・1・
ただ一歩を踏み出せばよかった。 でも踏み出せなかった。だけどその事を後悔してはいない、なぜなら踏み出せなかったからこそ踏み出すことができたものがあったのだから。
「また参加できなかった・・ 友人も誘ってくれなかったしなあ」
ぼやきながらパソコンにて楽しそうな画面を見てつぶやく青年がいた。その青年が見ているパソコンの画面には、人とも動物ともつかない画像や楽しそうに語らっている写真などが映し出されていた。
「お金は今ならあるのに・・ 金はあれど暇はなしって良く言うよな・・ はは」
そう言いながらも、画面を食い入るように見つめる青年。
青年が見ている画面は 一般的に「オフ会」と呼ばれる類のもの。同じ趣を持つもの同士が、集まるイベントである。彼が参加したい、参加したいと思っているイベントはいわゆるケモノ。
ケモノキャラやケモノキャラの着ぐるみというものを身に付け参加するようなものであった。
「俺の仕事は、こういうのがある週末や祝日が多いから 平日は合わないんだよな・・そして、こういうイベントがない時に週末が休みで、あるときに限って休めねえんだ」
つぶやきながら、青年はそのパソコンの電源を切った。
日曜日の深夜3時の出来事であった。
・2・
その日の夜、青年はいつもメッセンジャーというもので語り合う友人にそのことに対し愚痴を吐いていた。いつもなら「うむ」と黙って聞いている友人であったがこの時は違っていた。
「いい加減にしろよな? 俺だって付き合いっていうものがあるんだ」
「だ、だってお前はこの前のイベントに出てたじゃないか!」
「知らないよ。俺だってそういうのに参加したい時だってあるんだぞ?どうしても休みたければ
休めばいいじゃないか!」
「わかったよ! 楽しんでればいいじゃないか!」
一時的な感情の高ぶりにより、青年はその友人とのメッセンジャーを離脱しメッセンジャーのアカウント毎サインアウトした。
「なんだい、みんな・・ そんなオフ会がいいのかよ・・」
最近の彼の困った口癖であった。
青年に一歩、参加しても大丈夫ですか? 一緒に混ざっても大丈夫ですか? という事が言える勇気があったのなら、その事を考えずに済んだであろう。
だが、青年は自分の性格に不安を感じており、オフ会に対しての怖さもあった。今までに参加できたオフ会は、先ほど喧嘩した友人が一緒に来てくれたから行けていたのである。彼は顔が広く、青年にも気兼ねなく接してくれていた。だがそんな友人も、今回の事には呆れていたのだった。
しかし、怒ったからとはいえその友人自体に彼を責めようとする気持ちはなくむしろ、青年はもっと自信を持って色々な物事に挑戦してほしいという気持ちの方が強かったはずである。
オフ会に出たい・・・オフ会に出たい・・・そう呪文のように繰り返しながら眠っている生活が続いていたある日、青年は夢を見た。
『主人・・ 主人・・?』
「ん・・ 誰だ・・ あ・・お前は・・」
「ずっと前、主人の家族にかわいがってもらっていたブッチですよ・・」
「覚えてる・・その華にその毛並み ブッチじゃないか・・!」
「僕が主人や家族と別れた後も、僕はずっと見守っていました。でも助けてはいけないと直接助けてはいけないって、言われていたんです」
「言われていたって、誰に・・?」
「それは、言えません・・ でも、ここまで困っているのならその主人とやらに会ってこいと・・」
「そうか・・ で ブッチが俺に何の用なんだ・・?」
『猫に なってみませんか・・?』
「え・・??」
・3・
夢は唐突に醒めた。だが、夢とはいえやけにはっきりした夢であり、おぼろげにブッチの姿も脳裏に浮かぶ。青年は少し釈然としない感情にとらわれながらも、いつも休日にやっているような事をしていた。
それはようするに テレビを見たり 何かを書いたり 一人遊びをしたりすることである。パソコンもとりあえずつけ、いつも自分が遊びに言っているSNSのサイトへと行くそこには案の定、先のオフ会のレポートがつらつらと書かれており青年の心を揺さぶった。このようなものは、気にしない人にとっては日々の遊びの記録でしかないが青年のような考えを持つものにとっては、精神を揺さぶるものであったのだ。
見ているうちに頭痛を抱えた青年は、パソコンの電源を切り自室の布団へと転がった。睡魔に襲われるのにさほど時間はかからなかった。そして夢にまた ブッチが出てきた・・
『主人・・ 一度猫になってみましょうよ・・』
「猫になって、元には戻れるのか!? 猫になりたいと思ったとき心は揺れたが・・!!」
「主人が人間に戻りたいという意思を持っている限りは 大丈夫ですよ」
青年は考え込んだが、そのブッチの言葉を信じ 猫になりたい! と夢の中で叫んだ・・
その夢が醒めると、目の前が薄暗い。 もうこんなに寝てしまったのか?と思っていたが 違っていた。
もぞもぞと這い上がるようにしながら布団を出ると、周りの景色が大きくなっていた。そしてお尻のあたりに違和感を感じていた。
そして 先の夢を思い出し 彼は絶叫した
「にゃにゃにゃーーーーーーーー!! (なんじゃこりゃーーーーーーーーーー!!)」
(驚きましたか? ご主人)
「にゃ にゃんだ!? (な なんだ!?)」
(僕の姿を生き写した姿に今主人はなっているんですよ?)
「にゃ にゃにゃん? (そ そうなのか?)」
(それよりも主人、オフ会に出てみませんか?)
「にゃ? (え?)」
(人間達には知られてないですが、猫達は良く公園とかでオフ会を開いているんですよ)
「にゃにゃ? (夜の集会は知っていたが 昼間からか?)」
(ええ。 時代は変りました。 今はむしろ昼間のほうが気兼ねなく集会ができるんです)
「にゃん・・ (集会じゃないか オフ会じゃないじゃないか・・)」
(主人、オフ会を何かと勘違いしていませんか?)
「にゃ? (え?)」
(オフ会って言うのは 主人が考えているようなものばかりではありません! 語り合ったり情報交換したりあとは、一緒に何かを楽しんだりすることですよ・・?)
「にゃん・・ (少し勘違いしてたみたいだ・・)」
(だいぶ勘違いしています それよりも、でかけましょうよ主人。 あまり遅くなると家族が)
「にゃ (そうだったな・・)」
ブッチのペースに乗せられつつ、青年は猫の身体での行動を開始した。全く慣れない動き方に四苦八苦しつつもなんとか家からの脱出には成功し、近くの公園へとたどり着いた。
(つきましたよ ご主人・・)
「にゃ にゃん・・ (こんなに疲れるとは思わなかった・・)」
公園にたどり着いたが、公園はまだ日も暮れていないというのに人影はまばらであった。近くに小学校があるはずなのに 子供の姿は少なかった。
(最近は小学生の頃から家で遊んでいる子供が多いですからね・・ むしろ夜の方が集会ができないんだそうです)
「にゃ・・ (そうか・・)」
『おめえ・・ みねぇかおだな』
「にゃん!? (だ 誰だ!?)」
『びくびくするこたあねえだろ? 仲間じゃないか! そら どっこいしょ・・』
「にゃにゃん!? (な 何をするんですか!?)」
『って なんだよ お前 雄じゃねえか』
「にゃ にゃにゃん!?もしかして あなた 俺が雌猫だと!?」
『がっはっは! だってお前雄猫にしては体つきが貧弱じゃねえか』
「にゃーん・・ (気にしていたのに・・)」
(あは・・ ごめんなさい主人)
『まあ 雄猫だろーが今の時期は仲間だw なかよくしようや! がっはっは』
「にゃーん・・ (いきなり凄いのに会っちゃったなあ・・」
いきなり猫になった青年にまたがり事をし始めそうになった名も知らぬ雄猫。
青年が困っていると別な方向から名前が聞こえてきた。
『ボス! 今日も早いですな! と その雌猫はボスの・・?』
『ばぁか! こいつは雄猫だぜ! がっはっは』
「にゃん? (ボ、ボスぅ!?)」
何がなんだかわからなくなってきた青年は 思わず気を失ってしまう・・
・4・
気が付くと 青年はボスの傍らに寝かされていた。身体にはダンボールがかかっている。
『大丈夫か? がっはっは まぁ 悪い事をしたな 新入り』
「にゃ・・ (ん・・)」
『ボスがおめえさんを看病してくださったんだ お礼をいいな』
「にゃ にゃにゃにゃ・・ (あ、ありがとうございます・・)」
『なあに気にするな 元はといえば俺がわりぃんだしな』
「にゃん・・ (え・・)」
『とりあえず 今日は俺の集会を見ていけ 見たところお前は新入りの野良猫っぽいからな まだまだしらねえこともあるだろう それをじっくり教えてやるぜ』
「にゃ・・ にゃん! (あ・・ ありがとうございます!)」
その後、ボスと言われた猫と青年 そしてその集会に集まった猫達は昼間の集会とオフ会を兼ねた集まりをし、日が暮れる頃 それぞれの縄張りへと戻った。
「にゃ・・ん (猫にも色々あるんだな・・)」
(猫になってみた事を後悔しましたか?)
「にゃん (ううん。 楽しかった。ボスもまた気軽に集会に参加しろって言ってくれたし)」
(ね。 たった一つの勇気を振り絞ってみれば 案外簡単だったでしょ?)
「にゃー (それは・・ 最初のアレにはちょっとどころかかなりびっくりしたけどね)」
(まぁ 奪われなくて良かったじゃないですか)
「にゃーん・・ (ブッチぃー)」
(今日、見知らぬ猫に見せた勇気を見せれば 主人が知り合いたいとか行きたいと思っている事に参加する事だって 絶対出来ます。休みはどうしても出たければ取ればいいじゃないですか)
「にゃん・・ (そうだな・・ 今までは仕事のせいにしてきたが・・)」
(それに、もしそれができなくても主人には猫の集会があるんですよっ)
「にゃ にゃーん (そうだなっ)」
そこからどうやって人間に戻ったかは 良く分からない。でも、気がついたら青年は全裸で自分の部屋に戻って寝ていたって事とその身体には、猫の毛がちょこっと付着していた事。
それは、ブッチがくれた猫の恩返しだったのかもしれない。