短剣のキヲク暁 紅龍作
 私はこの街で武器職人を行いながら古い武器を再加工し使えるようにしていた武器屋『ブロンズドラゴン』の店主である。今日は、この店に訪れた一人の客と私自身の過去の話を聞かせよう・・・・。

「よお、今日西の砂漠で珍しそうな短剣を見つけたのだが、これまた古くてなぁ。」
 そういって店に置いてある売り物の在庫の確認をしていた私に、馴染みの冒険家は私の前に古めかしい所々錆び付いていたり、宝飾が無くなっていたりする黒い短剣を差し出した。
「うーん・・・、少し見せてくれるか・・・?」
 その短剣を手にし、鞘から刀本体を見てみる。鞘から出た刀身は、鋼色ではなく真っ赤な深紅色で何かの紋章らしき文字が刻まれている。所々刃こぼれがあるが、少し加工すればこの剣の本来の仕事ができるようになると思った。
「この程度だったらそうだな・・・、一ヶ月ほど時間をもらえれば何とか元通りには直るはずだ。」
 一ヶ月というのはこの短剣を調べ、元通りにするための大まかな時間だ。早くもなるし、遅くもなる。
「わかった。じゃあよろしく頼むぞ。」
 そう言って冒険家は店を去った。
「では早速・・・」
 店の奥にある工房で私は短剣の調べをする。
「まずは・・・・」
 そう言って私は瞳を閉じ、精神を集中する。そしてゆっくり深呼吸をしながら瞳を開き、短剣に触れる。
「そうか・・・、この短剣はこの時代に・・・」
 私には生まれつきで不思議な能力があった。集中した状態で自分が調べたい物に触れると断片的な「物の過去」と言う物が脳裏に浮かび上がる。そうして調べ、手直しした武器などが私の店には大半を占める。工房の一室にはこの街の歴史書が本棚にぎっしりと詰まっている。その中から先ほど浮かび上がった情景に一致する年代を探し出す。
 しかし・・・。

 見つからなかった。どういう訳か分からないが一致する年代の歴史書が見つからないのだ。これは私にとって初めての経験であり、少しばかり困惑した。
「これは・・・、詳しく調べるしかなさそうだ・・・」
 次の日、私はあの冒険家を店に呼んだ。
「何だよ、めずらしいじゃないか。で、話は何だ?」
 気さくに話しかける冒険家。
「折り入って相談があるのだが・・・、この前の短剣、私に売ってはくれないか?それ相当の金額は用意してある。」
 私はカウンターから用意してあった鞄を差し出す。
「別に構わないのだが・・、どうした?珍しくスランプか?」
 冒険家も金額に納得したようで、売り渡すことを了承した。
「まあ、軽くそんなところだ。どうも調べがうまくいかずに加工が済んでいないのだ。」
 私も少し冷や汗を掻きながら苦笑する。
「まあ、これであの短剣はお前の物だ。存分に加工してくれ。」
 そう言って冒険家は店を後にした。

 その日もまた私はあの短剣の加工をしていた。買い取ってから実に三週間。ようやくこの短剣の加工法が徐々に判明し、意気揚々と作業に没頭しているその最中に一人の若い客が店内に入ってきた。作業の手を休め、客の下へ急ぐ。
「いらっしゃい。どう言ったご用件で。」
 まあ、武器屋に来ているのだから武器を買いに来てくれたと言うのが当たり前だが決まり文句のような感じでいつもこうやって客と会話している。そのほうが早くに見つかりやすくなるからだ。
「ああ・・・・、私に似合う使いやすい剣を探しているのだが・・・」
 客はどうやらこの街に来てから日が浅いようだ。街の住人とは少し違う風体をしていることがそれを物語っている。
「そうですね・・、お客様ですと・・・・。」
 私は考えるような素振りをしながら精神を集中する。そして客の瞳をじっと見つめる。これは先ほどの私の能力の応用した物で、客の瞳を見つめながらその客の求めている武器を直感的に感じ取り、そして探し出す。客は私のそういう能力は分からないわけだから、必然的に「武器職人の勘」と言うことになるわけだ。今回もこの客に直感的なものを頼りに武器を選別していく・・・。
 しかし、今回はどうしてもうまくいかない。店に置いてあるどの武器もどういう訳だかこの客には馴染まない様であった。
「そうですね・・・。お客様のご希望はありますか?」
 一応、客にも聞いてみることにした。
「以前使っていた物が短剣だったからな・・・、そういう武器はあるのか?」

"短剣・・・・・・。そうか・・・・、あの武器だったら・・。"
 私は工房に戻り加工途中の短剣を持ち出した。
「この武器は如何でしょう・・・・。」
 私は客の前にまだ加工途中の短剣を差し出した。
『・・・・・・・この武器は・・・・。』
 客は時間が止まったかのようにじっと短剣を見つめ、一目見ただけで気に入ったようだ。だが、なにか先程とは客の様子が違うような違和感を覚えていた。
「しかし、お客様こちらの品はただいま加工中の品でして・・・。」
 私は申し訳無い様に客に言った。だが、その客は一向にその短剣をあきらめようとしない。
『この武器はこのままの質感がいい。いくらだ・・・?』
 ぎゅっと短剣を掴み、私を強烈な鋭い刃のような睨みで見つめる。まるで人が変わってしまったかのようであった。
「これは、店頭に飾るはずだったので御代は要りません・・・・」
 その気迫に押され、私はとっさに客に言った。
『ふふ・・・、そうか・・・。ではありがたくいただくぞ・・・。』
 そう言ってその客は店を出て行った。
「な・・・・、何だったのだ・・・・?ぐあぁぁ・・・・!」
 私は緊張から解き放たれその場で座り込んでしまった。しかしそれもつかの間、突然私の胸に激痛が走った。何か・・・・、この先の出来事を予感させるようなそんな激しい痛みであった。

 それから、しばらくすると街にはこんな噂が出回り始めた。
"街の外には巨大な翼を持つ邪龍が住み着いている・・・。ただ、その邪龍は普段は人の姿に擬態している・・・・・"と・・・。
 私がその噂を聞いたのはあの客に短剣を売り渡してから実に一週間も立っていなかった。その日のうちに短剣を発掘した冒険家にどういう所にあったのかと問いただした。
「ああ、あの短剣か・・・。あれは西の砂漠の遺跡にあった。その奥の一室に何かの祭壇のような、既に風化が始まっている黒い何かの動物が書いてある箱のような物の中にその短剣は入っていたのだ。で、その短剣がまたどうした・・・?」
「そうか・・・・!もしかしたら、私は大変な事を・・・・!!」
 私はふと、昔に祖父からこの街に伝わる昔話を思い出し、とっさに私は後先構わずに街の外へと走り出した。街の外から西の砂漠にある遺跡へはそう遠くはない。遺跡の中も外に比べれば危険だが良くこの遺跡に出向いては売り物になりそうなものを探しに来ていた私にとってはそんなに危険でもなかった。だが、今回は違うような感じがする。何かを・・・、体が直感的に感じているのだ。
 そんなことを考えているうちにあの短剣を掘り出したと言う場所へたどり着いた。そこには祭壇の前に私に背を向ける形で立っている見覚えのある人物が居た。
『ふふ・・・、これで私はこの体を・・・・』
 私のことなど既に気づいている筈だが気にもせずにその場で微笑している。
「あなたは・・・・、誰だ・・・?」
 私は恐る恐るその人物に話しかける。
『私かね・・・、それは薄々勘付いているだろう・・・・?』
 私に背を向けていたその人物はゆっくりと私に振り返る。振り返る間の数秒間で私は能力を発動した。
「!!!」
 私ははっとした。何故なら姿かたちはあの客そのものだが何かが違う・・・。そう体の中が・・、精神とか心と言われるものが根本的に違う・・・。まるで別人のようだったからだ・・・。
『そう・・・、私はその昔話の主役さ・・・。ようやく狭い剣の中から出ることが出来る・・・・、クク・・、これが心底面白くてなぁ・・・。』
 そういうといきなり私に飛び掛り思い切り私を床へねじ伏せる。
「ぐっはっ・・・・・!」
 頭を打ったのか視界がぼやける。何もかもがぼやけてしまう・・。
『君は私の復活(さいせい)をその場で見ているがいい・・・。』
「・・・んなっ・・・!」
 私は体を起こそうと力を入れたが先程の攻撃のせいであろうか、まともに起き上がることが出来ない。
『・・・さあ・・、始める・・。』
 そいつ(・・・)は全身に力を入れ、剣を鞘から抜くと
『はあああああ!!!』
 地の底から湧き上がるような声を出し、剣を真っ二つにへし折った。折れた剣は床に落ちるとその衝撃でさらに砕ける。まるで紅く着色したガラス細工かのように。そして折った本人にも大きな変化が起きる。
 体を黒い霧のような物が覆うとそれは着ていた服を消え去らせ更に露になった体の表面までも変えていく・・・。月の光を怪しく反射させているのは既に人の皮膚ではなく元の皮膚が大きく綺麗なひし形のような形で割れていく・・・。そして割れていくと同時につややかで、かつごつごつとした黒い鱗へ変化していく。
 体は表面が変化していくのに同調しながら、体は最初は遅く今では音が聞こえるほど激しく形が巨大に変わっていく。その姿は、二足歩行はするが既に人とはかけ離れていた。下半身は太く大きくなり、足先は巨大で鋭い爪が4本、踵であった部分からも爪が生え、腰からは大きく、長くそしてしなやかな尻尾が生える。既に筋肉と変化が終わった皮膚であった鱗の鎧が全身を覆い、上半身も下半身が終わると変わっていく。手は指を三本に減らし、足とは比べ物にならないほど鋭く細い爪が生え、背中からは皮膚を突き破り蝙蝠のような薄い皮の膜が張っている翼が姿を現す。  その翼は体の中から出てきたばかりで湿っているような感じに思える。突き出た部分の皮膚は瞬時に鱗が覆い、何事も無かったかのように妖しく光り輝く。胸まで変化が終わると、今度は首や頭に変化が起こり始める。首はだんだんと長くなり、覆う鱗は大きく割れ、漆黒の鎧のような光沢を帯びる。頭は扁平していくと同時に鼻から下あごまでが大きく伸びていく。
 伸びた先に鼻孔ができ、口は大きく割れ鋭い刃のような牙や歯、そして細長い舌が口をあけるたびに垣間見える。頭からは長く伸びる角が片側に4本ずつ生え、閉じていた瞳が開かれると金色に光り輝く爬虫類のような縦割れのある瞳へと変化していった。

『・・・・グルルルルゥ・・・・、ようやく我の身体が手に入った・・・。この身体・・、良く馴染むぞ・・・・。ククク・・・ガハハハハハッ・・・・・!』
 先ほどまで人間(ヒト)であったそれは

 巨大で、

 禍々しく、

 総てのものへの憎悪をむき出しに表す、

 邪悪な漆黒龍へと変貌したのであった。

『・・・・そうだ武器商・・・、オマエは我を復活に導いた良き(・・)人間だ・・・。我の眷属に属さないか・・・?』
 黒龍の意外な提案に驚かされたが
「な・・・・!馬鹿な・・・、私は黒龍(オマエ)などに協力はしない・・・・!!」
 未だに動かない体で、床に伏せながら抵抗をする。
『ククク・・・、威勢のいい事だ・・・。オマエのその能力に惹かれたのだが・・・、協力を拒むのなら・・・・!!』
 黒龍は私に近づくと大きく翼を開き私をそのまま包み込む・・・。
「な、何をする・・・・!」
 抵抗する私の耳元で黒龍は何かを囁き、その言葉を聴いた途端に意識が遠のき、私は黒龍の翼の中で一種の催眠状態に陥った。
「・・・・・・・・・・・。」
 意識の無いまま私は黒龍に身を任せる状態になる。
『さあ・・・、私と共に・・・。』
 そう言うと黒龍は翼を光り輝かせ私はその光の中へと意識と共に身体も共に根本的な物が全て変わっていくような感じがした。

「・・・・・ぅんん・・。」
 光の中で私は目を醒ます。何も無い真っ白な空間の中には鏡があるだけであった。鏡は私の身長の数倍もあり、その場で見上げてしまうほどだ。そしてゆっくりと視線を戻す。鏡に徐々に私の顔が映し出される。
 だが・・・、鏡には私のようで私ではない何(・)か(・)が映っていた。映し出されているのは全身を鮮血で染め上げたような紅い身体、それでいて暗く、私を睨み付ける様な表情をしている。だが、その映りこむ私の顔の口元は笑っていた。そして鏡から私(そいつ)は手を出し私を引き込もうとする。
「や・・・、やめろ・・・!!」
 抵抗するが、私(そいつ)にそのまま引き込まれ、私は鏡に飲み込まれる・・・。そして覚めない眠りと共に、目覚めることの無いはずであった意識が起き上がる・・・。

"・・・・ソウダ・・・大丈夫ダ・・・、オマエハ、オレデ、オレハ、オマエダカラナ・・・・"

 そうして・・・、私(オレ)は黒龍の翼から姿を現す・・・。その姿はもはやヒトではない。筋肉質な身体、ごつごつとした鱗、太く長い尻尾、背には巨大な翼・・・。ただ違うところは黒龍に対し私(オレ)は深紅の身体であったことだ。まるで血で塗り固められたようなどす黒く紅い身体・・・。この身体を見ているとオレの中で湧き上がるような感情が徐々に芽生え始めてくる。
"・・・コロシタイ・・・・、ナニモカモスベテ・・・・・"
『黒龍様・・・、数々の無礼、お許しください・・・。』
 そうして、感情を抑えられなくなる前にオレは黒龍の前で忠誠を誓った・・・。

 ・・・・・昔むかし・・、この街の郊外には恐ろしい漆黒龍と深紅龍がいたそうだ。漆黒龍は人々を片っ端から殺し、深紅龍は人々を強い神通力で操り、殺戮にひた奔らせ、自らも黒龍と同様に殺戮を楽しみとしていた・・。恐れをなした人々は剣に呪詛を織り交ぜ、深紅龍・漆黒龍を封印した。人々はその剣を棺の中に更に封印した・・・・・・。
 そうして黒龍と紅龍(オレ)は新たな身体で甦り、人々を恐怖のどん底へ叩き落すのであった・・・・。


短剣のキオクー終―

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