未知なる力 暁 紅龍作
 私はその時、自分探しの行き当たりばったりな旅に出ていた。

 一人暮らしを初めてはや三年の月日が経ち、未だに一人で何も出来ない。そして他人にいつも迷惑をかけ、自分は歯がゆい思いばかり………。
 そんな日常がいやになって、自分の在り方を探しに暮らしていた部屋から出てきたわけである。

 実家は何代も受け継いでいる神社の祭祀を執り行っている氏族であるが、私はそう言った実体のない物を崇めたりするのは好きではなかった。そんな実家に戻るくらいであれば、まだ嫌々あの一人暮らしをしていたほうがましなほどであった。

 そう………、私に起きた変化の前までは………。

 その旅の途中、私はふと散策していた街にあるそれ程高くもない山を登っていた。目当ては写真である。
 私は趣味で写真を撮るのが好きで、特に風景画……、先程言っていた事とは矛盾してしまうかもしれないが神社建築やそう言った日本古来の建築物や竹林、松林と言ったいわば「和」な風景にどこか心が落ち着くのである。
 実際、一人暮らしで棲んでいた街はどこもかしこも無機質なコンクリートで作られた街並み、そしてそんな街並みに住む人々もどこか刺々しく感じられたのだ。

 私はいつの間にかそんな生活に危機感を募らせ、そしてここまで来たのだろう。

 そうこうしているうちに目当ての場所に到着した。真っ赤な鳥居が目に付く。季節は冬、まだ雪は降っていないものの境内の広葉樹の木々はその葉を散らせ、越冬の準備に入っていた。
 私は鳥居をくぐり、境内を歩きながらカメラにその風景を納めていく。アングルが上手く決まり、自分通りの写真がこの日、この場所では良く撮れた。その途中、参道の両脇に置かれている一対の何とも生き生きとした躍動感あふれるように表現されている像があり、近づいてみるとそれは東洋龍の像であった……。私は思わず口を半開きで眺めていただろう。
「凄い……、これが石像なの……?」
 両方の像に手を触れると、やはりそれは冷たく無機質な石の質感。…そうよ、ただの石像なのだから生きているはずがないじゃない…私は触れながら静かにそう考えていた。
 だが、触れた部分からどこか温かみを感じられるのだ。何かの脈動のような微弱な波動を自らの手が発しているようなそんな感覚。しかしそれはきっと手の錯覚であろうと境内から出ようと仕掛けたその時であった。
『『………ぬし…、お主。』』
 私はふと背後から誰かに話しかけられた。しかも二人にだ。振り向いても誰も居ない。
『『……お主を呼んでおるのだ。まだ気がつかんか……。』』
 また声がする。その声は遠くない。もっともっと近い声……。
『『こうでもしないと解らないかのぉ………?』』
 その声が再度聞こえたときに私はその声の主達がようやく解った。龍の石像が徐々に色鮮やかになっていくとそれはゆっくりと動いていく。それはもう片方の石像も同じでそうこうしているうちに、先程まで石像であった龍は私の前に生きている姿を表したのであった。
「えっ?!!どっどうなっているのよっ?!り、龍…?!」
 私は私の目の前で起きていることが理解できなかった。それはそうだろう、石像が生き物に………。しかも空想上の生物である龍なのだから尚更だ。

『お主、我等を喚び起こせられるほどの法術技量を持っている………。一体何者じゃ……?』
 片方の龍がその長い髭を構いながら不思議そうな顔をしながら私に聞いてくる。
「わ、私にだってそんなこと……解るわけ無いじゃない………。」
 率直な意見が正にそのままであった。知らない物はわからないのだから。ただ、何か心残りな事があった。思い出せそうで思い出せない。  もう片方の龍も、腕を組みずっと考えている。龍達も困惑しているようだが、私の方が理解できずに困惑している。

「もしかして………、これのせい………?」
 私はふと思い当たる節があったので龍達へそれを見せる。私はその場で上着を脱ぎ、下着も脱ぐと上半身が冷たい外気にさらされた状態になる。私は背中を龍に見させる。
「あなた達が言いたいのは………、これ………?」
 私は背中を見せながら龍達に問う。

『『!!そうか!お主から感じた力と言うのは……!!』』
 竜はすぐさま跪き態度を一変させる。
『『我らの王たる竜王の申し子………、どうぞ参られました……。』』
 そう、私の背中にあるのはまるで爬虫類のような鱗質の皮膚が一部分だけあるのだ。私の家の家系は代々その背の鱗を持つ物を受け継がせると決まっていた。ただ、背中にあるこの鱗が意味していることはつい先程まで知らなかったのである。
『まだ貴女は自らに秘められた莫大な力に目醒められておられないご様子……。』
 龍は更に言葉を進める。
『貴女は何事も今までうまく行きませんでしたよね。それは自らの力を貴女様が無意識で制御していたからなのです。』
「それって……、どういう意味……?」
 私は全く理解できない。私がこれまで上手く行かなかったのが私自身がプロテクトを掛けていたからというのだから。何とも不思議な事だろう。
『貴女はまだ自分の知らない力が眠っているのです。その力は貴女が自ら解き放たれるのを待っているのです……。』
 まるで、私の中の力を封じている物を解いていくように、龍達の言葉を聞いていくと体が徐々に暖かくなっていく。
「私は…、何をすれば良いの……?」
 もう体中から沸き上がるような何か不思議な力を感じられずにいられない。これで私の何かが変わるきっかけになるのなら私は甘んじて受けようと覚悟を決めた。

『貴女が目醒めを受け入れば必然と目醒める事でしょう……。』
 龍は諭すように話しかけると、私は自然と体の力を抜いて大きく深呼吸を繰り返していた。そして体に溢れていた力は遂に限界に達し、体からまるで淡く白い光の柱のように迸る。その中で私は何かが、何もかもが新しくなるような感覚を覚えながらも意識が途切れていった。
 そうしていると私の体にも変化が起こり始める。元々すらりとしていた体が胴体をまるで引き延ばしていくかのように延びていくと、徐々に尻辺りから突起を生じ始め周りの筋肉を伴い、伸びた胴の倍近くまで長く延びていくとそれは尻尾へと変わっていく。
 その最中に手足が少々短くなりながらも逞しく、足には大地を踏み締めるような鋭い爪が、手には何物も容易に切り裂けるほどの鋭利で細い爪がそれぞれの指の先に円錐状に延びていく。そして胴の伸びは首の伸びまでも誘発し、胴までは及ばないものの、長く、より太くなっていく。
 首の変化に次いで今度は顔の変化が起こり始める。鼻から下顎までの顔の部位が前方へ骨格を変えながらも延びていき、鼻は上顎の先端部に癒着した。上顎の両側面の先端部からは新たに細長くしなやかな部位が出来、それは長い髭となり、顎全体が延びていくと共に口も大きく裂け、一旦大きく開かれる。口元からは鋭い歯や牙、長い舌が垣間見え、口からは熱い呼気が吐き出されているのが、空気の揺らめきで見える。
 視野もより周りが見えるように若干外側になり、頭は全体的に扁平した形となった。扁平した頭の側部には細長くなった特徴的な耳が姿を見せると、最後にその変わった姿を自らの周囲へ解き放った光の粒子が覆い包む。それは淡い光を放つ純白の鱗へと姿を変えて表面へ現れる。首筋から胴を通って尻尾の先端に流れる部位には柔らかな白い毛状の鬣のような鰭が現れる。
 同時にこめかみの辺りに光が集まると若干黄色付いた見事な対になっている角へと代わり、光が収縮する頃には以前の姿の彼女とはかけ離れた姿……、まるで、淡色の光り輝く宝石を散りばめたような淡い光を放つその姿は何とも妖美な姿をした白龍へと変わったのであった。
 そしてその白龍は生まれ変わった事を告げるように美しい鳴き声をあげ、閉じていた瞳を開く。その瞳は深海を湛えたような程に澄んだ蒼色の瞳をし、顔も眉目秀麗に尽きる、端正でどこか威厳のある美しい顔だ。

『…………ぁあ……、私は……どうなったの………。暖かくて……、気持ちが安らぐのは……何故……?』
 まるで深い眠りから目覚めたような、新鮮な感覚が体の各部から伝わってくる。私は一度自らの体を舐めるように見つめる。体が大きく変わったが私はそれを自然と受け入れていた。それは体の感じる感覚さえも新鮮に感じ取れ、踏みしめる大地の感触…、流れていく風、木々のざわめき……、体全体が敏感になり、今の状態を的確に判断できる。
『……貴女様は本来の姿と持つべき力を封じていた鎖を解き放ったのです…。私共は貴女様の従者…、何なりと申しください……。』
 龍達は更に深々と頭を下げる。
「私は……、この先すべき事があるのですね。」
 私は龍達を見据え、彼らがこの先行動する事を、そして私がすべき事柄を感じ取れた。
『はい……、貴女様には大きな聖なる力が有ります……。そして世界には傷つき、弱っている私達のような聖獣がいます……。』
 龍は私の瞳をじっと見つめる。
「私は……、その子達を救ってあげられるのですね…。」
 私は決意を固めると、大地を力強く踏みしめると、軽く助走をして空高く滑空を始める。行く先はもう決まっている。
 ……ようやく私しか出来ないことが見つかった……空を飛びながらふと思い、地平線の方へ待ち望んでいる仲間達の元へ向かったのであった。

 それからの私は……。この神社の宮司として神社に居座っている傍ら、変わりつつある日本古来の自然、そしてそれらを守る聖獣達を守護するために神社の界隈、時には実家近くまで従者の龍達と出向かう毎日です。
 そして私のような眠れる力を持ち合わせている者達を私は神社へ向かえ入れ、あるべき道へ導くのでした。


 続
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