繋がる世界と想う気持ち・前編冬風 狐作
 本当かどうか分からない事とは正直なところ良くあるものであると思う。それがしっかりと製本または検証された本でさえ時としてそうした記述を含んでいる事は多いし、それが時を経たものであれば当時では正しくても今では単なる歴史的史実、かつてはそうであったが、となっているのも珍しい話ではない。
 そうした事を理解した上で触れるのは最早娯楽のひとつに近いものだろう。しかし理解せずに触れ、更に言うなら信じ込むのは過去の人が犯した過ちを追体験するだけの愚かしい事に過ぎないのではないか、と偉そうな事を浮かべつつ僕は寝起きの頭を起こすのも兼ねて、先日、閉店すると古書店から手に入れてきた古書の山を漁り、何か目覚ましに良い本はないかとの点から向き合っていた。
 手に入れてきた、としてもその数はおよそ30冊程度だからそれなりにあるもの。一抱えある大きさの箱を手に電車に揺られて帰って来た時は思ったよりもした重さに一体、と思えたがそれもそう、文庫サイズに交じって分厚い化粧箱つきの装丁の本が幾つも入っていたので思っていたよりもずっしりとした質量を感じざるに入られなかった。
 そして購入時に言われた通り、その中身は実に乱雑だった。比較的最近の内容から60年ほどの前までの物までが入り混じっており、仕入れたのは最近だったが年だからついつい整理の手が回りきらなかった、とする老店主の言葉がどうしてもそこに重なってしまう。
 そんな具合に考えが逸れながら、取り敢えず目が覚めそうなものをとするのを第一に捉えて手を突っ込んでいたので、これと選んだ本の持つ違和感にすぐ気付かなかったのも致し方ないものだろう。そう、それは化粧箱つきの装丁のしっかりした書籍であり、その外箱と中身が食い違っている事にすら特に注意を払わないで机の上で開いてざっと中身に目を落としだしていたのだから。
「ん?ああ、そうか、違ってるのか、これ」
 その事に気付いたのは読みだして幾らか、大体20か30分ほどした頃だろう。喉が渇いた、と立ち上がり戻ってくる際に何の気なしに見つめた化粧箱の書籍名。それは大分お堅い内容、と書いたらそれまでではあるが今の今まで読んでいた内容とは大分かけ離れたもので、もしやと表紙をめくってみると案の定、との次第。外には社会科学系の、しかし中には歴史文化系とかなりの違いを呈していたのに気付くなり、整理が間に合わなかったにしても雑だな、と改めて仕入れてきた古書店の事を浮かべて、合わせて思わずくすっと微笑んでしまう。
 どうであれ今は僕の物なのだから、そう気にする必要はない。そうした事も承知の上で購入してきたとすればむしろ当然とも言える結果をそのまま受け入れた方が良いと言うもの。
 だから僕は冷蔵庫から持ってきた冷えたペットボトルの中身を改めて喉に流し込んだ後、歴史文化系とは書いたが実態は精神文化、更に言うならオカルト寄りと評せるその中身へと再び目を落として間もなくだったろう、ふとした違和感を物理的に感じたのは、と思い返してしまえる。

 それは小さな振動だった、一瞬地震か?と部屋の中を見渡したが特に揺れている様子はない。しかし小刻みな横揺れは相変わらず感じている、眩暈にしてはおかしい、何せその振動は手元から感じているのだから。そう手元、そこには今読んでいる本しかない、そして、と巡らせる内に僕はすでに気付いていた事を今更ながら受け入れざるを得ないとも気づけた。即ちその振動の元は本であり、かつ今開いているページにある挿絵の中からもたらされている事に。
 その挿絵は活版印刷的な風味を色濃くしたものであり、一番下には注釈が刻まれている代物。ただ厄介な事にその部分は外国語で、その注釈自体が本文に日本語であると仕様。故にそちらを見ようとした折、今度は空気の流れを揺れと共に感じ始める。もうこれはおかしい、とにかく、と思った時はもう遅かった。
 何かが見ている、そしてそれはこちらに迫ってきて、幾らか遅れて状況を把握している間にもうそこには、そう全てを一致させて認識させた時にはもう目の前にいて向き合っていた。とにかくそれは、椅子に腰を下ろしたまま可能な限りのけ反った姿勢の僕の前で本の中より出て来ていたのだから。
 この時ほど僕は信じられないとの気持ちを抱いた事が生涯であったろうか、と思えた事はなかっただろう。合わせて背もたれ付きの椅子がこれほどまで咄嗟に逃げようとする動きを邪魔するものか、と認識した事もなかったろう。肩幅も広く開いて可能な限り距離を置こうと無意識のままにしたもの、首と共に頭も同様にそうしていた。しかし盲点だったのは胸や腹、つまり胴が相対的に書籍側に近くなってしまう結果を招いていた事だろうか。
 しかしそれはその時に認識出来ていなかったのは言わずもがな、となる訳でその時はただ息を飲みつつ、合わせて寝起きから間もない故に実は夢の中にいるのではないか、との認識に逃げようとばかりしていた。それは多分に本能的とも咄嗟の、とも言える当然の反応だっただろうし、仮に僕でない誰かがそうなってもきっとそうであったに違いないと信じてしまいたい。
 ただ目を通じて流れ込んでくる情報は違っていた、挿絵に過ぎなかったはずの書籍の一頁にはぽっかりとした穴が今やはっきりと生じていて、振動こそ止んだがそこからは絶え間ない風が、それこそ微風程度ではあるが内から外、つまり部屋の中へと吹き上がっており僕もろにそれを浴びる格好になっていた。それはどこか饐えた香りに湿気、そして適度な冷気を伴うもので季節柄、どうしても暑さを感じてしまう頃だからこそ皮肉にもその終いの部分には心地良さを感じてしまったのは否定出来ない。
 だがそれと共に姿を現し、今、目の前にある黒とも白とも解釈出来る何かは一体何なのか分からなかった。気体、つまり濃い煙霧の様にも見えるだけにとはなるがモヤっとした不定形さだけはあるそれは、次第に本に開いた穴から引き続き吹き上がってくる風に乗る形で僕に接近してくる。
 もう距離は余り無い、それが分かってるのに椅子に貼りついてしまったかの様で逃げられない、となるのを己が事であるのに他人事の様に見てしまえる不可思議さ。そしてその先端が前述の通り、後ろに頭や肩が逃れたが故に前にあった胸と接触した瞬間、電撃の様な刺激がそこを頂点として全身に走ったのだった。


 続
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