では何か?それは獣人、かつては最先端のそして一般化してしまった遺伝子技術によって人為的に作り出された人と獣の混ざり物、人と同じく直立二足で歩き言葉を操り考えを巡らし、獣の鋭敏な感覚とその優れし能力、そしてかねてより人々が憧れの対象とした毛皮を始めとした獣の部位を持つ者。それが獣人、公式には人と獣のキメラの製作は法によって硬く禁じられ存在しない事とされているが、少し裏へ潜って行けばその存在は当たり前、極めて有り触れた存在として世に在るのだ。
いくら禁じられているとは言え表の世界でも、若者達の間では体の一部を獣化させる事、例えば耳を猫耳にしたり尻尾を生やす事が流行っており文化として定着しつつある。また、それ以外にも医療の分野を中心に体の一部を獣の物と換える事はよくある話で、事実全人口の過半数は何らかの形で自己の体の一部を獣化させている統計があるほどで、キメラの製作を禁じている前述の法でも体の一部分を後天的な要因で獣化させる事は許されている。
そして恐るべき事に先天的な要因で体の一部が獣化した子供が日々生まれているのだ。原因は親に施された部分獣化、理由は様々だがその因子はしっかりと遺伝子に織り込まれて次世代にて発現し、拡散していく。部分獣化が公認されて早70年が経過した今、完全獣化体、つまり人と獣のキメラである獣人が公認されるのも時間の問題と言われ、時折マスコミや国会で話題となる。だが今はまだ幾ら認識され、公然の秘密となっているとは言え非合法な物は非合法、だから獣人達は社会の片隅で息を潜めて非合法な身分でも成し得る職業に従事しているのだ。
非合法な身分でも成し得る職業ともなれば、それは大抵非合法な裏の仕事以外には無い。そう言った仕事の中でも人類最古の職業と言われ、根絶が叫ばれながらもむしろ盛んになりつつある風俗業は最大のシェアを誇る。そして今日、大抵の都市には一つや二つの獣人風俗店が在るというのはその手の世界を少しでも知る人の間では常識であり、東京クラスのメガロポリスともなれば両手では数え切れない数存在していると言われている。
冒頭に挙げた光景は、東京にある獣人風俗の中でも一二を争う規模を誇る"娼館"と呼ばれる店の待機室の物、指名されるまで雑談やトランプ等をして従業員である獣人達はひたすら待つ。そして指名があればすぐに客の待つ部屋へと駆け付けて、応じて戻り、時間が来れば寝床に入って眠りに就き、時間で又起きて<
それが彼らの日常であった。
この店に所属している獣人の中にカナと言う名前の1人の狐の獣人がいた。彼女は分け合って人から獣人になった後天的獣化体である、正確には彼と言うべきなのだろう。元々彼女はその名を川村総一と言い、れっきとした人間の男であった。川村はある事で名を世に轟かせていた、稀代の詐欺師として複数のねずみ講事件に関与し、自らもまた高額な金の動く証券詐欺等で財を成しつつ、危うくなれば高額な金で身代わりとなる男を雇い、その男を首謀者に仕立て上げて自分は逃亡し逮捕されたというニュースの流れる隣で、また新たな詐欺へと手をつけるのは当然の事だった。
だがある時ふとした手違いでそれがばれた川村は慌てて逃亡したものの、既に空港や駅には警察の目が光っており、マスコミを通じて自分の名と顔が世間に知れ渡ってしまった為如何にもならなかった。おまけにテロ対策で配備された最新鋭の警戒装置の初運用先とまでされてしまったから万事休す。一時は自首すら考えたが馬鹿馬鹿しくなり、どうせなら徹底的に逃げてやろうと自ら獣人となる事を決意してこの様に至った次第である。
自分もある程度獣人風俗の事は存じており、また利用した事もあったので最初の頃は女相手の娼夫を考えていたもののその絶対数は少なく、女を相手にしつつ男も相手にしなければならないと別に聞いてすぐに考えを改め、結局性転換の上獣化と言う一般的な路線へ転向したのだった。
獣化方法は幾つかある選択肢の中から投薬による物を選択した、逃げる為に人を止めるとは言え流石に体を切り刻まれて改造されるのは御免だった。だから薬物による獣化を選んだのだが、この方法は時間が掛かるという欠点があった。大体その期間は性転換込みで1ヶ月、高熱で苦しい時期も1週間ほどあったが何とか耐え抜いて一応獣人娼婦としての手解きを受けた後に、親しい知人の経営する獣人風俗にて働き始めた。
ミサトと名乗って始めたばかりの頃はこれまで客として来ていた場であったので、客としての視点から見ていた時とのギャップに驚き悩みもしたが次第に慣れる事によってそう言ったものはすっかり薄れた。
そして、元々そう言う素質があったのかは知らないが中々の名器として評判になり、持ち前の頭の回転の良さを生かして次から次へと上客を手中に収める事に成功。また同時に古くから"娼館"にいる古株の獣人達から恨みを買う事の無い様色々と腐心した結果、何とか上手く行き新参者であるも古株以上に上客を掴んでいながら信頼のある良好な関係を築いている。
そんなかんだで時間の流れたある日、すっかり"娼館"の娼婦達の顔役として仕切る様になっていたミサトはある客の相手をすることになった。これまで一度も彼女はお目に掛かった事のない相手だが、何でもその客は今注目を集める若手実業家で熱烈な彼女のファンなのだと言う。
そうまで言われるきっかけは数年前、人伝にミサトの評判を聞いてからと言うもの、是非ともお相手願いたいと思い、政官財の大物の予約で埋まっているミサトへの指名予約を手にしようと東奔西走。数年越しの苦労の果てにようやく手にした時には人前だと言うのに感極まって涙を流した、等と言うエピソードと共に予約が入った時に伝えられた。
(それほど私の事を思ってくれるなんて…嬉しいけどご苦労様な事。まぁ期待を上回るだけの事をしてあげるとしましょうか、少しばかり壊してしまうのも面白いかも)
彼女はそう思いながら接待部屋にて待ち構えていると、指定された時刻の通りその実業家は満面の笑みを浮かべて姿を現した。
「はじめまして、川村ミサトと申します。この度はご指名頂きまして真にありがとうございました、どうかよろしくお願い致します」
いつも通りに挨拶をして相手の様子を窺う、反応が中々無い。そっと見てみるとどうやら男は緊張している様だ、いや喜びの余り固まってしまっていると言うか…とにかく動きがないのだ、顔が真っ赤になっている以外は。
「あのーお客様?どうかなされましたか?」
「あっ…あっはっはい、大丈夫です。何ともありません。こちらこそ、はじめましてミサトさん。この度は予約をお受けして下さいましてありがとうございました。私が見境幸久です。こちらこそよろしくお願いしますっ。いや…もう今自分は最高です、憧れのミサトさんと一緒にいられるのですから」
「あら、それは光栄ですわ。私こそあなたの様に熱烈に思ってくれる初々しい方は好みですよ…さて、ひとまずは席に座りましょう。立って話をするのは無粋ですからね、さぁこちらへ」
「はい、失礼しますっ」
見境は緊張と感激の余り固まってしまった様だった、そして今も軽くはなったとは言えまだ残っている。歩き方もゼンマイ巻きの人形の様だし、喋り方も語尾が強い。若干気に触る所もあったがそれ以外は総じて初々しくどことなく母性本能をくすぐられる所があり、まぁひとまずは合格ね―と飲み物を交えて談笑しつつそう評価を下す。そしてその後、若干酔わせて良い気にさせてから絡み合い、そして朝を迎えて開けたのだった。
最初の出会いから数ヶ月、熱心に彼女の元へと通った見境はすっかり場慣れして、今では初々しさをわずかに残しつつも最初の頃の様などぎまぎした調子は無くなり、ミサトもまた彼に対する評価を上げていた。
その内に通算して20回目となったその時、見境にはある権利を取得した。それは好みの娼婦を自らの自宅へ連れ出すことの出来る権利である、無論条件は有りその本人以外の何者も権利を行使する事は出来ず、また呼び出してから自宅にて相手に出来るのは同じく本人のみ。それ以外の人物へその事実や存在を知らせる事は固く禁じられていて、行使する際には必ず誓約書に同意した旨の署名をしなくては認められないのだ。
当然、誓約書に署名した見境は早速自宅へとミサトを連れて行き、数日間共に自宅で過ごしていた。昼も夜も区別ない生活だったが、中々に刺激的でミサトは十分満足しており互いに又の訪問を約束して"娼館"へ戻ったミサトは、再び普段通りに予約を受けて客を取ると言う日々を過ごしては、数ヶ月に一度のそれを楽しみに思っていた。