「しかし・・・この廃墟は綺麗な廃墟だな・・・現役そのままじゃないか。」
30分ほど経った頃、彼はその廃墟に対してそう評していた。そう言う背景にはこの屋敷の状態の良さ、つまり長年、下手すれば半世紀近くは放置されていた可能性すらあるというのに、まるでつい先日まで何者かが使用していたのでは?と思えるのほどの状態の良さがあった。壊れたり朽ちている物が殆ど無い廃墟、これはこれまで巡った廃墟には見られなかった現象でありその事がより一層、ここの探索への興味と感心を沸き立たせていた。
そして2時間ほどかけて早野はこの屋敷の全ての部屋を、4階建て分の全ての部屋を探索し終えた。その結果、この屋敷が何の目的で建てられて使用されていたのかその一端を知る事が出来た。どうやらこの屋敷は戦前のとある有力華族がこの島のこの辺り一体をいたく気に入って建てた物で、以来その華族一族と親交のある一部の者たちだけが利用出来るある種のリゾートとして機能していた様だ。しかし、敗戦による華族階級の消滅により、特権身分ではなくなった彼らはこの辺り一体の土地と屋敷を税金の代わりとして国家に物納されて以来、誰にも回顧見られること無くなって放置された・・・と2階にあった図書室の様な部屋で見つけた記録で知った。このような大規模な屋敷を建てて、そして長年に亘って維持してきたと言うのだからかなりの権勢を誇った華族であったのだろう、だが不思議な事にその華族の名前については全く記述されておらずどうにも知れなかった。また、現在この物件を所有しているのは国なのかどうかについては町に帰ってから調べる必要があった。
「にしても・・・壮大な話だよな・・・幾ら華族とは言えこんな物を建てるとはねぇ・・・信じられんよ。」
と俺はその図書室の窓の外にあったベランダの上から海を眺めつつ呟いていた。真っ暗闇の屋敷の中を長く彷徨った自分としては外の太陽は何とも眩しく疎ましく、それでいて妙な安心を感じていた。これもまたかつてここ以上に彷徨った廃鉱探索の際には感じられなかった、この廃墟特有の不思議な気持ちである。
ピィョルルル・・・
日向ぼっこをしている彼の頭の上を一羽のトンビが長く鳴きながら旋回していく、それを聞いて彼は再び薄暗い建物の中へと戻っていった。
"そろそろ戻るかな・・・。"
俺はそう思って一回の表玄関へ向かって階段を下りていた。落ち着いた色合いの階段の上にはそれと対照的な白い埃がうず高く積もり、そこに俺の上って来た時の足跡がはっきりとついて残っているのが何とも面白い。そして今、下って来る俺の足跡が加えられて行く。
"多分、この足跡は永久にとまでは行かないとは思うが、相当な期間残るだろう・・・数年経ってからまた来るか、今度は鹿野をつれてな・・・。"
やがて、最後の一段を下りて玄関ホールへと着いた時俺はある事に気が付いた。それは、閉めた覚えの無い表玄関の扉が閉まっている事である、閉まらない様にはめた筈の木もまたその姿は無い。
"妙だな・・・なんで閉まっているんだ。"
閉まったドアのノブを握ってそう思うと、手に力を入れてドアを開けた、いや開けようとした。しかしドアは微かにも動こうとはしなかった。入って来た時とは全く別であった、力が足りなかったのかと思って何度も力を強めてノブを回して押し引きを繰り返したがあろう事か、微動だにしない。
「何で開かないんだ・・・おかしい、どうしてなんだ。」
回しても開かない事に驚き、窓を破って脱出しようとしてが窓ガラスが全く割れないが故に失敗した俺は玄関ホールの階段に腰掛けてそう呟いた。
"考えて見れば、あんな簡単にドアが開いた時点でおかしかったんだ。あそこでもっと警戒していればこの様な事にはならなかったかもしれない、にしてもつっかえ棒までもその姿形が無くなっていると言うのはどう言う訳なんだ・・・子供のイタズラ、いやこんな僻地でそんな事すると言うより論外だな・・・風か何かによるということも無いだろう・・・まさか、いや有り得ないがこの屋敷の中には俺以外の何者かがいるということを示しているのか・・・そして、この屋敷に立ち入った俺の事を知っていると・・・だが、おかしい話だ。仮にもしそんな奴がいるのから、どうして黙っているのだろう、それに良く思っていないのなら扉を閉めるなんて事はせずに出て行くように仕向けて来る筈だ・・・それもしないと言う事はそいつは俺に対して好意を抱いているとしか思えんな・・・一体全体どんな奴だよ。ハハハ・・・。"
その考えに俺は苦笑して、俯かせた顔を上へと上げたその時だった。
バン・・・。
小さな音が響いたかと思うと夕暮れを迎えて入ってくる光も乏しくなり、すっかり暗闇に包まれていた邸内が眩い光に包まれた。何と電灯が灯ったのである、呆気に取られた俺がそのまま腰を引かせて固まっていると今度は大きな声が、邸内に響いた。
「あーあーマイクのテスト中・・・。」
声にも驚かされたがその声の言う場違いな言葉に思わず俺の緊張は解れて、笑っていた。するとその声はさっと調子を変えてこう言い始めた。
「えー現在、玄関ホールにいる侵入者さん。お前はもうこの屋敷から出る事は出来ない。繰り返す、お前はもうこの屋敷から一生外へ出る事は出来ない、どうしてそうなるのか間も無く知る事になるだろう。以上。」
"一生外に出られないだって・・・どうしてそうなる?それに間も無く知る・・・って!?な、なるほどこう言うこ・・・と・・・か・・・。"
その奇妙な放送の内容について思いを巡らし始めた時、彼はふと自分の背中に熱いものが走り、同時に鋭い痛みを覚えた。手でその辺りを触ると矢か何かか突き刺さっているのが分かり、その刃先には毒の様な物が付着していたらしく、鋭い痛みと共に急速に意識を失ってそのままその場の埃と血の上に倒れた。