微笑みの中で 暁 紅龍作
『荒野に陣を張る二つの軍隊・・・。この世界の大陸には以前は、二つの帝国が存在していた。東側の国は大陸の広大な平野の大部分にあり、逆に西側の国は標高の高い山脈を中心としてその山脈にある資源を貿易材料とし、お互い当初は貿易も外交もしていたものの、数年前から関係が悪化し、遂に戦争へと事が進んでしまった。両軍とも戦力は互角であり、さらに状況は泥沼化していき、周囲の小国もその戦争の行き着く先をただずっと見守ることしかできずにいた。
 しかしながら、戦争はある日を境に東側の国の圧勝により幕を閉じた・・・。』

 町にある市民に開放されている国営の図書閲覧館・・・。その一角にこの大陸に長い間続いた戦争の記録を記している古めかしい本がある。
 今日はこの本には書いていないこの大陸戦争の真実を教えよう・・・・。
 そう・・・・、この本に書かれている荒野・・・・。それを北に見て東側に陣を張っている国に一人の竜騎兵がいたのが話の最初である・・・・・。

 一見戦争をしている国では無いような程、街は活気に溢れ、街の至る所では人々の笑い声や歌い踊っているのを見受けられる。その街の中心部から少し離れたところに彼は住まいをおいていた。
「じゃあな、またしばらく戦に出る・・・。」
 彼には愛すべき妻、そしてやんちゃな年頃の二人の子供がいた。
「必ず・・・・、どんな形でもいいから帰ってきてね・・・・。約束よ・・・。」
 後ろ髪引かれる思いで自宅を後にする彼であったが、戦争が終わればまた幸せな生活ができると期待しながら出陣に向けて準備を整えている真っ最中であった。
「あぁ・・、約束だとも・・・!」
 彼は妻にそういうとバック片手に駆け足で招集場所へと出向かったのであった。
 彼は待機場所に着くなり、早々に身支度をするといつも必ず訪れている軍の施設の一部へと足を運ぶ。そこには彼が共にしている大切な「相棒」がいたのであった。
『クゥー!』
 「相棒」は彼の姿を見ると嬉しそうに甲高い声を上げ、顔をすり寄せてくる。そして長く暖かい舌で頬を一回舐め、鋭いながらも暖かな眼差しの蒼い瞳でじっと見つめている。
 彼は柄の長い槍で攻撃し、竜を操り戦場を駆ける竜騎兵であり、その「相棒」とはまさしく大きな翼と長い尾、頑丈な深紅の皮膚が特徴な、ドラゴンであった。その竜とは軍に所属して以降ずっと共にしていており、竜もまた彼を主以上の存在だと認識していたのであった。
「さて・・・、そろそろ行くぞ・・・・。帰ったらうまいものでも食べるか・・・。な、相棒」
 彼はその竜の頭に手を置き、優しくなでると竜も彼の手に頭をすり寄せていく。

「て、敵襲―!!」
 そのとき、守衛の兵士の声が響き、そして全軍出撃の命令が出された。
「行くぞ!!相棒!」
 彼が竜の背に乗ると竜は翼を大きく羽ばたかせ、戦場である荒野の中心地へと向かう。
 彼が出撃したときには既に地面には傷つき、倒れ、そして息絶えた者たちが転がっていた。戦況はあまり良くないようである。彼は竜を旋回させ、突撃するポイントを指さすと竜はそこへ急速降下していった。
「でぁぁぁああああ!!」
 彼は槍を大きく振り上げ、敵陣の兵士たちへと振りかかっていく。そして数人の敵兵士が真っ赤な血液を飛び散らせながら宙を舞う。
『グゥゥー!!』
 彼の操る竜もまた味方の援助をするように高温の炎の息吹を敵兵士へとお見舞いしていた。一般的に竜は操っている主に従って行動するものだが、彼とこの竜の場合は絶妙なタイミングと堅く築かれている信頼関係によって彼も竜に行動を任せているのである。そうして粗方の敵をなぎ払い辺りの状況を彼は見回す。
「これでも駄目か・・・!」
 彼は苛立ちを隠せずに声を荒げる。一体どうすればいいのだと今の状況の中で最善の攻略法は無いかと考えていた最中であった。

『クー!!』
 竜が一際甲高い鳴き声を上げ、彼は背後に振り返る。しかし遅かった。
グシャ・・・・・・・・。
 巨大な太刀が彼の片腕を奪い去る。途端に切り口から鮮血が流れ出て、空中を飛び散っていく。更には竜の頑丈な皮膚さえも圧断し、腹部から色が濃い赤黒い血が噴き出し、途端に地面へと叩き付けられる。
「くっそぉぉお!!」
 彼は渾身の力を振り絞り、背後から攻撃してきた敵兵士の腹部へと槍を突き刺すとそのままぐったりと彼は倒れ込んだ。
「だ・・・、大丈夫か・・・?」
 彼は地面を這いながらも数メートル離れたところで倒れ込んでいる竜の元へと進む。
『・・・・・・・。』
 荒く息をしてもう意識も微睡んでいるのか、彼が体を揺さぶっても竜は返事を返すことはないようであった。
「くそ・・・・、しくじっちまった・・・・。」
 そして、自らも・・・。腕の切断面から大量に流れていった血液によって彼も徐々に意識が途切れ途切れになっていく。
「あぁ・・・・・。ごめんな・・・・・相棒・・。」
 朧気になっていく意識の中で彼は自分の家族、親友・・、今まで共にしてきた戦友たち・・・。そして何よりもいままでいつもそばにいたこの竜のことを思いながら彼は静かに意識を失った。

『・・・・・。』
“何かが聞こえる。”
『お・・・・・て・・・!』
“俺を起こそうとしているのか・・・?・・・無理な話だ・・。だって俺は・・・。”
『無理じゃないよ・・!』
“俺は幻想を見ているのか・・・・?それにこの声は・・・・・。”
 すると頬に暖かい感触が伝わる。そう、先ほども、そして今までも感じたことのあるこの感触・・・。
『このままじゃ終わらせない・・・・。』
“何をする気なのか・・・・。”
 その声の主がこれから何をするかは定かではないが、必死に彼を救おうとしているのは感覚からしてわかった。
『今まで・・・・・、辛いときも楽しかったときもいつも一緒にいてくれて・・・・・・・。』
“何を言っているんだ・・・?!これはまるで・・・”
 彼は直感的にわかった。これから声の主がすることも・・・・。
『ありがとう・・・・。』“・・・・うぁっ・・・・・!!”
 そして彼の体に力が再び戻り始め視界が徐々に鮮明になっていく。
『僕はずっと君と一緒だよ・・・。』
“ど、どういう意味だよ・・・!”
 彼が視界を取り戻したとき、目の前にはあの竜がいた。朧気にしか見えない視界の中でしか確認できないがそれでも、竜の悲しそうな顔がしながらその大きな瞳に涙をためていた。こらえきれなくなったのか、彼の頬に数滴の雫が流れ落ちる。それと同時に竜の体はまるで霧が晴れていくようにすぅ・・っと消えていってしまった。

“・・・・・剣のぶつかり合う音が聞こえる。俺は・・・まだ生きているのか・・・・・?“
 彼は体を起こす。しかし、先ほどまで重傷を負っていたはずの体には何の痛みもなく、同時にないはずの感覚さえあった。
 そう、それは切り落とされたはずの片腕・・・・。それがなぜか感覚が再びあるのだ。彼はその「あるはずのない」片腕を見て驚いた。確かに腕ではある。人のように5本指で自由に動かせる。だが、指の先には鋭く太い爪、そして何よりもゴツゴツとした質感の深紅の鱗の皮膚・・・。
「これは・・・・・・。」
 そして、その片腕に握られていたのは大きな剣・・・。剣には竜の飾り模様が施されており、重厚な作りであった。そして彼自体もとても自分では振れる物では無い代物だと思っていた。
「これも・・・・、相棒が・・・・。‘戦え’ということか・・・!ならば!!」
 そうして立ち上がった彼は瞬時に敵陣に真っ先に突撃した。不思議と全力で走っているのにも関わらず息も切れない。そればかりか体が動きを欲しがっているのだ。まるで湧き上がる力を全身へと行き渡らせるように・・・。
「だぁぁああああ!!!」
 彼は竜が残した腕と剣で必死に戦った。これも竜が残してくれた物だと・・・。彼が戦っている最中に、彼の体が竜の残した大剣を一太刀するたびにあの腕を起点に変わっていく。
 腕の箇所と同じ鱗質の皮膚へとジワジワと体全身が変わっていく。全身が変化したと同時に首が長く伸びていき、それは顔にも変化をもたらし始める。鼻から下顎までが瞬時に伸びる。上顎の先端部には新たな鼻孔ができると、視界が若干ではあるが外側に離れていく。一瞬ではあるが瞳に痛みが走った彼は目を瞑り、再び開く。開かれた彼の瞳は澄んだ深い水底のような蒼い瞳に変わっていた。そして彼のこめかみの上部から一対の太い角が生えると、すべては終わっていた。
「これで・・・・・、終わりだぁぁあああ!!」
 彼はほぼ一人で敵勢力の半数を撃破し、更には敵部隊長をも討ち取ったのであった。

「これで・・・・・、やっと・・・。」
 そう彼はつぶやくとその場で倒れ込むように意識を失ったのである。

 数日後・・・・・。彼は目を覚ますと驚愕した。自分の姿があの竜の姿になっていると。しかし、完全に竜の姿ではなく、竜と人を掛け合わせたような姿・・・彼は「竜人」と呼ばれる姿に変化していたのだ。
 ただ、驚愕するばかりではなくむしろ自分を助ける為に全てを尽くしてくれた竜に対しての気持ちがこみ上げ、その蒼い瞳から大粒の涙を流して大いに泣いた。その後傷も癒えた彼は戦場であった荒野に一つの墓を建てた。その墓標には二つの名前が彫られている。
 一つはその竜の名前・・・・。
 そして一つは彼の名前・・・。
 なぜ自分の名前を彫るのだと彫刻士に聞かれた彼がこう答えていた。
「俺は・・・・、あの地で一回死んでいるんだ・・・・。だから墓標に書くのは当然だろ?
 と・・・。

『・・これが後に「大陸戦争」と言われる長い戦争が終結した真実の話である・・・。なぁに・・・・。この話はその戦争に参加した者から聞いた話さ・・・。』
 そういって私の目の前から立ち去ろうとする図書閲覧館の館長・・・。
 ・・・私には昔話には聞こえなかった・・・。まるで今もずっと心の奥底にしまってある物語のようで・・・。
 私はふと先程の物語の内容を思い返してみた・・・。燃えるように赤い深紅の鱗をした皮膚・・・。鍛えられた体・・・。そして体とは対照的な蒼い色をした瞳・・・・。私ははっとした。
 なぜならその物語の主人公が目の前に居て私に全てを話してくれたのだから・・・。


 完
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