深い森の中へ・・・ 暁 紅龍作
 僕は、自分がいやになった。正確には僕のいる環境と言った方がいいだろうか・・。この環境から出ることが出来るのであるのならば僕は何でもする・・・。
 毎日家に帰ると父は家に帰るなり酒に悪酔いしては暴力を振るってくる。以前の父は優しく、そして仕事熱心であったが2年前に母を病気で亡くしてから父は変わってしまった。毎日受ける暴力は日に日にエスカレートしていき、絶えきれなくなった僕は今、後先構わずに全力で走っていた。そう、あの日常からの逃避のために。
「はぁ、はぁ・・。」
 まだ幼い僕の走っていける距離は限られているが、父は知らない格好の「隠れ場所」がある。そこは近くにある鬱蒼と生い茂る自然林の中にある小さな神社・・。ここは父は知らない。だからここで良く家に帰るまでの間時間をつぶしていた。
「はぁ・・・、はぁ・・、ここまで来れば・・、父さんも来ないだろう・・。」
 僕はそう思って境内の社の石段に座る。もう辺りは日が落ち、前日に降った雨のおかげで空が澄んでいるのか都市部なのにも関わらず空には満点の星空が垣間見える。母がまだ居たときは家のテラスから良く眺めていたのを思い出し、ふと瞳から涙がこぼれ落ちる。しかし、思い出に浸っているこのひとときもそう長くは続かなかった。
「おぉぉいぃっっ!!!!!!!睦月っ!!いい加減に出てこないかっ・・・!!」
 父の僕の探す大声がこちらへと聞こえてくる。それも走っているのかだんだんとその声は近くなっていく。
「うわぁ、嫌だぁぁっ!!」
 僕は石段から飛び上がると社の奥にある森へと全力でまた駆けていく。森の中は鬱蒼と木々が生い茂り、前日の雨で柔らかい地面は更にぬかるみ、僕は足を取られてその場で勢いよく前方へ転んでしまう。
「いてて・・・。転んじゃった・・・。あれ・・?ここは・・・、どこなんだろう・・?」
 僕は足に出来た切り傷を服で拭きながら辺りを見回す。どうやら森の奥深くにまで迷い込んでしまったようだ。この神社の奥にあるこの森は先ほども言ったように自然林で人の手がほとんど加えられていない。普段から神社の関係者以外は立ち入ることを禁止しているほどであり、もう父親の声が聞こえないと言うことは神社の境内からだいぶ離れていると言うことになる。
 僕は戻ろうと来た道を戻ろうとした。しかしそれは出来なかった。戻ろうと歩いてきた足跡を辿ろうとしていたが、足跡は泥濘の中、更に月明かりさえも届かないほど森の中は暗く、僕は森の中でいわば「遭難」してしまった。
 そしてその直後、けたたましく鳴き飛ぶ鳥の声が響き渡り、僕の中で恐怖という物がどんどん膨らんでいった。それはすぐに僕の表情へ表れるとたまらずぐずぐずと泣き出してしまった。しかし、この場に留まっていても状況は一向に変わらない。僕はそのままゆっくりと前へ歩き出した。歩いても歩いても、一向に森は抜けることは無く、鬱蒼と茂る森の中歩いていると徐々に僕の周りの視界が白くなり始めた。かといってそれは光ではなく更に視界を狭めていく。まさしく霧、僕の居る一帯には濃い霧が包み込んでいた。
「ぐす・・・・、ひっぐ・・・えぐっ・・。」
 この薄暗い霧の立ちこめている森の中、一人でいる状況は更に恐怖感を煽り声を出して泣き出してしまう。すると、森の奥から、何か訪ねるような声が聞こえ始める・・・。
『・・そ・・・坊・・・・、こ・・・・場・・・ら・・・・・・れ・・・。』
 それは遠くから聞こえるために良く聞き取ることが出来ない。僕は声のする方へ歩みを進めることにした。
『そこの坊主・・・、もう一度言う・・・・。その場から動いたら御前には罰を下さなくてはいけない・・・・。直ぐに引き返して帰るが良い・・・。』
 一歩進むたびにその声は鮮明に聞こえ始め、僕はようやく全てを聞き取ることが出来た。しかしその声は怒りを込めたように低い声で僕に話しかけているようであった。
「ひっぐ・・、だって・・、帰り道が・・・えぐっ・・、分からなくて・・・ぐすっ・・・・。誰かぁ・・、助けてよぉ・・、ぐすっ・・、死にたくないよぉ・・。」
 そうして縋るようにその声の警告に聞く耳を持つことが出来ずに、僕は更に前へ進んだ。その時であった。

ポチャッ・・・。
 まるで、澄んだ水の中へ一滴の滴が滴るような澄んだ音が脳裏に響き渡る・・・。そして、響き渡る音と共にその音は全身へとひんやりとした背筋を通ってゾクゾクさせるような感覚を伝えてくる。
『坊主・・・・。御主は来てはいけない処まで来てしまったようだ・・・。』
 その声は先ほどよりも低く大きな声で僕に向けられ放たれる。それと共に濃い霧の立ちこめる先に何やら影が見え始める・・・。
「だ、だれ・・・・・?」
 僕はその霧の先に見える黒い影へ近づく。少しの可能性でも、この森から抜け出せる可能性に信じたかった。しかしその打算は一気に崩れ去ることとなった。
『ふふふ・・・、坊主・・・まだ小さいのぉ・・・・、なぁぁに、御主はこの地では元居た場所へ引き返すことはおろか、この場で死ぬことさえ許されぬのだからなぁ・・・っ!!!!!!』
 その声は僕に近づく・・、正確には影の方から近づいていたのだろうか。その影であった声の主は濃い霧からその姿を現す。しかしその姿は人から大きくかけ離れていた。
 逞しく大地を踏みしめる巨大でかつ鋭い爪の生えた足、その足に続くように重量のあるような腹部・・、全身には紅い鱗が厚く覆っており、そしてその後ろには太く長いまるで大蛇のような尻尾、背には巨大な翼がある。更に上を見上げると頭には大きく長い角、口には鋭い牙があり、その顔は大きく前へ突きだしており、その双眸は怪しく光り輝きながら僕をにらみ続けている。
「わぁっ・・・・!!!りゅ、龍・・・っ?!!」
 そう、僕の間の前には巨大な龍がいる・・・。
「わっ・・・・、わっ・・・・。」
 一瞬に起きた出来事に頭はパニックになりその場で腰が抜けてしまった。しかし、恐怖に逃げ出してしまいそうになる一方で不思議とその龍に恐怖感を覚えることは無かった。
「ふふふ・・・、御主は変わった仔よのぉ・・、儂の顔を見てもびくともしない・・・。・・・・・・そうか・・。御主には素質があるようじゃのぉ・・・。楽しみじゃ・・・。」
 その龍は僕の顔を近くで見ると足にある傷口を急に舐め始める・・・。
「うわぁぁっ、何するんだよっ!」
 僕はその場から動けないが必死に抵抗しようと両手で龍の顔を近づけないように押し出そうとする。
「何をしようとしている・・・・?それはこれから御主に罰を与えるための下準備だ・・・。なぁに・・・、少し痛むだけだ・・・、安心しなっ・・・!!」
 そう言って龍は先ほど舐めていた足の傷口をその鋭い牙と歯の生えた口で軽く噛み始める・・・。
「あぐっ・・・・・・、んぅっ!!」
 しかし龍は甘噛みしたのであろうか、その後に新たに出来た傷口へまたもや舌で舐めていく・・・。まるで傷薬を肌へ塗りあわせていくように唾液を傷口へ塗っていく・・。すると自然と傷口からの痛みは徐々に引いていき、むしろ何やらむず痒さを覚え始める。
「なんか・・・、痒い・・・・・。えっ・・・、これはどうなってるの?」
 僕は龍に舐められている傷口を見て驚いた。傷口は既に完治していた。それは龍の唾液によって傷口の自然治癒力が高まったおかげであろう。しかしそれだけではなく、その箇所には数個の青く光り輝く物が僕の身体から生えていた。
「あぁ・・・、御主が気にする事はない・・・。なぁにこれからこれが御主のいわば新たな『衣』へとなる・・。」
 そう言うと龍はその舐める箇所を傷口から下半身へと移っていく・・・・。舐める際に邪魔な衣服は鋭い両手の爪で綺麗に切れて端布のようになっていく。
「わぁ・・・、く、くすぐったい・・・。」
 龍の舌は暖かく、それでいて舐めた箇所からはむず痒い感覚が伝わってくる。
「ふふふ・・・、主の心は悲しみに満ちあふれておるわ・・・。その証拠にほれ、御主の身体も青く色づいてきたわい・・・。」
 龍は僕を舐めながら上目遣いでこちらを見つめながらそう言い放つ・・・。そしてその通りに僕の身体は段々と青く染まっていく・・・・。
「そして、その恐怖は更に御主の心の『負』を強める・・・。さっきよりも綺麗な青色になってきたのぉ・・・・。」
 龍はそう言うと、僕の後側へと回り込み、尻の周りを舐め始める。するとその舐めた箇所がまるで粘土のように柔らかくなり、龍はその粘土質になった箇所を手で引っ張り上げながらそして綺麗に形を整えていく・・・・。

「えっ・・・・、あぁ・・・・、な、なに・・・・?これは・・・。」
 それは形を整えるのが終わると突然身体の一部であるような感覚が伝わってくる・・・。
「それは御主が思っているとおり・・・、尻尾じゃ・・・。この聖域に生き、住まう者は人の姿であってはいけない・・・・。」
 龍は僕を見つめるとにやりとその瞳と口元をゆがませ、笑う。そしてまた龍は話を始める・・・・。
「そして主は儂と同じ龍へとなるのじゃ・・・・・。ほほほ・・・、龍になれる者はこの聖域の者でも少ないのじゃ・・・・。御主は運が良いのぉ・・・・。」
 そうして龍は背中の背骨に沿って舌でその部位をなめ回していく・・・。
「あぅ・・・・、あぁぁ・・・。何だか・・・・。身体がおかしくなりそう・・・・。」
 全身を何とも言い難い感覚に襲われ、僕はその場に動けないが頭の中は既にパニック状態で思考は飽和状態であった。
「ふふふ・・・・、まだ人と龍の姿が一つの身体に混在しておるからのぉ・・・、なぁに・・・・。龍へなればそんなことは考えなくても済む・・・・。」
 そうして龍が舐めた背骨に沿った箇所には鱗のようで先が鋭く尖り、皮膚に対して垂直に立っているいわば背鰭のような部位が出来ていく・・・。それは首筋を通り、下半身は尻尾の先まで、背骨に沿って形成させていく・・・・。
「あうっ・・・・、あぁ・・・っ!!」
 その快感は直接僕の全身へと伝わっていく・・・。
「おびえなくとも・・・、御主は龍になれるのだ・・・。この聖域の理を司っているこの龍へなれることを誇りに思うが良い・・・。」
 そうして龍は僕の全身に青い鱗を生えさせる事が出来たのを確認すると、今度は両足舐め始める・・・。そして両足を手で形を整えていくと、指が3本、かかとであった箇所に一本でき、更に足と腹部を含む下半身は重心を保つように大きく重量感のあるように発達していく・・・・。
「うぅ・・・・、お、お腹が・・・、重い・・。」
 僕は直感的に身に起きていることは危険なことだと理解し始めた。しかし、逃げだそうにも未だに腰は抜けたまま、更に腹部が発達したおかげで全くと言っても良いくらい僕の身体は動かなかった。
「そんなに動きたいのか・・・。全身の足りない筋肉はもうすぐ発達しよるから気にしなくても良いぞ・・・・。ふふふ・・。」
 そして龍は自らの爪を一度舐めるとそれを睦月へと突き刺す・・・。
「あぐっ・・・・!!!・・・・ぐぁぁああ!!」
 すると射した箇所から徐々に身体の中の筋肉、そして臓器が一斉に蠢き始める・・・。それは人の姿のままであった形や量から、龍として必要な形状や大きさになっていく・・・。
「そうじゃのぉ・・・・。今の内にこの下半身にある部位は龍らしく体内へ入り込ませないとなぁ・・。」
 そう言って龍がさわり始めたのは僕の下半身にある小さいながらもその存在が僕を男と識別してくれる部位・・・。それをぐいっと押し込むと自然とその部位はまるで陥没した地面に沈んで行くかのように体内へ引き込んでいく・・。しかしそれはただ無くなるわけではない。
「ちゃんと物が出るようにしてやらんとのぉ・・・。龍の雄であるのだからなぁ・・。」
 そうして僕の物はその表面上は消えて無くなっている。しかし、その体内にはしっかりと龍の持つべき大きさの雄棒・・、そして生殖臓器・・。それは体内へ入り込んでいる物を外から出すための縦に割れているいわばスリットのような物の中に引き込んでいる・・・。
 僕は目の前で起きた事が一瞬であったために状況が分からなかった。ただ分かるのは僕の目の前にはその部位はなく代わりに縦に一本線の入った箇所があると言うことだけ・・・。
「なぁに・・、その中には御主の雄の象徴がしっかりあるからのぉ・・・。案ずるな・・。」
 龍は一度立ち上がると、僕を龍ノ前へ立たせる。全身の発達した筋肉で、身体は自在に動くようになっていた。しかし、この場からもう逃げ出せないという言葉に半ば見当が付いたのか、その場で僕は龍のされるがままに従う・・。
 そして龍は僕の背中・・、特に肩から肩胛骨辺りを濡れ細るほどになめ回し、そして手で引き延ばしていく・・・。
「御主は龍じゃ・・・、その姿に相応しい大きな翼を与えよう・・・・・っ!!」
 龍は徐々に形を整えていくと、それはまずは骨格となり、その間に薄い弾力性のある膜が覆う・・・。そしてそれは大きな蒼色の翼にその姿を変える・・・。そしてそれは尻尾の時と同様にいきなり自分の身体の一部として感覚が目覚め始める。
「あ・・・っ・・・・あぅ・・・・ああぁ・・・・っ!!!」
 そして僕は一度大きく翼を羽ばたかせる。それは僕の意識とは関係なく、もはや龍の本能で動いているのだろう。そして一度広げられた翼は背に張り付くように小さくなる。
「おぉ・・・、綺麗な蒼色の翼じゃ・・・・。」
 そうして龍は僕の両腕を舐める・・・。そしてその箇所の筋肉は先ほどの変化の時よりも更に発達していき、そして指は2本が消え、残った3本が大きくなっていくと先端部には鋼色ともとれる鋭い爪が生える・・・。
「おぉ・・・。儂には及ばぬが、筋肉の張った良い腕だのぉ・・。」
 龍は勢いづいたのか、いよいよ首筋を舐めていき、それは僕の首を太く、そして長くしていく・・・。

「ん・・・・・、んんぐっ・・・・。」
 思わず声をあげて僕は苦しむ・・・。しかし、龍はその姿を見てむしろ喜んでいるようで、更に顔全体を舐め始める・・。
「ふふふ・・・・。もうそろそろ・・・、御主も龍になるのぉ・・・。」
 その一方で舐められた耳は大きく広がっていき、それは鰭のように大きくなっていく。そして龍は頭のこめかみの上部付近を両手で引っ張っていくと、そこからは一対の大きな角が現れる・・。
「ぐ・・・・ぐあぁ・・・」
 僕は耐え難い苦痛の中で、次第にその姿を異形の者へと変えていく・・・。その幼さが残っていた顔は前部へと鼻から下部が突き出し、鼻は上顎へと癒着し、新たに先端部へ鼻孔が作られる。口が大きく裂けると共に、そこには鋭い牙と歯が見える。そして頭全体が扁平していくと、視界も大きく変わる。前方だけでなく、側面まで見渡す事が出来るのだ。
「この髪も・・、遂に青く染まってしまったのだな・・・・・。」
 そうして龍は僕の長く、そして青色に変化した龍髪をなでながら話を続ける・・・・。
「しかし・・・。御主には・・・・。もう一つの罰を与えなくてはならない・・・。」
 そうして龍は僕の変わってしまった頭に額をつける・・・。すると頭の中がまるでかき混ぜられるようにぐちゃぐちゃとなり、今まで記憶していった事が徐々にではあるが消えていく・・・。
「御主は・・・、儂の再三の注意を無視してこの聖域に踏み込んだ・・・。それはこの地の理であるこの私を侮辱したことになるのだよ・・・。そしてそれは記憶の罪となって御主にいずれ災難となりて降りかかるであろう・・・。それを儂の眷属として向かい入れることで避けようとしているのじゃ・・・・。しかし・・・・。」
 龍はひとたび話すのを止め、同時に僕の顔を見つめる・・・。
「しかし・・・・。儂の眷属になる以上・・・、人の記憶も許されない・・。すべて捨て去る事になる・・・。それでも良いのか・・・?」
 龍が聞いてくることは難しくて、その上記憶がどんどん消されている状況で難しい事を考えることは出来なかった。しかし・・・、仮に助かったとしてもまたあの地獄のような日々を過ごさないといけないのだけは嫌であった。
「・・・・・・うん・・。」
 僕は首を縦に振った。そのとたんに記憶が完全に無くなっていく・・・。僕という存在は跡形もなく綺麗に消えて無くなった。

 そして新たに龍としての私の記憶がご主人様である紅龍様から与えられていく・・・。紅龍様への絶対的な服従する心、そして生まれたときから龍であったこの私の記憶をこの何もない空っぽであった身体へと与えてくださった・・。
「・・・・・・・・・・・・。」
 そして私は瞳を開く・・・。何もかもが新しく写るこの世界が私と、そして紅龍様の生きていく所だと思うと私は紅龍様の前で挫く・・・。
「御主には御調(みつき)という名前を与えて進ぜよう・・・。汝は片時も我から離れることを禁ず・・。良いな・・?御調よ・・。」
 紅龍様からいただいたこの新しき名前で呼ばれる。
「はい・・・、紅龍様・・・。」
 そして私は紅龍様と共に屋敷へ向かったのであった。そう、私の、新たな旅立ちの始まりでもあった。


―END―
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