日は沈みかけ、徐々に明るい星が見え始めてきた、人はとても住める環境下ではない荒れに荒れている荒野で、全身完全武装の傷だらけの男一人と、緋色の宝石を散りばめたかのごとく、沈み行く太陽の光を乱反射している巨大な生き物とが、擦れ違いざまに雄叫びと激しい金属と硬いものがぶつかり合う鈍い衝撃音が響きあう。
「そこだぁあ!!」
俺は一瞬の隙を突きその生き物に渾身の一撃を与える。
ドシンッ・・・!!
そしてうまく致命傷を与えられたらしく、地面から微かに伝わる倒れた際の振動と、舞い上がった砂で視界が遮られる。視界がクリアになるころには、その巨大な生き物『龍』が横たわっていた。
この世界では自分の技量測りのためと、周辺集落の保安のために龍を狩るというのが慣わしであった。龍と倒し、無事に帰還できた者はようやく一人前として認められるのであった。
「やった・・のか・・・・?」
俺は龍に剣を振り翳した際に龍の攻撃をまともに食らい、数十メートル先まで吹っ飛ばされた。それでも何とか剣を支えにして立ち上がったのである。横たわっている緋龍の体からは仄かに生暖かい血液が地面に伝い、体から静かに溢れんばかりにそして周りに紅い巨大な水溜りが出来てしまいそうなほど大量に流れ出ておりその命のともし火は既に消え去ってしまっている。俺は勝利の余韻に微かに浸りながらそのまま暗くなった空を見上げる。
「あ・・・・、れ・・・」
俺自身も、体の至る場所に傷があり、そこからは血液が流れ出ていた。そのまま仰向けの状態で地面に力無く倒れ、次第に意識も白濁していった。その時空に浮かぶ満月は龍の流した鮮血で色付いてしまったしまったかのように真っ赤にその光を放っていた。
「いてて・・・・。こ・・、ここは・・・・」
徐々に体の感覚が戻り始め、同時に体の各部からは激痛が迸って来る。痛む体に無理をして上半身を起こしてみると、見覚えのある部屋、そう俺の部屋であった。そして、目の前には見覚えのある人物がいたのであった。
「お前な・・・!無茶しやがって!いつまで待っても合流ポイントに来ないから来て見れば・・。良くあの装備で緋龍に・・・。心配かけやがって・・。まったく・・・・。」
なにやらぶつぶつ不満をぶつけているのは馴染みのハンターであった。毎回自分に手取り足取り教えてくれている良き師匠な訳でもある。
「あ、そうだ。緋龍から採れるものはあらかたとってきたから後は自分でどうにでもしろよな。」
そういって俺の家からそいつは出ると俺は静かに眠りについた。
それから一週間。ようやく体も満足に動かせることが出来るようになり、ベッドから久しぶりに起き上がり、武器庫に向かった。この武器庫には俺が今までに使ったり作った武器や防具が所狭しと置かれている。そしてその一角にはこの前倒したばかりの緋龍の皮や骨などが置いてあった。
「なかなか状態はいいみたいだな・・・。」
手に取った皮の状態を見て作業場に出ると、早速加工にはいる。本来ならば、町にある武器屋に依頼して加工してもらうのだが、俺の場合は特殊で、俺自体がその「武器屋」なのでその必要が無いのである。普段は武器の加工を行い、必要であればハンティングにで向かうといったある意味反則的な立場にあるが故、いつまでたっても腕が上がらず、ようやく龍を倒せるまでになったのである。
加工を始めて数時間後、
「よし・・・・、できたぞ・・。この深紅色の皮・・、なかなか上出来ではないか・・。」
加工が終わり、完成した品物を見ながらふと口元がにやけてしまう。自ら危険を冒して龍に挑んだ甲斐があり、素材も、出来上がりも最高であった。龍の骨などを使いできた鋭利な深紅色の大剣と、龍の丈夫な皮で作った頭から足先までを完全武装することが出来る深紅色の防具。
武器はまだ実際に使って見なければ分からないが、早速身に着けたこの鎧は以前に使っていた物とは格段に違っていた。鎧なのに体に良くなじみ、その防具独特の重さや動きにくさなどが全く無いのであった。逸る気持ちを抑え、俺は身支度をし始めると、早速武器の仕上がりを確かめるのも兼ねて『狩り』に出ることにした。
町に張り出されていた討伐依頼のメッセージボードには慣らすのにはちょうど良いであろう小型の肉食龍の討伐が手付かずの状態で残っていたので、向かうことにした。道中、様々な道なき道を、いわば獣道とでも言うか細く荒れた道を通っていく。依頼があった隣町へはだいぶ距離があり歩くのには距離がかなりあった。が、この装備にしてからというもの疲労感が全く無いのである。それに感覚もより鋭くなり、周囲の状況が手に取るようにはっきりと分かる。
そしてなによりも嗅覚、血の匂いが今までに増して敏感になった感覚があった。龍の出現ポイントに差し掛かる頃にはその感覚が顕著に現れ、同時に今までは嫌いであったあの匂いがたまらなく食欲を掻き立てるのであった。
「フー・・、フー・・・・。」
息遣いもだんだんと激しく、荒くなり始めこの感覚に不思議と取り憑かれていた。だが、毎回通る度に待っていましたとばかりに奇襲攻撃を仕掛ける討伐依頼の龍がなぜか俺の姿を見たとたんに尻尾を巻いて逃げ出してしまった。
「お・・・、オイ・・・!待て・・!」
異様な感覚が支配した俺の身体は以前とは比べ物にならないほど素早く龍の前方へと回り込む。すると龍は奇声をあげて口から泡を吹いて気絶してしまった。
「ぐ・・・・。」
思わず生唾を飲んでしまうほど、目の前で倒れている龍がこの上なく感覚を騒ぎ立てる。既に俺の頭の中はある一点しか考えていなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
静かに龍の元に近寄る。
そして・・・・・・。
バギッ・・・・・、
ベギッ・・・・・・・・・・・、
グチャ・・・、グチャ・・・・・、
グチャ・・・、クチャ・・・・・・・・・・・・。
あたりに異様な音が響き渡る。
そして俺はゆっくりと龍の腹辺りから顔を上げる。
口からは顎を伝い龍の血が流れ、怪しく光を放つ。
細かな肉片が、口元から見え、それを下で舐めまわす・・・。そう俺は・・・。
龍の肉を生きたままでまるで龍が食すかのように貪り食ったのであった。
『うぅ・・・・、ぐぅ・・・。がぁぁ・・・・・、・・・・ガアァァァアアア!!!!』
そしてその場で歓喜にも狂喜にも取れるほど狂ったかのように叫ぶ俺。
それと同時に俺の身体にも異様な変化がもたらされる。
全身に身に着けていた深紅の鎧は身体の皮膚と張り付くように覆い、身体はどんどん膨れ上がっていくかのように巨大になっていく。身体が変化していくにつれ手足の形状も二足歩行ではあるが下半身が発達し、同時に尻尾が尻あたりから生え、上半身も同様に発達し、腕もこれまで以上にたくましくなっている。
『ガァ・・・・・!!グゥ・・・・ッ・・・ガアアァアア!!!』
変化がさらに続き、叫びはさらに激しさを増す。まるで全てを、己の全てを吹き飛ばすかのような、感情に流されるままに叫び続ける。身体も変容も終盤になり、背からは骨が突き出すと周りの皮膚と共にぐんぐん伸び始めるとそれは巨大な深紅の翼になった。翼は折りたたまれた状態で少し震えながらその形を整えていく。
翼が形を成していくなか、首も一気に太く長く伸び始め、上顎と鼻、下顎が形を揃えながら伸び始め、上顎の先端には新しく鼻孔が出来、伸びた口からは太く長いヌラヌラとした唾液で微妙な光沢を帯びている舌と鋭い牙と鋭利で細かい歯が垣間見える。そして最後に頭からまっすぐに生えた対になっている黒い角と、身体と同じく紅く長い龍髪に生えかわり、全ては終わった。
『グゥ・・・、グゥ・・・・グフゥ・・・・。』
まだ身体や精神の興奮が冷めあがらないようか、激しく鼻息をする。
『グゥ・・・・、グ・・・・。』
そして、ようやく収まったときには俺の身体と意識は綺麗さっぱりと面影が消え、あの、紅い満月の晩に倒した龍が、俺の身体を支配していた。
バサッ・・・・・。
その龍は天を見上げるとその巨大な翼を広げると、荒野の奥地へと飛び去っていった。
そして、その龍は幾度と無く討伐しようと試みられるが、返り討ちにあうばかりか、いつの間にかその地域全体の支配権までも人間から奪い去った。その龍は、その後数千年もの年月を生き、人々からは「皇帝龍」と呼ばれたそうだ。