廃墟探索 1冬風 狐作
 その屋敷は町から遠く離れた所にあった。存在自体が知られていない屋敷には、訪れる者も無く自然の中にひっそりと静かに存在していた。

ある夏の日、その屋敷近くの山中を2人の男が歩いていた。
「おい、早野。」
男の1人が前を行く男に声をかける。
「どうした。」
「本当にこの先に廃墟があるんだろうな。」
「あぁ、あるとも。」
「本当か。」
「そうだ、というか無ければわざわざこんな所に来たりしないって。」
「無かったらどうするんだよ。」
「どうしてそういうことばかり言うんだ。人を疑いすぎだぞお前は。」
「だってさ、情報源がネットの掲示板で裏づけが取れていないだろ?そんなのガセの可能性が極めて高いじゃないか。だから何度も聞くんだよ。」
「うるさいな、ネットの掲示板だからってそんなに信用できないのか?以前にお前がなんかの本から見つけてきた廃墟に行ったら、何も無かったって事があったじゃないか。そんな事言えた口じゃないだろうが。」
「あれはあれだ、あの時は既に取り壊されていただけであって実際に存在していた事は確かじゃないか、それと比べると今回のは・・・。」
「あぁ、わかったわかった。そんなに言うんなら付いて来るな。とっとと帰ればいい、俺は無くても行くぞ。」
「何だよ、それ・・・ひどい奴だな、こんな所まで連れて来て帰れ帰れと言うとは・・・。ああ、分かりましたとも帰らせてもらいますよ。お前を信じた俺が馬鹿だったよ。」
「って、おい。本当に行くのか?信じるなよ。」
「・・・」
 早野は戸惑った、何せあの程度の事で鹿野が怒って帰るとは予想していなかったからだ、早野は引き止めようとしたが鹿野はそれを無視して元来た方向へと駆け足で去っていってしまった。
「何考えてんだあいつは・・・。」
鹿野の過ぎ去った方向を見て早野は呟いていた。

 斜面一面に生い茂っている薮をかき分けながら1人になった早野は探索を続けていった。ようやく森を抜けたと思ったらこの深い薮である、幾ら廃墟探索に慣れている早野といえどこれほどの薮は久々のものであり先ほどから襲来して来る蚊と鹿野の事とあわせて次第に気分は不快になっていた。
"全く、何だこの薮は・・・それに蚊といい鹿野と言い今回の探索は障害ばかりだ。"
それでも、黙々と彼は薮の中を前進し露出している皮膚のあちこちが草の葉による切り傷だらけになった頃、ようやく薮が途切れ視界が広がった。そして目の前にはそれなりの幅の川が流れている。
「一息つくかな。」
そう呟くと河原の薮に被われていない適当な場所にリュックを置いて中から水筒を出して飲み始めた。茹だる様な暑さとほとぼしる汗、そして長時間の薮漕ぎで疲れ果てていた彼の体に、そのわずかな水は十分とまではいかないが多少の潤いと落ち着きを取り戻させた。
「ふぅ・・・。」
軽く溜息を流して、しばし無言のまま川面を見る。透き通るような透明度の川は陽光を反射しつつ瞬間毎にその姿を変えていくのを単調に繰り返していた。耳には川のせせらぎと時折吹く風による薮のざわめき、そして鳥の鳴き声だけであった。
"なんて自然に恵まれているんだここは、山1つ向こうは町だというのにこの差は一体何なのだろう・・・。"
と思い束の間の休息を楽しんでいた。

「さて、行くか。」
30分ほど休むと彼はリュックを背負って地図を開いた。その地図は数十年前に作られた古地図で街中では当時とは大きく変貌してしまっているので全く何の役にもたたないが、こういった場所では人の手が入っていないお陰で自然災害でも何か起きない限り地勢が変わると言うのはまずあり得ない。その上、この古地図には鹿野には伝えていなかったがその目的とする廃墟が載っているのである。無論、悪意で鹿野に教えなかった訳ではない。ただ、直前になって見せて驚かせてやろうと考えて教えなかっただけなのである。
"全く・・・こんな事になるんだったら早く見せれば良かった。そうすれば、今もあいつはここにいただろうに。"
と彼は地図をしまい、先ほど分かれた森の方角を見てそう思い川を渡り始めた。川の対岸も薮に被われていたが、これまでの薮とは違って幾分背丈も低くまた間隔が開いていた事から先ほどの薮を突破してきた早野にとっては赤子の手をひねる様な代物に過ぎなかった。
"薮が浅くて何よりだ、もし前のような薮がこちらでも続いていたら途中でギブしたかもしれんな・・・ま、気を付けて行こう。"
内心ではホッとしつつも辺りに目を光らせながら慎重に進む、この様な薮の中で怪我をしてしまえば切り傷程度なら何とかなるが骨折や脱臼・捻挫となると手の施しようが無い。ましてや、2人ならともかく1人での探索では最悪の場合生死にも関わりかねないからだ。その上、ここは土地自体は私有地の様だが住む人の姿はおろか人工的な物と言えばここから後2時間ほど歩いて先の山の向こうに隠された目的の廃墟以外には存在せず、当然携帯は全く役に立たない。無線機は使えるがこれで救出を求められたとしてもすぐに助け出される事は無く、数時間から下手すれば1日医上待つ羽目になるだろう。それ故に最大限の注意を以って進んでいるのである。

 1時間半後、予測よりもやや早く廃墟のある谷と平野地帯とを分けている尾根へたどり着いた。島の中心部から続くその尾根は砂浜の手前で小さな影となって終わっている。
「予定よりも30分早かったな・・・ま、いいペースで進んでいると言えるな。」
と再び一息をつきながら地図を相手に言う。もちろん地図が答えるわけが無いが、ニヤッと笑うと立ち上がり一刻でも早く目的の廃墟へ着ける様に歩き始めた。そして、砂浜の背後にある段差を登ると広がる野原のかなたにある小高い丘の上に目指すべき廃墟が存在していた。
「あと一息か・・・。」
そう感慨深げに呟き、再び足を進めだした。
"この程度の距離なら30分もあればいいな。"
と考えつつ、鼻歌を歌って。

 20分ほど野原を横断すると川が姿を現した。こちらの川は湿地帯であった向こうの様に地平とほぼ同じ高さを流れるのではなく1メートルほど低い場所を流れている。川幅は3メートルほどで結構小さめな川だ。
「よっこいしょ。」
足を滑らせない様に段差を下りて川を渡る。段差の上り下り以外は特にこれといった障害の無い川を越えると廃墟のある小高い丘はいよいよ目前に迫っていた。

ジー・・・カシャッ!  川を渡り終えた早野は、デジカメで廃墟の外観を数枚撮影して足早に駆け出した。目の前に廃墟というこの上ない甘美な物(餌)が待っているというのにおちおちしているのはもったいないと思ったからだ。また、日が既に傾きだしており幾ら夏とは言え日は必ず沈む、また廃墟の丘続きで山が迫っているので先ほど休憩した尾根の先がまだ明るくても、その時にはもうここには日が当たらず探索に大きな支障を来たす。それに加えて廃墟の敷地内で野宿して明日帰るので、野宿しても安全な場所を探すのに懐中電灯では心許無いからだ。早野は丘と海とが向き合ういわば丘の正面へ回ると、そこに草に蔽われながらも未だに往時の白さを残している階段を見つけた。
"あの掲示板の書き込みどおりだな・・・今のところは。"
とここでも写真を撮り、一歩一歩を確かめるように階段を登っていく。そこそこの長さを誇る階段を登りきると朽ち果てた門扉を越えて敷地内へ踏み込む、そこからはこれまで下から一部しか見えなかった廃墟の全景を拝む事が出来た。その廃墟はベルサイユ宮殿や迎賓館とまでは行かないにしてもそれなりの荘重さを持った立派な西洋風の屋敷であった。使われなくなってから一体どれくらいの年月が過ぎ去ったか知れなかったが、それにしては往時のままの姿を残している非常に状態の良い物件である。
「すげぇ・・・凄すぎるよこれ・・・廃墟冥利に尽きるわぁ・・・。」
早野はこれまで自分が潜入を繰り返してきた様々な廃墟の姿を思い浮かべ、目の前にある廃墟の素晴らしさに感動していた。と同時に一抹の不安も感じ出した。
"本当に廃墟なのか、ここは。入っていいのだろうか・・・。"
という物である。だが、ここまで苦労して仲間を失ってまで来て置いておめおめと外観だけを見て帰るというのはどうしてもプライドが許さなかった。
"もし、外観だけ見て帰ったなんて鹿野に行ったら笑い飛ばされかねんな・・・。"
結局、その不安を無理やり消して覚悟を決めると早野は屋敷の入口へと足を向けていた。


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