと静かに電話を切った。それを確認すると少年も電話を切り、スイッチを押して椅子を出す。それに座ると、彼自身も食事を始めた。
「とりあえず、今日は留守番でいいか? 流石に風邪引きを学校に連れて行くわけにもいかないし…」
 クィンは《分かったよ。でも、できるだけ早めに帰ってきてね。一匹じゃ、暇だし》と鳴き、お粥をゆっくりと食べ進める。少年は悪いと言いながら早々と食事を済ませて食器を片付ける。そして、行こうとした瞬間。
「ん? なんだよ、クィン?」
 出かけようとする少年の肩に少々咳き込みながらも彼に向かって小さく鳴いた。
《気を、つけてね》
 少年は「大丈夫だって、いつも行っているんだから心配するな」と声を返した。クィンは心配そうな目で見ながらも少年の指を軽く噛み、そして壁を開けて外へと出て行った。
(でも、昔に比べて大分便利になったよな)
 少年は学校に向かう無人バスに乗りながら、空中に庭園が浮かんだりしている光景を窓から眺めていた。それは、昔ではありえない光景だった。今乗っているバスでさえ、空中を移動している。そして、彼の家にいたクィン、彼は彗星を一緒に見ていたとき、最初にこう言っていた。

《それじゃ、僕らが作り出されるずっと以前からあるんだね》

(もう、今の人間は神の領域すら超えているよな。いるとすればの話だが)
 彼は家で留守番をさせているクィンの事を思い浮かべながらそう考える。クィン、翼を持った竜のような生き物も、今の科学の力で生み出されたペットだった。人並みに頭がよく、手伝いもすれば感情も持つ。まだ値は張るが、人によっては最高のペットだった。少年にとっては、その枠組みすらも超えているが。
 バスが止まり、車両のドアが開く。少年はそこから降りて学校へと向かう。その途中で栗色の髪を持った、ある少年とぶつかった。
「おっとゴメ……」
「ス、スマ……」
 ぶつかった相手に対してお互いに謝ろうとした時、彼らは大きく拳をぶつけあった。それは、彼らの挨拶のようなもの。だが、栗髪の少年はそれだけである事に気づいた。
「おい、どうしたんだ竜野(たつの)? 何か心配事でもあるのか?」
 竜野と呼ばれた、緑色がかった黒色の髪を持つ少年は合わせていた手を引き、ため息を吐いた。そして、彼の家の方向に目を向けた。
「いや、うちのクィンが風邪を引いちまってよ。それでな……」
 栗髪の少年は「なるほどな」と言葉を出すと、引いた手をポケットの中にしまう。竜野が静かに歩き始めると彼もそれに合わせて静かに歩き始めた。
「でも、あいつが風邪を引いたと言う事はお前、今日の午後はサボる気か?」
 竜野はそれに対して「当たり前だ」と答えた。栗髪の少年はそれを予想していたかのように言葉を返した。それも、笑いながら。
「そうかそうか、ともかく先生方に見つからないように帰れよ!」
 竜野は慌てて、「そんな大きい声出すなよ」と小さく声を出しながら、彼の口を押さえた。そのまま彼らは昨日見た彗星の事を話しながら校舎へと入っていく。だが、事態はこの時既に始まっていた。彼自身が気づかないうちに。

「世界は爆発的進歩を遂げ、2年前には世界人口は200億人を突破、そして……」
 前で先生が淡々と内容について述べている。だが、そんな中で彼は身体に違和感を覚えていた。竜野はそれを我慢し、とりあえず授業のノートを書き上げようとする。
(風邪でもうつされたかな……まぁ、今日はこれで最後だ。これを終えて早くクィンを医者に見せないと)
 彼はそう思いながらも作業を続行するが、どうしてもそれがおぼつかない。それを不審に思ったのか、彼の後ろの席に座っていた人が声をかけた。
「大丈夫、竜野さん? 具合、悪そうだけど……」
 竜野は「心配するな、ちょっと風邪引いてるだけだから」と言葉を返す。だが、その瞬間視界が歪み始めた。朝は、元気だったというのに。
「大丈夫、この授業が終わったら病院に行くから……」
 かれがそういい終えた途端、彼は机に突っ伏した。それに驚いた女学生が慌てて立ち上がり、その途端に授業は中断された。

 彼の家に玄関のチャイムが鳴り響く。留守番をしていたクィンはそれを聞くと弱々しく、フラフラと飛びながら玄関先に向かう。
(チャイムを鳴らす、って事は竜野じゃないよね。でも、早く帰るって言ったのに帰るの遅いなぁ……)
 クィンは彼の事を心配しながらも、壁の一角にある水色の出っ張りに手を当てて、扉を開けた。そこには、白衣の医者がいた。
「訪問診察に来ました、平河 竜野さんは居ますか?」
 クィンは紙に「まだ帰ってきてないよ」と書き、それを医者に渡す。医者はちょっと不審に思いながらも、送られたデータがクィンのものであるのを確認する。
「とすると、依頼主は留守でその間に診察しろって事なのですかね……? まぁ、いいですけど」
 医者はそう文句を言いながらも彼の肩に止まっていた白衣を着ている鳥のような、ライオンのような生き物を一緒に上がらせ、椅子を3つほど出すとクィンの診察を始めた。クィンはそれを受けながらも彼が帰ってこないかな、と小さく鳴きながら閉じられた扉にあたる部分の壁を見つめる。
「やはり、ただの風邪ですね。お薬をちゃんと飲んで二、三日安静にしておけばよくなるでしょう。お薬はこちらですので朝と夕方にちゃんと飲んでくださいね」
 医者はまるで人間に接するかのように話し、そばの白衣の生き物から何かの薬剤を受け取るとそれをその場で調合し、袋に入れてクィンに手渡す。その時、クィンが持っていた小さな腕時計がなり始めた。それは一種のパソコンであり、携帯電話だった。クィンは少々咳き込みながらも棚から何かの機械を取り出し、それを口元につける。医者は黙って椅子に座り、隣の生き物と小さな会話を始める。
《もしもし》
 口からは鳴き声がこぼれているが、機械からはそれを人間の言語に訳した言葉が流れる。その直後、彼にとって信じられない言葉が飛び込んだ。
「ああ、クィンか? 風邪を引いているところで悪いがすぐに国立病院に来てくれ。竜野が倒れた」
 クィンはそれがすぐには信じられず、その場で固まっていた。朝見たときにはあんなに元気だったのに。嫌な予感が、脳裏によぎる。クィンは小さく《分かった、すぐに行くよ》と鳴き、電話を切った。そして再び水色の出っ張りに手を触れ、今度は彼自身が外へと出て行こうとする。
「待って、そんな身体で何処に行く気です? 先程安静に、と言ったばかりですよ」
 クィンはその言葉に振り向くが《でも、竜野が倒れたんだから僕も行かなきゃ、病院に》と鳴くと翼を弱く、それでも力強く羽ばたかせようとした。だが、それを止めたのは先程の白衣の生き物だった。 《待って、安静にしろと言われたんだから安静にしておけ。少なくとも、風邪引きなのにあそこまで飛んでいくなんて、途中で絶対倒れるぞ》
 クィンはじたばたしながら《でも、竜野が……!》と抗議の鳴き声を出す。その生き物は医者の方に頭だけを向けると《鳥沢さん、いいですよね?》と聞いた。
「やれやれ、これでも一応は仕事なんだけどねぇ……私たちは慈善企業じゃないんだし」
 鳥沢と呼ばれた医者は溜め息をつくと「しょうがないわ、私の車で送ってく」としぶしぶ了解を出した。そしてクィンと医者、白衣の鳥のような、ライオンのような生き物は青い浮遊する車に乗り、彼の家を後にした。


 続
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