漆黒の闇、その中に広がる明るさそして明るさの中に浮かぶ色・・・黄色、全てがぼんやりした中でふとそれが意識につく。
"・・・。"
何かを思うが一体何か理解できない、自分の事だと言うのに理解出来ないのはどこか口惜しいがとにかく意識はその黄色へと行く。黄色・・・黄色・・・そして意識は覚醒する、同時に体が跳ねる様に起き上がり視界も一気に晴れるのだ。
今いる場所は大きな壷の底と言った様で、直上の丸い空間から燦々と明るく暖かい光が差し込んできている。辺りは質素で唯一木で作られた祭壇、簡素な造りには鎮座する丸い鏡・・・陽光に映えるその白さと輝かしさに思わず目を細める。そして黄色は・・・。
「よぉ女、目を覚ましたか・・・ここは何処だと思う?」
「ここ・・・は?」
「俺の巣だ、巣・・・でこれがお前の探していたものだろう?」
黄色・・・それは目の前にいる狐とその咥える大きな封筒、その2つの黄色であった。そしてその封筒こそ彼女の探し求めていた物、そうあれほどの時間を費やして探し思い悩んでいた物なのである。当然ぱっと飛び起きて駆け寄ったのは言うまでも無い。
「その封筒・・・。」
「ふふ、お前のだろう?返すよ。」
そう言うと彼女が手で封筒を握ったのを見て狐は口を軽く開ける。そしてその拍子に加えられた力で封筒は口の中から滑り落ち彼女の手の掴む所になった、その時の彼女の表情と言ったら喜びに満ちていた・・・それ以外に何と言いようがあるのか、そう思えるほどである。そしてそれを見て同じく笑みを浮かべる狐・・・しかしそれはどこか薄い共有しているとは思えない笑みであった。
「あら大分素直に・・・戻すわね。」
「まぁな。」
手にしてからふと先ほどの声を思い出し封筒を胸に抱え込む様にして狐を見る、すると狐は何がおかしいのか口元を歪めると姿勢を崩してそっぽを向いた格好で逆を向いてそのまま丸くなる。そしてこちらを見ずにうそぶく。
「さっ帰れ帰れ・・・俺は眠いんだ。」
今にも眠りそう・・・そんな勢いであった。
「帰れって・・・何処から出れば良いの?」
当然の事ながら、まるで突き放された様な格好になった彼女はそう問い返す。すると軽く尻尾を揺らして狐は答える。
「思えば良い、帰ろうと思えば出れる・・・ああそうだ、家に帰るまで絶対に驚きの声を上げるなよ・・・な。」
「どうして?」
「まっ帰れなくなる・・・とだけ行っておくかね、くく・・・さぁ行け。」
そう言って再び黙った丸まる狐を見て釈然としない気持ちでありつつも彼女は思う。それでもそう言われて、態度からしても狐がそうする様にと見せている様に取れる以上抵抗する必要も何も無い。
"帰ろう・・・。"
そう思った次の瞬間、全身から力が抜けてまっさらになり上昇すると共に消えていく・・・そんな心地になて全ては白く染まった。
「ふぁ・・・あ・・・境内か・・・。」
次に意識が返った時、そこは境内だった。すっかり暗闇に沈んだ静かな境内、木漏れ日としてかすかに注ぐ満月前の月の明かり以外には何も見えず薄気味悪い・・・そう神聖な場所の中で言うのもなんではあるがもそう言うのにふさわしいとも言える気配であった。
「・・・何か良い感じだなぁ。」
しかし不思議にそれは居心地が良かった。何と言うべきだろう、ここが自分がこれからそしてこれまでもずっといるべき場所、そんな気配すら感じられる不思議な気配。あの先ほどの声とのやり取りの間にすら感じなかったほどの居心地の良さ、そして絶対的な安定感が何物にも変えがたい・・・そう言い切れる。
そうして辺りを一瞥すると彼女は明かりの方角へと足を踏み出す、それは境内の外、鳥居の外の道路に灯る水銀灯の明かり。不意に目の前を電車が軽やかな音共に通過し、一瞬光の量が大いに増して音と風が響く。しかしそれが過ぎればもう後は虫の鳴き声、後一月もすれば尽きるのを名残惜しむかのごとく鳴いている中を静かに歩き鳥居を出た。鳥居脇の水銀灯に照らされる道路、そして側溝に半直立で立つ自転車の姿・・・全てがあの夕暮れの時のままであった。
"もう何時なんだろ・・・。"
そう思いながら自転車に手をかけ引き上げる、水の流れの中に使っていたスポークには幾らかの葉が付着しているもそれよりも封筒を前の籠に入れた後、しっかり入った事を見てそっと自転車に跨りそしてこぎ始める。自転車は変わらずスムーズに進み・・・とは言えふとした違和感を感じない訳でもなかった。
何と言うのだろう・・・ずっとこすれ続ける、それもただ擦れるのではなく剥がれたものが自転車のサドルと擦れているそんな感じだった。それでもしばらく会えて気にせず進む、だが気になる物は気になって仕方がないもの。やがては気がとられて自転車をふらふらと漕ぐ様になっていたのだからその気になり様が分かると言うものだ。
幸いにしてちょうど前方にあるバス停を照らす蛍光灯形の街路灯の姿が見えてきた事もあり、彼女は漕ぐ足を弱め次第に速度を落としていった。その間あの違和感ある擦れを感じなかったのは後々から考えると・・・最後の幸せであったと言えるかもしれない、そして自転車は止まり彼女は視線を股間へとやる。そして・・・。
「ひっ・・・な・・・なにこれっ・・・!?」
そう言い残してその気配は消えた。空しい自転車がアスファルトの上に倒れぶつかった事を示す音だけがそれに続いていた。