電子の世界へ 暁 紅龍作
 今日という日は何という日と言った方がいいのだろうか。私は自らの体を見つめながら、窓から見える月夜を見つめていた。
 ネットに詳しい友人が私に「ネットゲーム」というゲームを紹介してくれたのがきっかけであった。多人数同時接続型RPG・・・、俗に言うMMORPGというものだろうか、友人が紹介してくれたゲームは獣や幻獣がコンセプトになっており、プレイヤーはそのキャラクターを動かして、他のプレイヤーと冒険をしたり、コミュニケーションを取るのだ。
 実際、始めているとキャラクター自体も可愛く、ゲームでは珍しく幻獣ではメジャーな『龍』がエディットすることが出来た。そしてゲーム内はと言うと、他のプレイヤー達は皆どこか優しく、現実の世界では嫌いであった人との触れ合いというのにどっぷりとはまっていた。専門学生の私は家に帰ってきてはパソコンに向かい、ゲームに夢中になっていった。

 今日はすぐにメーラーでメールチェックをする。今日は代金引換で届くある品物があるからだ。
 それは数日前に遡る。ネットオークションでPCのパーツを仕入れる私はふとおもしろそうなパーツを見つけた。
「何々・・・?『ゲームをより臨場感良く!!ゲーム用FMD(フェイスマウントディスプレイ)&センサリースーツセット』・・?どんなものだろう・・?」
 私はその記事に気になってみてみた。写真の画像を見て見ると、眼鏡を大きくしたような格好の視聴覚装置であるFMDと、ゲームのキャラの姿形をホログラムデータとして体へ身に纏えるという全身をすっぽりと覆う、ウェットスーツのような素材で出来ているセンサリースーツと呼ばれる体感スーツのセットと言うことだった。怪しげであったが、そういった怪しげなPCパーツを集めるのが趣味でもあった私はためらいもなく入札ボタンを押したのであった。
 しばらくすると玄関からドアをノックする声と元気そうな、配達で疲れているような宅配業者の声が聞こえる。どうやら品物が届いたようだ。私は判子を伝票に押し、引き替え代金を配達員へ渡して品物を受け取った。
 なかなか大きな段ボール箱に入って届いた品物を早速見てみることにした。入札した際に自分の身長などをメールで伝えてあったので自分の体にぴったりと合うスーツと武器などのモーションを取る際に必要なセンサースティック、それから眼鏡のような、思っていたよりも小さく出来ていたFMDが同梱されていた。
「何々・・・・、『本製品は無線でデータを送受信しますのでUSB端子へアンテナを取り付けてからお使い下さい・・・』か・・、ケーブルレスなのか、何だか凄いな。」
 PCの前面にアンテナを取り付けると私はそのスーツに着替えることにした。スーツの表面は何やらいくつもの光る線が入っており、この線からホログラムデータを出力すると説明書には記載してあった。一定時間で怪しく光るその線は私の興味を更に掻き立てるものであった。
「さてと・・、早速始めますか・・・!!」
 PCに向かいゲームを始める。ゲームのロード画面が映し出されると、FMDの表示に「キャラクターデータを取り込みます。よろしいですか?」と表示があった。私はマウスの代わりにもなるスティックで了承のボタンを押す。
「うん・・・?な、なんだぁ?!!」
 スーツをまとっている体の周りを無数の光の輪が幾重もなって折り重なる。すると、その光の輪は徐々に私の体の形へと変化していき密着していくと私がエディットしていたキャラクターのデータが次第に形となって現れていく・・・。
 私のキャラクターは術使い・・・。深紅と漆黒の文様の描かれた色鮮やかなローブ、そしてローブと同系色のズボン、深緑の色合いのマフラー、腕には敵からの攻撃から身を守るために鱗が発達した龍族独特の体の部位・・、そして何より米神の上部付近からは一対の先が丸まっているのが特徴的な龍の角が現れ、私の姿はゲームのキャラクターそのものへと姿を変えたのであった。
「これが・・・、私のキャラクターなの・・?」
 ホログラムデータとはいうものの、ローブを触ってみるとしっかりと服であるかのような感触が伝わってくる。角に触れれば体の一部分であるかのような体に触れている感覚が直に伝わってくる。
「凄いな・・・、これ。じゃあ、敵でも倒してみるか・・。」
 私はスティックを操作してキャラクターを動かしてみる。走っている感覚・・・、私の足下にはしっかりと地を駆けていく感覚が伝わってくる。そうして慣れない操作のために私は初心者用のフィールドへ向かった。
 最初に始めたときにインした大きな城が印象的なタウンの脇にあるフィールド・・・、そこへ来たのは何ヶ月ぶりであったのだろうか、そう思いながらも私の目の前には幾分レベルが低いモンスターが数匹居る。
「よし、束縛術Lv1で攻撃だっ!!」
 スティックで幻術士が使用する魔力増強用の杖を操作して術の詠唱を始める。手の動きとFMDに表示される詠唱スペルを数秒で唱え終わるとその術は姿を現し、敵へ無数の術符が襲いかかる。術符は敵へ張り付くと強烈な電撃を生じ始め、クリティカルの表示と共に与えたダメージが大きく表示される。そうして敵は断末魔の悲鳴を上げて静かにフィールドの地面へと溶けていくように消えていく。
「やった、敵を倒したぞ・・・って、こいつは初級者レベルのモンスターじゃ無いか。じゃあ、ボスモンスターを狩りに行こうっ・・・!!」
 私はまだクリアして居なかったボスモンスターを討伐するというクエストをクリアできずにいた。 レベルが高く、今までやられてきてばかりでいたクエストも、きっと、今の一心同体になっている状態であればクリアできると、そう思ってボスモンスターが居るフィールドまで出向くことにした。

 広々とした荒野のフィールド、そこに討伐依頼のボスモンスターが居る。そのフィールドへと到着した。
『ギィギャアァアアァアァァ!!!!!』
 まだ遠くなのに、ボスモンスターの咆吼が聞こえる。一瞬恐怖で身が縮こまったが、弱る気持ちを奮い立たせて一気に敵へと駆けていった。
「はぁぁあっ!!影接吻・・!!喰らえっ!!」
 私は続けざまに詠唱を続ける。敵モンスターは龍のような格好をした大きなモンスター。ライフゲージも多く、一筋縄ではいかない。そして敵もただやられるだけではない、その大きな口を開けると高温のブレス攻撃を仕掛けてくる。
「ぐっ・・・!!あぁっ・・!!」
 攻撃をまともに受けてしまい、その衝撃が私の体にも伝わっていく。全身に体が焼けるような、激痛が迸っていく。
「負けて・・・、たまるかぁぁあ!!」
 私も躍起になって詠唱を続ける。しかし一向に相手は沈黙しない。どんどん私のライフゲージが削られていく。回復アイテムもそろそろ無くなってきた。
「ガォォォオオオ・・ンンッ!!!」
 いよいよ敵モンスターもライフゲージが減ってきたのか必死になって攻撃をしてくる。
「くそっ・・・、攻撃に耐えられない・・・っ!!」
 私は敵の攻撃力が大幅に上がった攻撃にもはや耐えられないと思った。
「・・・・!そうだ、あのスキルがあるっ・・・!!それしかない!!」
 私はそういうと全身に力を込める。もはやこの一撃に頼るしかないと・・・、そして喉元にある部位へと手を触れていく・・・。それは龍族のみが持ち合わせる特殊な体の部位・・・、それは逆鱗・・・。龍族はこの逆鱗に触れることによって自らの持ち寄るすべての力を出すことが出来る。そして触れると共に一定時間の一種の凶暴状態になれるのだ。
「ぐああああぁぁぁああああ!!!」
 全身に強烈な電撃にも似た衝撃が自分の体に、そして纏っているスーツにさえも駆けめぐる。激しい痛みの中、スーツの一部から激しい電撃が流れるのがわかり、それと共に人の体であった私の体にもゲームキャラクター同様に変化が訪れ始める。
 全身をまとっていた衣服や装備していた杖はまるで体の発する熱で蒸発したかのように無くなり、その露わになった体の表面には深紅色の宝石の如く光り輝く微細な鱗が姿を現す。そして首から腹部にかけては純白の蛇腹の皮膚が現れると、大きな更なる変化が下半身に現れる。両足が大きな力に引き寄せられていくかのように密着すると、それは一つになり、骨格も変化してしなやかに揺れ動く。足の先端部であった指は大きく引き伸びて薄くなるとそれは鰭のようになっていき、下半身全体が一つになる。
 そして両腕はと言うと、サイズはどんどん小さくなっていき、指の数もそれぞれが癒着していきながら三本にその数を減らし、先端には鋭利な漆黒の爪が生えそろう。そして変化はいよいよ頭部に訪れる。
 骨格が徐々に扁平していき、それと共に人の姿でもあった角が更に変化していくと太く白く輝きながら、立派になっていく。鼻から下顎までの部位が速いスピードで前面に押し出していく。同時に上顎の先端に鼻孔が新しくでき、伸びた顎に沿って、舌が長くなり、鋭い歯が生えそろっていく。そして視界が多少側面まで見渡せるようになり、閉じていた瞳をゆっくりと開く。その瞳は緋色に怪しく光り輝き、耳も形状が細長くなっていくと細かな音も聞き取れるようになっていく。
「ギャァォォオオオォォ・・・!!」
 私は静寂を打ち破って大きく咆吼を上げる。その声はまさしく獣・・・・、凶暴化しているせいか自我をとうに忘れている。そう、私の今の姿はまさしく幻獣・東洋龍そのものの姿になっていたのであった。
 敵モンスターに大きく口を開き、体を反ると詠唱魔法を唱える。
 すべてクリティカルで攻撃が当たり、敵のライフゲージもどんどん減っていく。相手に直に近寄ってその鋭い爪で思いっきり皮膚を切り裂く。FMD上では敵はまるで小さな赤子のように見えていた。そして更に攻撃を仕掛けていく。もはやアイテムなど使わないでも龍族の持ちうる強力な自然治癒力で敵から受けるダメージは瞬時に癒えていく。
「ガォォォオオオオオ・・・!!」
 そして私は全身全霊を込めた最後の攻撃を仕掛ける。
『ギャァォォオオオォォ・・・・・・・!!。・・・・・・・。』
 そしてついにボスモンスターはライフゲージも無くなり、フィールドへ倒れ、姿を消したのであった。しかし・・。
「グゥ・・・グゥ・・・・ガァァア・・・!!」
 私の凶暴化はまだ続いていた。本来であれば数分で解けるはずの凶暴化状態は私の特殊なゲーム環境の中でゲームデータにバグが起きてしまったようだ。暴走する私は無差別に敵モンスターへ攻撃していく。もはや今の私に知性や理性なんてものは無い。ほぼそれの、龍の本能で動いていた。
「ガァァァアア!!ガォォオオォ!!」
 私は怒りにも、龍としての本能の目覚めの喜びにも不思議な感覚にその身を預けていったが、それも長くは続かなかった。
 突如、ブツンッと言う鈍い音と共に視界が暗転した。それと共に私のそれまで一種の興奮状態であった意識も徐々に失っていく。どうやらPCの内部電源ヒューズが切れたようであった。PCが完全に沈黙を保ち、私もそのまま倒れ込んでいった・・・・。

「・・・・・、うぅ・・・・ん・・・・、私は・・・・。」
 私はしばらく経って目が覚めた。机の上にあるキーボードの上で気を失っていたようだ。確かボスモンスターに挑戦して・・・・、それからの記憶が曖昧になってしまっていた。そして体が妙に軽い・・・。どこか浮かんでいるような、まるで空気と一体になったようなそんな感覚に包まれる。
「あれ・・・・、ゲームは・・・っ・・・えぇぇええ!!!!」
 私は狼狽した。それもそうだろう。私の姿はゲームのキャラクターの龍の姿のままであったのだから。体が軽いのは龍族が空気中の水蒸気や水の力を使い空を飛べる・・。まさしく今の私は空中を浮遊している状態であったのだ。
 私はスーツを脱ごうとした。しかし、そのスーツはどこにも姿はない。それもそうだろう、龍へと姿を変えたときにスーツ全体に電撃が走り、その性質が大きく変化してしまったのだ。そしてそれは人の皮膚へと癒着し、体の一部へとなってしまったのだから。
 そうとは知らない私はその龍の姿のままで窓から射す月を見つめていたのであった。


―END―
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