そして夜になった、夕飯も食べ幾つかの課題も仕上げた俺は1人黙々とパソコンの画面と対面していた。特に何もやる事が無いのでネットを彷徨っている訳だが、正直ネットが無かったら俺は一体何をしていたのだろうかと常々思う。恐らく本を読んでいるだろうが、その本だってネット通販で買った物。テレビを見ていたとしてもつまらなければ寝てしまっているし、若しかしたら勉強しているかもしれない。何れにしろ同じくらいの確率の中から選択された物とその積み重ねの結果であって、ただ偶然俺はパソコンとその環境があったからネットをしていると言うだけなのだ。
そうして当ても無くお気に入りサイトのバナー広告からニュースサイトへと飛び・・・という風に当ても無く、クリックし続けて彷徨う俺の前にあるものがふと現れた。それはとある宣伝用のポップアップ、自分はブラウザでシャットダウンしているので終ぞこの方お目にかかった事が無く、ただ先程まで見ていたサイトにてどうしてもポップアップを表示させねばならなかったから設定を変更していたまでの事。本当に久し振りに見たものであった。
【体に悩み事はありませんか?もしかしたら解決出来るかも、当サイトにご相談を!】
と言う文字だけが横に流れる小さなポップアップ。何と無く胡散臭くて、一時期とある巨大掲示板発で流行ったポップアップをネタとしたflashに何処と無く似ていて気味も悪かったことは事実だった。ただその流れる文字を一目見た途端、俺の脳裏にはある言葉が戻って来た。そう夕飯を食べるまでその片隅にこびり付いていた"背の低い自分"と言う言葉が、あの先輩の顔と共に・・・。
"結局無駄だったか・・・。"
その瞬間、俺は何処と無く力が抜けていくのを悟った。結局は逃れられないのだろう、この悩み・・・いや思いからは。唯一背が伸びると言う形の証明が無い限り、何だか自分が先程とは違った意味で馬鹿らしく感じた俺は早速元通りの姿勢に戻るとその言葉をクリックした。
カチッ
マウスの押される音と共にポップアップが消えてその下にあったブラウザの画面が切り替わる。初めて目にする新たな画面は一瞬にして表示されるのを見ると、俺は一方では期待しつつそして白けながらマウスを動かし始めた。
そうして数日が経ったある日、お笑い番組を見ながらミカンを食べていると玄関のベルが鳴った。開けて見ればそこにいたのは宅配業者、着払いで自分宛の荷物だという。すぐに見当が付いたので愛想良く言葉を返すと財布と判子を手に戻り、ササッと事を済ませて荷物を受取り金を渡し扉を閉めた。届いた物はそう、先日の例のポップアップ先にあった業者にて注文したサプリメント。すぐに机の上に置いて中身を取り出した。
箱の中の茶色の今時珍しい固めの包装紙を破いて出てきたのは、錠剤の束。色の違いから2種類ある事が分かる、これで二週間分だと言うから一日一回就寝前に飲めば良いのだろう。添付されていた説明書の服用に関する事が気だけを読んだ俺はすぐに、台所にてコップに水を入れてそれを服用した。今日はもうやる事がなかったので、早過ぎるかもしれないがそろそろ寝ようかと考えていた所だ。コタツの電源を切って机を畳み脇に寄せ布団を敷くと、真っ暗闇の部屋の中俺は早々に寝息を立て始めた。
「まぁ一日で伸びる訳が無いよな・・・本当にそう言う薬だとしても。」
翌朝、寝惚けのまま俺はメジャーを解体し、その中身を取り出して壁に貼り付けた手製の身長計と我が身の鏡に映った姿を見て背を測ってみた。結果は148センチちょうど、前々からの物と変わりは見られない。そこでその様に呟くとその場を離れて洗面所へと向った。何時までもこんな事に構っている暇はない、もう朝の七時を回っているのだから。
それからと言うもの日々、俺にしては珍しくマメに効果の程は別としても薬を飲み続けていたそんなある朝。鏡に映る目盛りを見た俺は思わず我が目を疑った、頭の上に乗る木切れで作った目盛り。その根元のある位置は・・・150センチ、なんと昨日まで148センチしかなかった身長がわずかとは言え2センチ伸びていたのである。これには驚きであった、嘘だろうと思って何度目盛りを置き直し、髪の毛の厚さのせいではないかと髪の毛を押さえつけたか知れない。だがこれは事実であった、一瞬にして目が覚めたのは言うまでも無い。冬の寒さを若干足したとしても・・・。
そうしてその日以来、心成しか薬を飲む度に心躍らせ水の入ったコップを掴む手に力が入る様になったのは気のせいではないだろう。その期待に応えるかのように身長もまた1〜2センチずつ確実に伸びて行ったのだ。そうして背も伸びて行った所でそろそろ薬が切れそうになったので、再びあのサイトを通じて二週間分を更に追加で注文して上手く切れ目無く飲み続けた。目標は180センチ、今日の時点で156センチだから何とかなるだろう。
「今日は・・・伸びていないか、この所伸びが悪いな・・・。」
だがその読みは外れた、新たに届いた薬を飲み始めてから数日急に伸びが鈍化してしまったのだ。これまでの3倍近く1センチ伸びるのにかかる始末、これでは如何にもならない。薬代だって安いものではないのだ、二週間分で〆て二万五千円・・・最初に買った時は初回購入特典と称した割引を受けて一万円で手に入れられたが、二度目に買ったときからは正規価格の二万五千円。一万五千円もの値上げであった、もしこのまま180センチに達するまでこの薬を買い続けるとするのなら大体今が160センチ程度なので恐らく15万円かその辺りか。何れにせよ、親からの仕送りと奨学金に加え自分でも学業以外の空いている時間は、バイトをしていると言う貧乏学生にはキツイ値段である。
如何にして薬代を削減するか?これは中々の難題であった、最も単純なのは薬を買うのを止める事だろう。しかしこれは引替えに夢の180センチを諦めると言う苦渋の選択をせねばならない、が金はたまる。次にあるのが薬を飲むのに間を空けると言う事だ。例えば、二週間分を一ヶ月間に延ばすべく日を置いて飲むと行った感じだが、日々飲んでいてこの有様なのだから若しかしたら伸びが全くなくなるかもしれない。それでは余計いけないので如何にも選ぶのは困難である。
そして最後に残ったのはこのまま何も変えずに買い続けると言うものともう一つ、そう一気に大量の薬を飲んで見ようという事であった。恐らくそう単純に行くかは知らないが背は必ず伸びる事が予想され、ただ副作用の心配・・・これだけ謳い文句通りに背が実際に伸びているのだからその心配も否定は出来ず、躊躇される向きもある。とか言って身長を諦めようと言う勇気も出そうにはない・・・全く悩ましい事だ。本業の学業もこれほどすればと自分の中の誰かが言っているが、一先ずは黙殺し再び考えを集中させた。
そんなかんだと数時間に考え抜いた挙句導き出した答えはそう、一気に飲んでみようと言うものだった。確かに副作用は怖い、吐いたり高熱が出たり最悪死に至る・・・その様な実例はこれまでに幾度と無く耳にして知識として備え持っているからだ。だが金と身長の誘惑には到底俺は耐えられなかった、どちらも必要であるしそして俺自身の将来を決め、変える重要な要素でもあった。同時にこの2つの要素にはある決定的な違いがあった、それは分かるかと思うが金はがむしゃらに稼げば何とかなる、それに生活にそう大きな物さえ望まなければ幾許かの物で何とか生きて行く事は出来る。
しかし身長はそうではない、まず第一にその長短は自分の与り知らぬ所で既に定められている事。それを神の悪戯と言うか天の杯分と言うかは勝手だが、とにかくどの様な母親と父親の元に生まれたか・・・それだけが全てを決める。仮に片方がチビで片方の背が大きいのならば、多少なり共子供には背が高くなるという望みがある。だがどちらも小さければ、そしてどちらの祖父母も小さいのなら・・・何らかの奇跡以外にその子供の背が大きくなると言う保証は皆無。そうして気が付いた時にはもう遅く、仮にその子供が背が高い事に憧れていたとしたら、それこそ個人差があるとは思うが下手をすれば一生どこかで悔しく思い続けなくてはならないのである。
また人間中身が肝心、外見に騙されるなと良く言われるが人の印象を決めるのは初対面の時の外見である。その後に挨拶の仕方から、言葉、話題の内容などへと次第に中身へと近付き知る事が出来るようになるが初対面の時に受けた印象と言う物ほど強烈なものはない。だからこそ意外な一面、等と言う言葉があるのだろう。