その鉱山都市の一角、合理化策の一環の初めの頃に閉鎖され今では人跡稀な区画に車、そして人が立ち入るのはそれは久しぶりの事であった。立ち入ってきたのはおよそ20人ほど、作業服に身を包んだ彼らは管理目的で今なお使われている一棟の建物に入り、しばしそこで打ち合わせをすると機材を手に辺りに散って行く。
そして始められたのは測量だった、基準基準に目印をつけ一定の間隔で杭を打ち・・・その辺り一帯にて一連の作業が完了したのはその日から2日ほど経った時の事。それは何分地形が鉱山開発の影響で大分異なりその分作業日数を要したからである、そうして作業員達が退去した後に残された赤白塗りの木製の十字型の基準杭にはこう記されていた。「日本道路公団」「田牧道路中心線」とだけ。
作業員達の測量、そしてそこに立てられた基準杭の文字・・・それは今この地域の中で、良い意味での話題として広く知れ渡っている自動車道の建設の基本となるものだった。ある意味悲願として語り継がれる自動車道建設、初めてその計画が・・・すくなくとも予定線として報じられ公になった頃からもう幾年が経過することだろう。
以来熱心な陳情の積み重ね、陳情だけではない様々な運動が行われそしてようやく測量開始になったのである。決して運動したからこそ・・・と言う事は無いだろうが、全部整備すると言いつつも矢張り優先順位というものはある。
本来のところはそれによる物が大きいだろうがとにかく順番はようやく巡ってきた、命令は下り測量がなされた。次は買収そして・・・と、もうまだ計画線の段階の何時になったらと言うやきもきした調子はない。もう来るべき物は来てそして動き始めた、賽は投げられたのだ。あとはひたすら完成まで突き進む、そう沿線の、特に何らかの利権を持つ人々の決意は硬かった。
しかしそれがあるからと言って全て上手く行くとは限らない、自動車専用道の建設を具体的に進めていくのは中央なのだ。だからこそ幾ら沿線が歓迎したところで中央の決定、中でも予算がそれに必ず沿いはしない。幾ら作る意思があっても元手となる資金が無くては何事も成されず、そして予算はばら撒きといわれる中でも矢張り重点的にすべき所には相応に回される・・・畢竟幾ら潤沢な道路予算とは言え取り合いはあるのだ。
だからここまで建設されなかったのもある程度理解されるだろう、幾ら鉱山都市があるとは言え今では斜陽化し更に半島で盲腸。加えて過疎化が進み地形は厳しく建設費用は高額に・・・そうなれば建設が先延ばしにされたというのもまた。
「ようやく測量がされましたか・・・。」
「ええ、ようやく。」
鉱山都市の中、運営する企業の管理ビルの一室。そこでは3人の、1人はカーキのジャケットを、2人は如何にも事務員と言った風情の男達が、安堵とした様な顔をして測量の件について言葉を交わしていた。
彼らは企業の立場に立つ人間、自らの自社敷地を大幅に横切る自動車道の建設は大歓迎すべきものだった。それも全く上手い具合にその土地は今では全くの遊休地と化している区画、正直言って何にも使えない土地を有償で買い上げていく・・・道路建設というそう言った事情で無ければ、このような辺鄙な土地のそれも鉱山と言う何かしら程度の大小こそはあれ汚染された土地を買って行く者などいない。それが金になる・・・補償付きと言うこれ以上の美味しい話がどこにあるのだと言うのだろう。
「とにかく・・・早く進めてもらいませんとね。」
「ええ・・・先生、よろしくお願いします。」
事務員風の2人はそう言いあってそして頭を下げる、静かに微笑みながらこちらを見つめているカーキ色のジャケットの男へ。それに対して男は眼鏡を軽く持ち上げつつ、そっと答えていた。
「おーい、瑞姫どこだー。」
山間に響く誰かを捜し求める声・・・まだ若い思春期の声変わりといった感じの少年の声が響く。
「弘宗、瑞姫いたか?」
「いやいない・・・どこ行ったんだよあいつ。」
そこに駆け寄るもう一人の少年、いやこちらは青年と言うべきだろう。背丈も声もより大人染みている相手が現れた。そこは鉱山の中でも比較的静かな区域、その中でも最も静かな薄い森の中で2人の都市こそ近いが気配の大分違う青年と少年はずつと歩き回っていた。
「とにかくだ・・・ここは本来入っちゃ行けない所だから急がないと。」
「分かってるよ兄貴、でも瑞姫見つけないと・・・。」
「そんなの承知してる、だから急ごう。」
そう行って先行する青年・・・兄貴と呼んだ相手の背中を見つめながら生欠伸を噛み殺して弘宗という名前の少年は続く。こう言葉を投げると共に。
「はいはい・・・大方どこかの廃坑道にでも落ちているんじゃないの?」
「演技でもない事を言うのはこの口かな弘宗君・・・?」
その言葉に機敏に反応した兄はすぐさま踵を返すと軽く弘宗の頬を引っ張って薄く・・・わずかばかりの苛立ちを垣間見せて見つめ、手を離し再び前へと進む。流石の弘宗もそれ以上その様な事を言う気持ちにはならず、早足で再び散って探しに向かっていく。
そして数時間後・・・街の中を歩く2人の間には1人のちょっと土か何かで汚れてはいたが、見たところ特段のおかしな所は見当たらない少女、瑞姫の姿があった。彼らは互いに何かを言い合いながら、決して罵り合う等ではなく笑いを漏らしながら夕闇の中へと消えていった。山のむこうとこちらで消えた少女、片方は大事にならず見つかりそして片方は大事になってもまだ見つかっていない。
「おっ瑞姫・・・。」
ふと弘宗が声をかける。しかし言葉はすぐには続かず、歩きながらの沈黙が生まれた。
「いや何でもない・・・何でもないからさ。」
不自然であることは重々承知、しかしそう間を空けてから返すと弘宗はふと空を見上げる、空はすっかり夕焼けで染まりいつも煤煙か塵かは知らないがどこかボヤッとしているそらを鮮やかに染めていた。
"まぁ気のせいだろう・・・。"
視線を戻し今は兄と言葉を交わしている瑞姫・・・妹を見てそう言い聞かせる様に思う。
"首筋に何か模様のようなものがあるなんて・・・ね、きっと汚れさそれか単なる気のせい。今日は早く寝たほうがいいかもなぁ・・・。"
そう言い聞かせる様に思い後ろから追い越していく路線バスに視線をやるのだった。