ケモノの花道・第2話 宮尾作
獣人が世に認められて以降、夜の街には獣人たちがあふれるようになった。だけど、一口に獣人と言ってもその姿は様々だ。もっとも多いのは獣頭人身の、一般的な狭義においての獣人だろう。だけどそれも、手術によって半永久的に獣人の姿に身体を作り変えてしまった人もいれば、その技術を応用した、薬の投与で一時的に姿を変える人もいる。

一方で、外見に人の面影を残したまま、一部分だけ変化させる人もいる。耳だけ生やしたり、尻尾だけ生やしたり、或いは獣頭でも、その変化の度合いを抑えて髪の毛や目元などに人間の面影を残したり、それこそ獣人になった人の数だけバリエーションがあると言っても過言じゃない。

更に、人を動物の姿に瞬間的に変えるこの技術は、派生して異なる技術を生み出した。それは性転換の容易化だ。今日の研究が進み、従来よりも容易に性別を行き来できるようになったのだ。手術でも負担や費用が大幅に下がったし、獣人同様、薬で一時的に性別を変換することも出来るようになった。勿論、それらの技術はすぐにこの夜の街に浸透し普及した。勿論、獣人化の技術と性転換の技術を併用する事も可能だ。

・・・そう、借金を抱えている以外は極普通の高校生だった”僕”が、茶色い短毛の可愛らしい柴犬の・・・メスの獣人である”私” になったように。

「・・・思った通りね、中々可愛いわよ」

部屋の中で恥ずかしそうに後で手を組みながら俯いている僕・・・いや私を見て、シベリアンハスキーの獣人であるママは、ふかしていたタバコを灰皿に置いて立ち上がり、私のほうに近寄ってきた。

「どう?新しい自分の姿は気に入った?」
「・・・可愛いと思います。・・・私自身で・・・言うのも変ですけど」
「自分の姿に自信を持つのは、良い事よ。励みになるもの」

・・・私も舌と口のサイズが大分把握できてきて、まともに喋れるようになっていた。ママはそう言って私の肩にぽんと手を置いた。・・・しかし次の瞬間、もう一方の手が・・・私の・・・胸にある柔らかな・・・そう乳房を優しくだけど・・・ぎゅっと握られて・・・!

「っ!な、何・・・するんですか・・・!?」
「だめよ、じっとして」
「ゥッ・・・!」

そう言ってママは一度手を離すと、私の後ろに回り今度はママ自身の胸を、私の背中に押し当ててきた。・・・私は裸で、ママはドレス一枚を身につけているけど、その柔らかさが確実に伝わってくる。・・・刺激の無い毎日に身を置いていた・・・私にとって・・・いや、この場合は僕といった方が正確か・・・兎に角、刺激的で衝撃的だった。そしてママは、さっき・・・私自身がやったように、ママの腕を私の胸と・・・下半身にまわしてそっと触った。ママの柔らかな肉球が、私の・・・大切な部分をしっかりと捉える。

「ァッ・・・!」
「・・・どう?この感じ・・・この感覚も、この体温も、あなたのものなのよ・・・」
「・・・ゥ・・・ちょ、ちょっと・・・は、恥ずか・・・しい・・・です・・・!」
「気持ちは分かるけど、恥ずかしがってばかりじゃだめよ」

ママは私の耳元で、そっと囁くように、まるで耳たぶに噛み付くかのようにそう語りかけた。・・・ただでさえ胸と・・・下半身を触られているところに、そんなことをされて、私の身体は思わずビクンと反応してしまう。興奮・・・って言ってしまおう・・・そのせいで、つい長い舌を垂らして本当の犬のように荒い息遣いをしてしまう。そんな私を見て、ママは楽しんでるのか、そうでないのか分からないけど、声のトーンはさっきよりも少し高くなっていた。

「ウチはあくまで基本は飲み屋だから、お客さんと一線を越えたことはさせないけど、だけどギリギリのサービスはしてあげなきゃいけないわ。・・・お客はここに人でありながら獣であり、獣でありながら人である、男でありながら女であり、女でありながら男である、そういう一種のヴァーチャルな私達を相手に俗世では晴らせないもの、果たせないものを求めてくるんだから」

ママのその口調は穏やかで、優しくて、だけど私には何処か厳しさも感じた。・・・お金欲しさにこの仕事を選んだ私にとって・・・いやこの場合は僕、とあえて言おう・・・僕にとって、真の覚悟を迫る言葉にも聞こえた。多分、僕が高給に釣られてここに来た事もママはお見通しだろう。この仕事をしたくてするわけじゃない僕に、ママはある種の試練を与えているのかもしれない。・・・だけど、だったらなお更僕は引けなかった。僕は・・・私は一度決めた事は決して引かない。私には、私のすべきことがある。例えどんな事情が互いの背景にあっても、働く者は雇う者の期待にこたえなければならない。

「・・・大丈夫・・・です・・・!」
「あら・・・本当に・・・?」
「まだ・・・ァゥッ・・・!この・・・姿や感覚に慣れてないから・・・今はまだ・・・アレですけど・・・私は、この仕事にプライドを見つけて見せます・・・!」
「自信有るのね?」
「はい・・・この3日間で・・・私、ものになって見せます!」

・・・言い切っちゃった。自分でも勢いに任せて大きく出すぎてしまった感は有るけど、私には16歳で職歴多彩、様々な仕事をこなしてきた実績がある。・・・何より、私には夢があった。勿論この道に進むことじゃない、全然別な夢。だけど、その夢のために努力した今までは私にとって、そして多分こういった仕事で活かせるはず。

「そういうハッキリとしたところ、嫌いじゃないわ。・・・だけど、それはもう少しその身体に慣れてから言うセリフね」
「え?・・・ぁっ、ァウゥッ・・・!?」

ママは後で微笑みながら、その長くしなやかで美しい指で、私の身体を更に撫で回した。・・・それから先は少しだけ記憶が飛んでいる。何だか兎に角・・・下腹部が・・・とても熱くなって・・・恥ずかしくて・・・だけど、何だか心地よさも感じていたと思う。・・・一言で片付ければ、「ママのテクニック」。うん。

しばらくして、ようやく少し落ち着きを取り戻した私は、へばり込むようにソファーへ座った。何だか熱っぽい身体を冷ますように、手を扇のようにして顔を仰ぐが、舌はだらしなく垂れたまま。ママはそんな僕の前でしゃがみこみ、僕を見つめながら幾つか話を始めた。

「これぐらいで感じてちゃ、まだまだね。・・・さっきも言ったけど、ウチはウチの娘たちに一線を越えるような真似はさせないわ。だけど、客はそれぞれ、貴方の事を、犬として、人として、男として、女として、客や気分によって接し方が変わってくる。・・・もし、相手が貴方を犬として見るのであれば、その綺麗な毛並みとプロポーションをなでさせてあげて、甘えてあげなきゃいけないの」
「・・・はい。それは・・・分かります」
「客の要求にこたえる。それはどんな業界でも共通の約束。私たちだってそう。・・・色々な仕事を経験した貴方なら分かるわね?」
「はい・・・それは、勿論」

私は舌を引っ込めて口を閉じ、小さく頷いた。ママもそんな私を見て一つ頷くと、そっと静かに私の隣に腰を下ろした。そしてそのしなやかな指で、彼女自身の犬の耳を小さく2度ほど掻き私のほうを見つめてきた。

「・・・怒らないから正直に答えて欲しいんだけど・・・」
「え・・・はい・・・」
「・・・正直なところ、貴方はメスの獣人になりたくてこの仕事に就いたわけじゃない・・・そうね?」
「・・・はい。・・・すみません・・・」

私は思わず頭、そして尻尾を下げて小さな声で謝ってしまった。ママは小さく含んだ笑いをこぼすが、すぐに真面目な表情でまた私を見つめる。・・・そんな真剣な表情だと、オオカミにも似たシベリアンハスキーの表情はちょっと怖かったけど・・・。

「謝らなくていいのよ。そういう子は多いし、例えそういう子でもこの道を選んでくれた事はすごく嬉しいの。・・・ただ、だとしたら進んでこの道を選んだ子たちよりも、強い覚悟を持って欲しいの」
「・・・はい。覚悟・・・ですね・・・」
「さっき、やれる・・・そう言ったわね?」
「はい。男に・・・あ、いや、女にも、二言はありません。・・・私、やってみます」
「・・・だったら、その姿に慣れるために、ちょっとした試験を出そうかしら?」
「・・・試験?」

私もママの方を見つめながら小さく首をひねった。一体何を言われるのだろうと内心ドキドキしながら。

「・・・今から服を用意してあげるから、まずはそれを着て」
「え・・・?あ、はい・・・」

私は少しあっけにとられながら小さく頷いた。ママは奥の部屋に入り、しばらくすると服と思われる布を手にして戻ってきた。

「はい、これを着て。・・・着慣れないだろうから、手伝ってあげるから」
「・・・分かりました、お願いします」

私はママに言われるがまま、その服を着始める。・・・正直、全身を毛で覆われているとはいえ、この柔らかな肌を晒しているのは正直恥ずかしかったのは事実。まぁ、この姿の方が犬らしくて、本来はこうあるべきだろうけど。だけど私は、犬である前に人間だ。服はやっぱり着たい。

そんな思いのまま、特に服のデザインを気にせずに身につけていく。手際のいいママの手によって、私に疑問が生まれる前に、全ての服を着せ終えた。ママは一仕事終えたような満足した表情を浮かべると、さっき変身した私の姿を移した時の姿見を再び私の目の前に置いた。・・・そこに映ったのは、勿論柴犬のメスの獣人。・・・だけどさっきみたいに胸や下半身はあらわになっていない。・・・けど・・・これは・・・!

「・・・大胆すぎません・・・!?」

私が着ていたのは、白いシャツと、ジーンズのショートパンツ。・・・と言えば普通かもしれないけど、デザインが普通のとは違う。シャツは白のノースリーブなんだけど、私の身体のサイズよりも一回り大きくて、なのに下は短いから、胸元は見えるわへそ出しだわで、余り隠してるって感じじゃない。ショートパンツもそうだ。ショートパンツとしてはあまりにショートで・・・ウエストじゃなくて完全にヒップで固定している。・・・多分、私の丸まった尻尾を出すためなんだけど、必然的に・・・その・・・股も・・・お尻も・・・見えかけてしまっている。大切な部分は隠すことは出来てはいるものの、このかなりきわどい服は正直恥ずかしかった。

「これ・・・裸とあんまり変わらないじゃないですか・・・!」
「そう?もっと女の子っぽいものも考えたんだけど、それじゃ慣れないだろうからズボンをチョイスしたんだけど」
「だけど・・・これ肌・・・じゃなくて、体毛見えすぎですよ!」
「いいのよ。見えてしまってるんじゃなくて、見せているわけだし。恥ずかしくない格好じゃ、試験にならないでしょ?」
「・・・え?」
「さぁ、その格好で外に出ましょうか?」

その格好って・・・この格好!?

・・・まだ、女の子の身体や犬の身体にだって慣れてないのに・・・!私は驚きのあまり立ち上がったものの、言葉も返せぬままもじもじしていたが、不意にママが声をかけてきた。

「ちょっと後ろ向いて」
「え?」

私はあっけにとられて、また言われるがままに後を振り向いた。・・・すると突然首に何か締め付けられる感じを覚えた。・・・これって・・・!?

「似合うわよ、すごく」
「ちょ・・・これって・・・首輪じゃないですか!?」

そう、ママが私の首につけたのは、黒い革がシックで高級感を増すオシャレな首輪。・・・オシャレでも、首輪は首輪なわけで。

「・・・これじゃ、私まるっきり犬みたいじゃ・・・!」
「言ったでしょ?あなたは犬なのよ」
「ッ・・・!それは・・・そう・・・ですけど・・・!」

私も流石に反論しようと思ったけど、その前に私の腕をママが引っ張っていた。

「さぁ、それじゃ行くわよ!」
「え?あ?あの、ちょっとま、えぇ!?」

私のペースを刻む間もなく、私の身体は夜の街へと繰り出されるのであった・・・。


 第3話へ続く

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