山越えをしてわざわざくる旅行客もいるが、この時期この国の四方を囲んでいる山々は雪に堅く閉ざされており、よっぽどの用事が無い限り部外者は訪れることが無い。
そんな国の小さな村に俺は住んでいる。
「よお、もう仕事上がりか?」
「ああ、今年最後の日ぐらいは早く帰ってあげないとな」
同僚の気の会う輩に俺はそう言うと事務所から出て、家路につく。
「今日は早く仕事が終わったな。珍しいこともあるものだ。」
俺の仕事は、この周辺の森から木を伐採してこの村の住人へ薪として提供する事だ。伐採といっても、植林する際に邪魔になる間引きする物のみである為、周辺環境には極力影響の無い程度に伐採している。いつもは加工して倉庫まで持って行き仕事は終わりなのだが、同僚と、上司が気を利かせてくれたおかげで帰れたのであった。
「ほんと、感謝感謝・・・。」
そう言って俺は制服の内ポケットから小さな二つ折の箱を取り出す。
「遅れたけど・・・。彼女は喜ぶであろうか・・・。」
不意に彼女の笑顔が頭をよぎり、俺にも笑顔がこぼれる。
事務所から出て丁度30分・・・。街からだいぶ離れた位置に俺の・・・、俺と、彼女の家はある。
「ただいま〜。」
俺がそう言って玄関から家に入ると、テーブルに置手紙があった。
「うーん・・・?何々・・・」
『いつもの場所で待っています。』そう手紙には一語書いてあった。
「まったく・・・。しょうがないな・・・」
ジャケットのフードを深く被り家から再び出る。
家からそう遠くない森への入り口へ入ると、月明かりが届かないせいか、外よりも余計に暗い。暫くその獣道らしき踏み固められた一筋の通り道を通るといきなりあたりが開け、明るくなる。月明かりに照らされ、神秘的な輝きを放っている白い花弁の花々・・・。その中央に俺の妻がいるのであった。
「こんな寒いときにどうしたんだ?」
俺は彼女に言う。
『今日しかこの花は咲かないのよ。だから見に来たの。黙って出かけたのは謝るわ・・・。』
彼女が俺に寄ってくると申し訳なさそうな顔をして俺を見つめる。
「な、なんだよ・・・、お、俺は怒っていないのだから・・・その・・。」
俺はそっと彼女を抱きしめる。
「今日な・・・、実はプレゼントがあってな・・・。」
『ほんと?どれなの?』
彼女はうれしそうな顔をして俺の顔を見つめる。
「まあ、慌てるなよ・・・。プレゼントは逃げないのだから・・・。それより、本来の姿にならないと話にならないのだが・・・。」
『わかったわ。ちょっと待っててね。』
彼女は笑顔で答えると静かに体が変化していく。
全身が倍以上に大きくなると、骨盤が変化したためであろうかたつことが出来ずに四足で変化していく体を支えている。勿論服は耐えられずに引きちぎれ、あたりに布が散らばる。
しかし、本来なら裸であるはずが、彼女の皮膚からは薄青がかかった長い獣毛で覆われており、腰の辺りからは長く太い獣毛に覆われた尻尾が出現した。胴体、手足に適度な筋肉がつくと、手足の先から鋭いつめが現れ、首も長く伸びるとそれは顔の変化も同時に引き起こす。
顔が全体的に扁平していき、同時に鼻から下あごまでが徐々に伸びていく。そして顔の皮膚も胴体と同じ獣毛に覆われる。最後に頭から一対の太い角が生えると彼女の変化は終わりを告げたのであった。
『おまたせ。ちょっとさむいかな?』
彼女がそう俺に話しかけるが、直接は聞こえない。なぜなら人語は話せないのだから。
『あなたも変化していたのね。』
そう言うと俺を見つめ、彼女は身震いをした。俺の姿は彼女とは対照的に全身紅い鱗に覆われた、全体的にずっしりとした体型の飛龍・・・。そう、ワイバーンなのであった。
「寒いのか・・?ほら・・・。これで少しは寒くないだろ・・・?」
腕の変わりに変化した巨大な翼で彼女を優しくだくと、先ほどよりは幾分寒くは無くなったようであった。
「これが・・・・。さっき言ってたプレゼントなんだけど・・・。」
俺は片腕・・・、もとい片翼で二つ折りの箱を開ける。その中には、二つの銀色に光る大きなシルバーリングがあった。
『これを・・・、私に・・・?』
うれしそうに笑顔を浮かべる彼女・・。その彼女の片方の角にそのリングを付けてあげる。
「それで俺もつければ・・・・、っとペアリングってことさ。気に入ってくれたかな・・・?」
少し不安そうに俺は彼女に聞く。
『・・・ありがとう。』
恥ずかしそうに、獣毛に隠れて見えないが、彼女はきっと顔を赤くしているだろう。
「さ、もう夜も遅いから家に帰ろう。」
『そうね。行こうっ!』
俺と彼女は元来た道を抱き合いながら帰ったのであった。