カクセイ〜青龍のキオク〜暁 紅龍作
 ………重苦しい雲が天を遮り、バケツをひっくり返したような豪雨が降りしきる薄暗い天気の中、一台の救急車がサイレンをけたたましく鳴らしながら街の市道を疾走していく。
「どうなっているんですか・・?!」
 一人の若い学生が救急隊員に聞いている。
「・・安定していますが芳しくありません・・!」
 救急隊員の一人が声を張り上げながら状況を伝えていた。
「亮太・・!おい、しっかりしろよ・・!・・なぁ・・・、起きろって・・!!」
 彼はそう言って救急車のベッドの上で呼吸を荒げていながら、完全に意識を失っている同級生の体を揺さぶった。しかし、彼・・・、亮太は辛うじて呼吸はしてはいるが一向に覚めることはない。
「・・・あの時、自分が呼び留めてさえいなければ・・・・。」
 学生は項垂れ、自責の念に駆られていた。それは数刻前に遡る。彼は県立高校に通うごく普通の高校生であった。
「おう、亮太!もう部活あがったのか?一緒に帰らないか?」
 同級生の晴樹は亮太を呼び止めると彼まで駆け寄っていった。
「そう言えばもうすぐ県大会だな・・・そっちは・・?」
 部活のことやら学校生活、はては私生活の一部までを気軽に話し合える仲であった彼らは今日も帰り道 の道中でお互いの事を話し合っていた。彼らの住んでいる住宅街から学校までは徒歩で10分圏内、いつも歩いて登下校している。
「でな・・・、今日は帰ったら早速今日発売のゲームでも・・・。っと、じゃあな。また明日。」
 晴樹が話題を振りそうなときに、ちょうどいつも別れているち住宅街に入る手前の十字路に到着した。晴樹はそのまままっすぐ進み、亮太は十字路を横断してそれぞれの家へ帰っていくのだ。亮太が到着して直ぐに横断歩道に設置されている歩行者用信号が青になったので亮太は歩きながら手を振り、彼なりの挨拶をして帰っていった。
「おい、亮太!明日・・・。・・・・!!」
 ちょうど伝えようと晴樹は振り向き、亮太を呼び止めた。
「なんだ・・・?!よく聞こえないぞ・・!」
 彼がそう言い振り返った瞬間・・・。赤信号にもかかわらず、一台のスポーツセダンが十字路を猛スピードで突っ込んできた。そして横断歩道を渡っていた最中の亮太は・・・・。
 空中を弧を描きながら数十メートルもの距離をはねとばされてアスファルトに叩き付けられ、当の車も、信号機の電柱に衝突し激しい衝突音が閑静な住宅地に響き渡った。
「・・・・・・・・・・・・り、亮太!!!!」
 晴樹は持っていたバッグの事など頭になく、亮太の元へと駆け寄った。
「・・・はぁ・・・、はぁ・・・。」
 呼吸はしているが意識など無く、彼の周りにはおびただしい量の血液が流れ、特に頭部からは出血が激しく、体は力無くぐったりとしている。
「だ、誰か……!!!救急車を………!」
 その時、空から大粒の雨が彼らの下に段々と強く降り始めた。まるでこの出来事を待ちわびていたかのように静かに、それでいて天が喜ぶかの如く力強く……。

・・・・・・・そして話は冒頭へと戻るのであった。……………

 病院に着き直ぐさま緊急手術が行われることになった。病院の処置室の入り口まで晴樹はずっと亮太のそばで手を握りしめながら見守っていた。ドアが閉まり、あたりは静まりかえった。
「だ・・・、大丈夫・・・・だよな・・。亮太・・・。」
 彼は祈るような気持ちで処置中を示している赤い表示灯を見つめていた。

「・・・・・。ここは・・・・・。」
 亮太は夢を見ていた。何もない、ただ真っ白な方向感覚も狂ってしまいそうなほど真っ白な空間。そして自分は一糸まとわぬ姿で空間に漂っている。そこに最初はぼやけて何がなんだかわからない蒼い何かが近寄って来た。流線型の蒼い生き物。美しく蒼い眩しい光を放ちながらそれは一度咆吼し、自分を見据える。
 そして自分はそれを受け入れるような体制になり、体に向かってきた生き物を全身に受け止める。しかしそれは自分の体の中に染み込んでいくかのように入り込んでいく。すると何もなかった空間が一瞬で蒼い空に変わった。都市部でみる薄く淀んだ青空ではなく、本当に真っ青な空に、雲が連なっていて、それは本当に美しかった。
「汝、思い出せ・・・。我を・・・。」
 空を飛んでいると何処からともなく声が響き渡る。知らないはずの声に、何故か懐かしい響きが伝わり、彼の記憶の奥底に秘められていた記憶が呼び起こされる………。
「あぁ・・・。わかるよ・・・。僕は・・・・・君・・・。」
 そうして新たに呼び起こされた記憶に、亮太の意識は徐々に同化していき、消えていった。そして意識の変化によって体にも変化が起き始める。突如として体が蒼く光り始めると人のシルエットであったのが段々と先程体で受け止め、入り込んだ流線型の生き物のように変化していく。
 手足は短くなり、逆に胴体は伸び、足の付け根からは長い尻尾のような体の一部が突きだし、顔も長くなっていた。光が収まる頃には彼の体は既に以前の形からかけ離れていた。流線型の体には宝石の如く光り輝く蒼い鱗。首筋から腹部は真珠色とでも言えるだろうか、背中に負けない位にこちらも綺麗である。手足は短くなり、指の数も4本に変わり、長く鋭い爪が生えそろっている。
 その途中、何時現れたのかはわからないが、左手には蒼く光り輝く宝玉が握られていた。足の付け根からは最初は太く、先端になるにつれて、細くなっている尻尾が空間に流れている風にしなやかに動いている。尻尾も蒼い鱗と、腹部から延長してきた真珠色の鱗が覆い、そして顔は爬虫類のような扁平している顔、それでいて鋭い目つきで端正な顔立ちである。両耳は長く伸び、頭からは体と同じく蒼い髪の毛、そして漆黒の一対の角が生えている。
 そう、彼は空想上の生き物とされていた「青龍」へと姿を変えたのであった。 「・・・・思い出した・・・・。我は・・・・。」
 そうして青龍は蒼い玉を中心にして抱きかかえるように体を丸くして、甦った喜びに涙しながら静かに瞳を閉じ、眠りについたのであった。

 亮太は処置室での緊急手術で一命を取り留め今は安定しているが一向に目を覚まさずにいた。晴樹は毎日学校が終わるとその足で病院へ行く。そう、亮太の看病をするために。
「亮太・・・。今日な、学校で・・・」
 いつもは笑いながら話している晴樹も徐々に言葉が詰まり次第に瞳には涙が溢れださんとばかりに湧き出てくる。
 ぽたっ・・・。
 亮太の頬に彼の涙が頬を伝って流れ落ちていく。
「うぅ・・・・・。」
 そのときであった。亮太が徐々に意識を回復し始めたのだ。
「亮太!!おい!わかるか?!晴樹だぞ!!」
 徐々に彼の瞳が開かれていく。
「ここは・・・・・・、何処だ・・・?」
 亮太はゆっくりではあるが話しかけてきたのである。
「此処か?病院だぞ・・・!」
 晴樹は彼の手を握りしめ、ナースコールを押した。


 完
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