ラベンダーフォックス・第三章覚醒 冬風 狐作
 突然の様々な出来事、9色の脳裏に浮かぶ球に"お客さん"の来訪と共に部屋を満たす灼熱の風・・・その熱はじりじりと間接的ではありながら美根子は感じていた。今、彼女の上にはリョッコが乗っている。それでもこの様に暑いという事は、そう途端に意識が芽生えそして思い始める。一体何が起きそしてどうなったのかと、唯一分かるのは何かの熱がリョッコ曰く"お客さん"の訪れと共に風となって吹き荒れ部屋に充満した事だけ。何らかの関係はその2つの間にあるのだろうが、一体どの様な相関関係何なのかは全くうかがう事が出来ない。
「リ・・・リヨッ・・・。」
 心配に思った美根子が口走りかけると共に、リョッコの純白の獣毛に覆われた掌が当てられ封じられる。
"静かに・・・余計なお客に聞こえてる・・・っ!"
 同時にわずかの差を置いてリョッコの声が届いた。それは脳裏に、まるで脳幹からの何もかもを痺れさせられる様な錯覚を感じさせられるものであった。しかしその語尾が不意に乱れたのが気になった、そしてそれ以来声は響いてこなく数秒そして十数秒が経過・・・ようやく聞こえてきたのはかすかな喘ぎ声若しくは呻き声とも取れる荒い声であった。
"リョッコ・・・どうしたの・・・?"
「あらあら、リョッコ様とあろう人が・・・情け無いものですわね。」
「・・・か。お前は前に倒した筈では・・・。」
 すると今度は空気を伝って耳に言葉が響いてきた。それは女声、どこか落ち着いた上品な気配を漂わせた言葉であるのが印象的だった。そしてその声には何処か記憶の中で響くものがあった、それも最近に聞いたばかりの新鮮な記憶と共鳴する声と言えるだろう。
「あぁそうでしたわね・・・あの時倒された私がどうしてここにいるのか、教えてあげたいものですがその前にどうしたのですの?尻尾を掴まれても反撃しないなんて・・・あなたらしくない。」
「くっ・・・その時の事情と言うものだっ。」
 途端に再びあの音、狐火が飛来した時にも聞こえた軽い空を切る音が聞こえる。恐らくはあの狐火を放ったのだろう、しかしそれを食らった様な気配は感じ取れなかった。むしろ回避された様な気配すらされたが、わずかに出来た隙を突いてリョッコは美根子を抱える形で跳ね飛ぶとそのまま窓へ・・・。正確には窓ガラスは全て溶け落ちて今や焦げたサッシだけの残る窓から外に大きく跳躍しその場から脱出した。
「リョッコ、今のはっ?」
「余計な・・・客だよ、全く折角紹介すべき客が来たと言うのにわずかな差で・・・おい。」
 すまなそうに美根子の問いに答えたリョッコは不意に強い調子で空に向って叫んだ。ふと顔をわずかに横にしずらした視線の先には見慣れた町並みが見える、かなりの速さで飛んでいることは分かったが不思議と風圧等は感じられなかった。恐らくはリョッコの力故なのだろうが不思議に見つつ、あと別の方向を見るとそこには同じ様に空を飛ぶ者の姿を見ることが出来た。
「リョッコあそこに誰かが・・・。」
 ふと呟いて伝えるとリョッコは分かっていると言う様な顔をしてそっと微笑み、そして少しそちらに顔を向けると再び口を開いた。
「そんな所にいたのか、また傍観でもしていたのかい?」
「酷い事言うねぇ、リョッコは・・・久々に呼ばれて来てみたら遭遇しただけだよー。」
 帰ってきた声は軽い調子の男の声だった、元気で若い気配のする気楽な声・・・そういう印象だった。
「誰・・・?」
「ん・・・ああ古い私の知り合い、そして正当なお客さんだよ。」
「正当な・・・お客さん?」
「そう、正当な・・・ね、御神?」
  「あぁそうだねー。」
 帰ってきたのは矢張りあの気楽な声だった。そして美根子を抱えてリョッコは大きく跳躍し、空を悠々と飛ぶ御神と共に急速に郊外へ向けて移動していった。

「何で俺を呼ぶ時にリョッコは何時も何か事を起こしているのか不思議だよねー。」
「こちらの事情と言うのもあるのよ・・・はい。」
「おっありがとー美味しいんだよねぇ、ここの麦飯は。」
 リョッコとやり取りしながら麦飯を食べつづける御神。何でも麦飯が大好物でリョッコに呼ばれた日から一気に麦飯を食べる事による満腹の幸福感を抱く為に、必要最低限の物以外食べる事無く待ちそしてやって来たのだと言う。もう米びつに換算して2つは軽く平らげている御神を美根子はただリョッコとのやり取りと共に見つめるしか術はなかった。
「で、今回は何の用?」
 結局米びつ4杯分を軽く平らげて幸せ一杯と言った顔をした御神が本題に口を出したのはそれからしばらく・・・と言っても10分ほど経過した時だった。米ひつを脇に寄せながらリョッコがそれに応じている。
「この子のお守りをしてくれないかな?本当は全て私が見るべき何だろうけれど・・・。」
「えー面倒臭いなぁ、リョッコが見るべきものでしょー。俺には関係ないし。」
 御神の反応は当然だった、何よりもその内容に美根子が驚いたと言うべきか・・・そもそもまだロクに説明を受けていないのである。先ほどの託された物は具体的には何なのか、そして何をするべきでありそもそもあの襲って来た者の正体は・・・と聞きたいことは山の様。ようやく聞けるかと思っていた矢先の事だから面食らったのは当然である、だからその動揺を表に出した声と御神へ返すべくリョッコの口にした声が被るのは当然だった。
「ち・・・ちょっとこの子のお守りって一体どう言う・・・それにまだどういう事態なのか説明もされて無いのに急に・・・。」
「ほらリョッコ駄目じゃないか困らせちゃー神様なんでしょ?」
「あぁごめんなさい、説明が遅れていたわね・・・まぁ一言で言うと君には私の代わりに戦ってもらいたいの。」
「戦う・・・?」
 リョッコの口から出てきたのは薄々感づいてはいたものの実際に聞くと愕然とするものだった。"私の代わりに戦う"これまでの経過からするとリョッコが何者かと対立している事は分かる、しかし幾ら祖父がリョッコと親しくしていたからとしてもあんまりだ・・・そうわずかな間を置いて続け、黙り様子をうかがった。当然御神は押し黙って見つめて・・・傍観していた、そんな2人の視線の先に置かれたリョッコは少し考える様な表情をすると口調を変えずに静かに言葉を返し始めた。
「そう戦う・・・私とアッコ一派の戦いに一応は無関係の君を巻き込むのもどうかもしれない、でも・・・私の代わりとして我が力を託せるのは君しかいないんだ。」
 そう言うとリョッコは立ち上がり座る美根子の肩に手を置き続ける。
「それが君の運命・・・理不尽なのは分かっているわ、しかし君は狐になる夢を見るといったよね?」
「はい・・・それはそうですが・・・。」
「それが証拠よ、君は人では無いの・・・正確に言えば人であってかな?」
「人じゃ・・・ない。」
 その言葉・・・いや宣告と言うのに相応しいその言葉はリョッコの口調とは裏腹に大きな打撃を美根子へと加える。自らが人ではない・・・正確に言えばも何もなかった、とにかく人では無いと断定されたその事が大きな打撃なのであり衝撃だった。しかしそれを気にするといった感じはなくリョッコの口は続く。
「そう・・・まぁ人だけれど人ではないと言った方が正しいわね。そんなあなたがどうして生まれたか分かる・・・?」
「戦う・・・為?」
「そうよ・・・私の代わりとしてこの地域を守る・・・。」
「地域を・・・守る・・・。」
 リョッコは耳元に口を寄せると静かにそこで囁いた。その言葉自体は静かで掻き消えそうだが、鼓膜を通じて脳に入った途端それは脳の隅隅に広がりそして深く刻印される。そう結果として絶対的な忠誠意識とでもいうのだろうか、リョッコの下につき従う・・・リョッコと敵対するもの達と。そう服従する意思が芽生えそれは当然の意識・・・常識として埋め込まれのである。
 それは洗脳だった、しかしその時の人ではないと言う言葉で絶望とも困惑とも言える境地に落ちていた美根子は簡単に・・・わずかな救いとも言える言動も含まれた言葉に反応して堕ちる。同時に体も人ではなくなる・・・全身がもさもさとした様な膨らんだ様な印象を受けると一気に毛が、毛質から見て獣毛が吹き出した。その色は紫・・・御神と比べるとやや濃いその獣毛は全身を覆い骨格が変わる、顔は前に伸びマズルを、耳は縦に伸び頭の上で2つの三角を、目を鋭くなり体も幾分大きくなる。腰の付け根の尾てい骨辺りからはふさふさと豊かな尻尾・・・そして獣脚。もののわずかで服は役目を果たさず床に散る、そして終わった。

「気を失ってしまったわね・・・。」
 紫の狐・・・狐人へと変貌し床に倒れ伏すその姿。それを軽く撫でながらリョッコは呟いた。
「酷い事するなぁリョッコ、やりすぎじゃない?」
「いいの・・・良いのよ御神、真実はこの子が掴む事。今はこれで良いの・・・さて。」
 そう言って美根子から離れたリョッコは御神へと近付く、そして顎の下に手を当ててこう言った。
「興味で一杯なのは分かってるわ・・・引き受ける?」
「・・・さーて、なんのことだか。」  ふとにやりと笑い、考える素振りをしながら中空眺める御神。そして思い出したように微笑む。
「ま、いいよ〜。でも、この貸しは高くつくからね。」
 そう言いながら極上の笑顔でぴっぴっと肉球のついた手を顔の前で振る。そんな御神をしばし見つめるとリョッコは静かな顔して手を離し立ち上がり、ふと扉の方へと視線を向けた。


 続
ラベンダーフォックス・第四章初陣
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