かつて竜がいた世界の、とある街の孤児院で育った一人の少年がいた。
名はユウイチ、13歳だ。
ある日、彼は同じ孤児院の幼い子供達とかくれんぼをして、食料を溜めておく地下室で隠れていたところ、ある扉を見つける。
「何だこの扉?すげー埃が被ってんなぁ・・・。」
扉は見た感じはとても古く、竜の模様がところどころに刻まれている。
「この扉、院長先生は知ってんのかな?」
そう言いつつも自然とドアノブに手が動く。
壁にもたれかかってる扉の向こうは壁があるだけだと分かりながらも、ついついドアノブを回してしまう。
ガチャ。
ギギギギギィー・・・。
・・・・・・。
「・・・・・・えっ!!?」
ユウイチは目を丸くした。
目の前に広がるのは壁ではなく、見た事もない世界だった。
目の前に広がる世界は薄い紫色の砂漠と空が広がっていたのだった。
空にはオーロラのような物と星のようなものが数個、空の上でうっすらと光り、砂漠には光る砂粒がところどころにあった。
大きい岩のような物も地平線の向こうにいくつか見える。
「おぉ・・・・・・。」
その神秘的で不思議な光景はユウイチの心を虜にする。
「凄ぇ・・・。」
ユウイチが砂漠を歩こうとした時、ふいにかくれんぼをしていた事を思い出し踏み出そうとした足を引く。
「また・・・来れるはずだから・・・また来れば良いな。」
そう言って彼は孤児院に戻り、扉を閉める。
この後のかくれんぼで彼は見つかったが、その日から彼は孤児院の図書室に通うようになった。
(あの光景は絶対何かある!!)
彼は異世界や伝説、神話に関係する書物を読み漁った。
あの風景に似た挿絵や文があるならしおりを使い、どこだったか忘れないようにする。
普段、彼は院長先生が勉強のために出す本以外はあまり本を読まないため、院長先生が本を読み漁るその光景を不思議だ、と思う目で見ていた。
それから1週間後、彼はあの空間にいた。
本を読んで得た知識を頭に詰め込み、彼はゆっくりと歩き出す。
風がどこからか吹いており時々砂が舞うが、目に入っても不思議と痛くない。
薄い紫一色で統治された世界を、ユウイチはただひたすら歩いていく。
あらかじめ食料や水を持ってきておいたが、不思議な事にいくら歩いても空腹にならないし、あまり疲れない。
何とも不思議な世界だ。
「この世界、どこまであんだろうな・・・。」
時々後ろを見て入ってきた扉があることを確認する。
この世界では時間が流れているのかは分からないが、それでもただひたすら歩き続ける。
でもたまに引き返して元の世界に戻ったり、別の方角へ歩いたりした。
元の世界の時間は扉を開けたときと変わっていないようだった。
彼はこの世界の事を誰にも言わないと決めた。
異世界の探索を始めてから3週間ほどの月日が流れた。
今日もまた彼はこの世界を歩いている。
そろそろ地平線の向こうまで歩いてみるか、と彼が考えていた時、不意に何者かの気配を感じた。
「!?」
辺りを見回すと、オーロラがたなびいている方角に何かを見つけた。
それはオーロラの下で薄い水色に光っている結晶塔のような物だった。
しかも大きい。
「何だあれ!?」
彼はその結晶塔のような物がそびえ立っている所へ走り出した。
結構な距離が走ったが、この世界では疲れを感じないためか、彼は途中で止まることなく結晶塔の前に着いた。
結晶塔・・・と言うより、硬くて透明な物質の塊が塔のように立っているようだ。
それにその塊の中にはある「生き物」がいた。
「・・・・・・。」
唖然としてその生き物を見るユウイチ。
体を丸めてしゃくりあげながら泣いているその生き物は・・・、「ドラゴン」。
「・・・・・・あっ・・・あの。」
彼はドラゴンに話し掛けてみるが相手はしゃくりあげて泣いているせいで、彼の声が全く聞こえてない。
「あのー!もしもーし!」
大声で話し掛けるが、相手は気付いてくれない。
「・・・気づけよ!」
そう言って塊の一角を蹴る。
これにはドラゴンも気付いたようだ。
「えっ・・・誰?」
少し泣きながらもドラゴンは辺りを見回す。
そして下を見たときに初めて誰かいる事に気付いたようだ。
「まぁ・・・この世界に誰かが来たなんて・・・どれぐらいになるのかしら・・・。」
また泣き出しそうになったドラゴンを、ユウイチは泣き出そうとする前に急いで聞いた。
「何で泣いてるんだ?」
「ひっく、えぐ・・・それはね・・・。」
「それは・・・。」
と、ここでドラゴンがまた泣き出してしまった。
悪い事を聞いてしまったと思ったユウイチは、どう謝ろうと考えたが口から出た言葉はこれだった。
「ちょ・・・言いたくないなら別に良いけど・・・。」
「ひぐ・・・い、いいの。話してあげるわ・・・。」
喋り方からして雌のドラゴンだろう。
塊の中でドラゴンは体を丸めたまま話し始めた。
泣くのを懸命に堪えながら。
「実はね・・・私には子供ができるはずだったの・・・。」
「できる・・・はずだった?」
「ええ・・・。」
ドラゴンはあの時は嬉しかった、と言うような顔で話を続けた。
「お母さん、って呼ばれたかった。私ね、母親になりたかったの。」
「・・・。」
「ずっと前に妊娠して子供ができるのを楽しみにしてたの。言う事を聞かないワガママっ子でもちゃんと育ててあげたいって。」
「・・・。」
「それでね、遂に私は卵を産んだの。早く子供の顔が見たくて、何度も卵に語りかけたわ。」
「そうなんだ・・・。」
「でも一ヶ月経っても何の反応も無いから心配になって自分で卵を割ってみたわ。そしたら・・・。」
「そしたら・・・?」
「中にいた・・・、私の子供が・・・・・・。」
堪えきれずにドラゴンが再び泣き出した。
「ひぐ、えぐ・・・それから・・・、私は、卵が・・・うぅ・・・産めなくなったの・・・。」
(流産したのか・・・。)
ドラゴンが深呼吸して泣くのを止め、再び話し始めた。
「ショックを受けた私は・・・、他のドラゴン達の接触を避けてこの地に来たの。」
「・・・そういえば、ここはどんな世界なの?」
ユウイチがメスドラゴンに聞いた。
「ここは・・・私達ドラゴン達が足を踏み入れる事は無い辺境の地。過去に出来た心の傷が癒えないドラゴン達が他の接触を避け、孤独に人生を終えたいと思うドラゴン達が来る場所。そんなに多くないけど、今まで色んなドラゴン達がここで孤独に一生を終えていったわ・・・。そのドラゴン達の骸は砂の下に埋もれていったの。」
「つまり・・・この世界は世間から隔離して死にたいって思うドラゴン達が来る場所だな?」
「ええ。夫は私が妊娠する前に死んでしまった。その事もあって私は癒える事のない心の傷が出来てしまった。だからここで孤独に死んでいきたいの・・・。」
「・・・。」
目を閉じて悲しむメスドラゴン。
「あのさ・・・。」
「?」
長く続いた沈黙を破ってユウイチが口を開いた。
「俺はさ・・・生まれた時には親がいなくて・・・、孤児院って所で育ったんだ。」
「まぁ・・・君には親がいないのね。可愛そうに・・・。」
「それで・・・もし、俺が元の世界に帰って院長先生が許可をくれれば・・・その・・・あんたの子供になってあげても良いよ。」
「えっ・・・!良いの!?」
「院長先生が許可をくれれば、の話だけどさ・・・。」
「本当なのね!ありがとう!」
メスドラゴンが喜んだ。
「じゃあまず俺、元の世界に戻って聞いてみるよ。」
「ええ。」
メスドラゴンに手を振って扉の所に戻るユウイチ。
(もし駄目だったらどうしよう・・・。その時は何て言えば良いんだろうな。)
ふいに脳裏をよぎった疑問。
でも考えても仕方ないから彼は一直線に扉へ向かって走った。
子供が流産で死んでしまったメスドラゴン。
物心つくときは孤児院で暮らしていた人間の少年。
この二人の運命はどうなるのだろうか。
続
古ぼけた扉の向こうは 後編
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