ラベンダーフォックス・第五話反目 冬風 狐作
「お見事・・・。」
 その様を見てふと言葉を漏らしたのは御神、体の位置からして振り返った場所にある美根子、いや紫の狐人とその戦場にある壁の消失とを見比べてである。
 思い出しても初めてと言うにしては鮮やかであった、この体にまだまだなり立てでの唐突なまでの戦闘・・・恐らくは上手く行かないだろうとそう多用するつもりはなかったが、今回ばかりは中に入って援護し助太刀しようかとしかけた目の前での白き雷撃による反撃。巻き添えにならぬよう、何よりも負傷したリョッコを守ろうと動きつつふと見惚れたものであった。
"まぁそれでも・・・。"
 しかし完全にその色に心が染まっていた訳ではない。鮮やかかつ的確な反撃には感心する一方で彼はそっと醒めた、冷静といえる目で美根子を見ていた。
"雷使いとは言え・・・まだまだ不安定だね。ま、慣れれば違うのだろうけど。"
 大きく肩で息をして目の前で今、そして自分がした事を飲み込もうとしつつ呆然とした感の否めない美根子を見てそう思うのだった。

 一体自分はどうしたのだろう・・・リョッコと一緒に襲われて、社へ逃げてきて、何やら聞かされて気がついたらリョッコが血に染まり自分も再び襲われて駄目だと思ったら・・・何もかも無かったかのように今は静寂そのもの。消えた壁の一角からは涼しい夜風が吹き込んでまるで全ての、万事何事をも無くただずっとこうであるかのように振舞っている。
 しかしそれはあくまでも偽り・・・記憶に残る様々な展開、何よりも今の自分の容姿がそれを信じようとする心を容赦なく現実へ引き戻し突きつける。今の姿は明らかに自分が自分であると深く認識し何時までもある、そう信じているあの姿ではなかった。
 全身を覆う紫・・・の獣毛、それのかもし出す微かな人とは異なる香りに包まれ、腰に手を回せば背骨の延長から伸びる尻尾、顔の尖ったマズルと耳にこの姿ゆえなのか人の時には感じなかった細やかな・・・周囲の気配。空気、水、雲の流れそして植物のざわめき。自然の息吹とでも言えるのか分からない、しかしそう言えるのであろうとそっと感じ取れる新たな感覚に脳に限らず全身が敏感に反応していた。
"もう・・・。"
"ふぅ・・・。"
 思考の中で交差する2つの息遣い、一方は困惑のもう一方は一仕事終えたと言った感じの漂う息遣いである。
"えっ・・・?"
"おっと・・・ああすまんすまん、驚かせちゃったか。"
 困惑のままと軽い調子にて謝り含みの対照的な2つの声、そしてそれらは絡み始める。
"さっきのは上手く飲み込んでくれてありがとうよ。いきなりなのに素直で良かった・・・。"
 軽い息遣いはそのまま続けて軽く〆る、戸惑う余りに圧倒されたようにそれに受身となる困惑の息遣い・・・美根子はそれが終わったところでようやく力が抜けて応え始めるのだった。
"あの・・・さっきの・・・?それにあなたは・・・?"
"おっとっと自己紹介しないとな・・・俺はまぁ雷だ、雷。さっきのってのはあの攻撃のことよ、うん。まぁ俺の力を貸しただけだけれどな、にしても筋が良かったから上手くやっていけそうだなお前さんと。"
"上手くやっていける・・・?"
"ああ・・・ってまだ何にも知らないんだなぁ。ったくリョッコもしっかり説明しろっての・・・俺らにはしっかり説明しろしろって言っておいて本人が・・・まぁこの話は置いておいてだな・・・。"
"はぁ・・・。"
 雷、軽い息遣いはそう名乗ると軽い愚痴をかまして話を本筋へと戻した。彼曰く自分は先ほどリョッコに言われた託された物の1つなのであると言う、そう言われれば今話しているその声からはふと色が・・・この場合は黄緑色がふと浮かび上がってくる。そして形が、黄緑に染まった球体が紫にして同じく球体の隣に寄り添う様にして並んでいるイメージが続けて表れたのであった。
 それを脳裏にてじっと見つめると再びあの光景。そう先ほどリョッコが招かざれる客と表した病院、そしてこの場で襲い掛かってきた相手に対する攻撃のシーンが、自分が当事者として見ていた光景に極めて酷似しそれでいて違う物が流された。
 そこでは自分が見下ろされる形で高く掲げた腕を振り下ろした瞬間、次いで眩いばかりの白い光と伴う轟音が美根子自身より発せられ、一直線に突き進み相手に直撃し炸裂・・・その一連の流れが全く1つのドラマであるかのごとく展開され〆られた映像。それがのうりに幾度と無く再生されるのをただ見るしかなかった。
"これは俺の視点だよ、俺から見たさっきのさ。良い光景だろう?"
"良い光景・・・と言われても・・・で、相手は・・・?あなたについてもよく分からない・・・。"
"相手・・・ああ、消えたよ。お前さんが俺の貸した力を、初めてと言うのに見事に使いこなしてくれたお陰で・・・きれいさっぱり消滅だよ。見事すぎるな、惚れ惚れするくらいだ・・・まぁちと過剰だというのは否定しないが。そして俺は・・・今風に言うとぱぁとなぁとか言うのだな、ふふ。"
"消滅・・・死んだの・・・?"
"そうだ。"

 それを聞いた途端、美根子は体から血が引ける思いがした。消滅、それに抱いた嫌な予感を尋ねればそれが事実だと事も無げに、むしろ痛快そうに呟く自らぱぁとなぁと言った雷。おもわず胃から食道へとこみ上げる何かを感じざるを得なかった、それはあくまでも反射的に感じた錯覚には過ぎず実際には何も出て来はしない。
 しかし思わず感じた以上それもまた本当だと思い込むと思わず腹を屈折させ、顔をしかめ口に手をやる。いきなりのそれに驚いた雷は何事かと口にして心配を寄せてくるが耳には入らない、むしろそれがたまらなく嫌に感じられた。
 少なくともここで言えるのはまだ14才の、それも少女にはまだ刺激が強すぎたというべきか。肉体的には大人へと移行しつつあっても精神もそれに見合うとは限らない、特に思春期・・・恐らくは誰もが子供から大人へと、全てが移ろい変わり行く中で不安定でいる時だから感受性も高く尚更だろう。そして気遣おうとする雷に彼女は言う・・・拒絶を。
"話しかけないで・・・っ、あんたなんかと・・・。"
"えっ・・・て、おいいきなり・・・?"
 今度は雷が困惑する側へと回る事になった、先ほどまでの上機嫌は何処へやら読めない流れ、掴みにくい変化の前には恐らく美根子よりも大人であろうその精神も上手く対応出来ないで受身になる。そしてその揺れ動く不安定な時期にある美根子は更に続けた、一言一言に自分なりに重みをつけて。
"あんたなんか・・・嫌い、嫌いよ・・・パートナーなんかじゃない・・・っ。"
 人一人が消滅・・・死んだと言うのに、とは流石に続けこそしなくともそれを漂わせて美根子は心を閉ざした。雷は激しく動揺し困惑していたが全く意に介さず、介さない様にと強く心に戒めて沈黙した。それは余りにも性急過ぎる事であったかもしれない。そして言葉にされていたのなら介入出来たであろう御神は当然としても、本来なら介入できる立場・・・心を読む能力に長けるリョッコが傷つきその回復を優先させて注意が散漫になっていたのは不幸な事としか言えないだろう。結果としてその場に居合わせた御神とリョッコは、その様な大騒動になっているとは露知らず見つめている・・・ただそれだけだった。
"人・・・殺しちゃったんだ私・・・。"
 頑なに閉ざした心で思う美根子、まだ何も知らないと言うのにそれだけが全くの事実であると信じて静かに一筋の線を頬に描く。そしてそれは誰にも届かない・・・小さな呟きだった。


 続
ラベンダーフォックス・第六話鉱山都市
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