守護する者〜前編〜紅龍作
『危機迫る刻、化身現れ、危機を救い賜るであろう。』
 私の住んでいる村に伝わる大昔の言い伝えだ。言い伝えを教えてくれた私の祖父は、更にこの言い伝えの物語を私に教えてくれた。

 村が出来てから30年が経ち、村の人々はやっと安定した生活を営んでいた。そんな猛暑が続いた夏、大事件が起きた。何と、山から流れる川が干上がってしまい、残る水は貯水用に設けられた池だけとなってしまったのだ。
「困った事になった…。このままでは…。」
 村の長が困り果て、村民と話し合いをしていた。
「雨も一向に降る兆しが無い…。どうしたことか……。」
 一同に、深いため息をつき、皆の頭の中には最早最悪の事態のみしか浮かばなかった。そんな日の夕方、村にある旅人が宿は無いかと訪ねてきた。長は快く迎え入れ、自らの家へ案内した。
「この様なお心遣い、有り難う御座います。」
旅人が丁寧に長にお礼を述べる。
「何もない村ですが、どうぞごゆっくりしてください…。」
笑顔で長も返事をするが、途端に不安になり、思わず溜め息をついてしまった。
「どうかなされたのですか…?」
心配そうに旅人は長に聞く。
「いえ…、実は今この村に…………。」
と今まであった事を洗いざらい話をした。すると、
「私にお任せもらえますか?この状況を変える方法がたった一つだけあります。」
「ほ、本当ですか?」
 藁をも掴む想いで旅人の言葉に食い入るように聞く長だが、 「その方法は、特殊な施術を使い、雨を降らせることが出来ます。ただ………。」
旅人は話の途中で黙り込んだ。
「どうかしましたか…?」
長が旅人に聞くと、
「ただ、それには………、生贄が……、どうしても必要なのです……。若い健康な男の人が……。」
「そうですか……。」
 長は苦渋の決断を迫られる。
「…わかりました。生贄を用意出来れば、必ず雨は降るのですね…。」
 旅人に長は確認する。実はこの旅人は施術と呼ばれる特殊な呪文を使い、様々な現象を起こす事の出来る施術士だったのだ。
「はい、任せて下さい。」
 心配そうに聞く長を安心させるが、
「しかし、生贄となった者はどうなるのですか…?」
「心配いりません。生贄と言っても死ぬことはありません。」
「そ、そうですか…!良かった…。」

 翌日、長は村の若い男を全て呼び出し、術を受ける者を選出した。
「施術士様、こちらで宜しいでしょうか…?」
「問題ありません。すぐにでも取り掛かりましょう!」
 村の広場に紋章を書き入れはじめその中央には台座が設けられた。日も陰り始め、施術士が生贄を呼び出す。生贄の男性は、筋肉質な体で、背は比較的高く、髪は短い、二十代前半の若々しい男だ。
「さあ、こちらの台座へ横になって…。」
 施術士が指示を出す。横になった男は、施術士に、体に何かの液体で紋章を描かれている。そう、液体とは獣の血であった。
「そのままじっとしていてくれ…。」
 そう言って施術士はその場を離れる。日が沈み、次第に辺りは暗くなり、空には満月が現れ、その光が紋章を照らす。
 すると、紋章が光輝き、紋章から強い光が空へ放たれると、空はいきなり雲行きが怪しくなり、雲からは雷鳴が轟き始めた。
「おぉ…!!雨が降る…!」
 長は感激の声をあげる。
「長…、生贄の事なのですが…。」
「ん?施術士様、どうかなされましたか?」
「先程、生贄は死にはしないと申しましたが…。」
「?、どうしたのですか?」
「…実はこの術は本当は別の儀式に使う施術でして…。この術の生贄は…、人外の者へ生まれ変わるのです…。」
「!!!」
 長が驚きの顔を見せる。そう言っているうちに辺りはますます暗くなり、辺りに雷が落ち始め、遂に台座へ雷が落ちる。
「ぐわぁぁぁああぁぁぁ!!!」
 悲鳴を上げる男だが、雷は更に勢いを増し、止むこともなく降り注ぐ。すると生贄の男の体に変化が起こり始めた。

 体が今の数十倍にまで伸び、首から胴までが太く、大きくなり、全身に黒い光り輝く鱗が生えそろう。足の付け根辺りからは長い尻尾が生え、頭から背中、尻尾の先まで一筋の背鰭のような物が姿を現す。手足も、鱗に覆われ爪が鋭い物に変わり、遂に顔まで変化が及び始めた。
 鼻と顎が骨格を無視して伸び始め、伸びきった先に新たな鼻孔が形成される。伸びた口からは鋭い牙と爬虫類独特の長い舌、鋭い眼光の金色に輝く瞳、そして顔の皮膚も黒い鱗で覆われると、頭から二本の先が鋭く尖った黒い角が生え、生贄の男だった人間は、激しい雷撃の中、自らの体を黒く光り輝く東洋龍の姿へと変化させたのだ。
「おおぉぉぉおお!!」
 黒龍は大きく咆哮する。
「あ…、ああぁ…」
 長が腰を抜かしてその場へ座り込む。
「……、我を喚び出したのは……、汝等か……。」
 その声はあの生贄の男の声だが、躯ばかりか、精神さえ作り変えられたのか、まさしく神獣のように問い掛ける。そう、この施術は、術を施した者を天候を司る黒龍へと転生させるためのものであったのだ。
「我を眠りから喚び出したのなら、わかっておるな…。」
 黒龍は重たくのし掛かるような低い声を出し、
「汝等の望む雨を降らそう……。」
 そう言って、黒龍は空を見上げ、石ころのように小さい台座を蹴り、雷鳴轟く暗雲へと飛び去り、雲の中へ消えていった。その瞬間、雲の中から黒龍の咆哮が再度響き渡ると、始めは少しづつ、段々と量 が増えていき、今ではバケツをひっくり返したような大雨が降り注いだのだ。
「あ…、…雨…だ……。」
「長、助かったのですよ!!」
 村民の一人が腑抜け状態の長に話し掛け、やっと状況を理解した長は立ち上がり大喜びをした。
「やった〜!やったぞ〜!!施術士様!!ん?あれ、施術士様は何処へ?」
 既に施術士は荷物をまとめ、村を後にしていた。雨は夜中まで降り続け、日が射す頃には雲も晴れ、川には最初は濁っていたが、今では澄んだ水が川を流れている。
 それからと言うもの、その村には毎年その黒龍が姿を表し、雨を降らし、川の枯渇の危機を救ったのであった。

――――

「へぇ〜、そんな事があったんだ〜。」
 私は祖父の話す物語を食い入るように聞いていた。すると、祖父が
「そろそろ時間じゃの…。」
「どうしたのお祖父ちゃん…。」
 祖父が家の外へ出て、広場へ移動すると空が突然曇り始め、厚い雲が空を覆った。すると雷鳴が轟き始め、祖父が身体に力を込めると、光り輝き始め身体が変化していく……。
「お、お祖父ちゃん……。」
「左様……。我がその物語の黒龍…。そしてお前が我の子孫……。」
「えっ…!?」
 私の目の前には美しく光る黒い鱗を湛えた、伝承でしか存在しないと思われていた黒龍がいた。そしてその黒龍が私の祖父…、更には私にも黒龍の血が受け継いでいると祖父であった黒龍から告げられたのであった……………。


―終―・・・「守護する者〜後編〜」へ続く
守護する者〜後編〜
表紙へ 感想等はこちらへ