ワンワンッ、ワンワンッ……。
元気に鳴く犬、静かに床に置かれた皿の上に盛られた食事を食べる犬。色々な犬達が店内でくつろぎ、飼い主達もそれを見守りながら食事や談笑に浸っている。そんな中一人の女性が何気なく相席していた相手と談笑をしている。ちょっと大人の女な空気を持つ女性はその相手とは初対面であり、さらには始めてこの店に来た様だが、あたかも知り合いであるかのように気さくに話している。そんな彼女の足を何かがつつく。
「ん?何かな?」
足元を見るとそこにいたのは一匹のドーベルマンであった。軍用や警察犬としても活躍するほどのたくましい容姿と闘争心を持つと言われる外見を持ちながらもその仕草はどこか気弱でよそよそしそうだった。
「あら、あなたのワンちゃん少し不安がっていない?」
相席の客が心配げに声をかける。それに対して飼い主の女性は、
「いえ、この子こう言う所は初めてなものでちょっと緊張しているんですよ。こら、男の子でしょ?もっとしっかりと胸を張って。」
と言いながら軽くリードを引っ張る。ドーベルマンは少し苦しそうにしながらもしぶしぶと腰を下ろし直す。
「……」
まだどこか緊張しながらも不安げな視線で周りを見回していたドーベルマンに声をかける犬がいた。
相席の客の飼い犬であるビーグルである。どうやらこのビーグルはメスらしく、ドーベルマンの放つ匂いに軽く惹かれたようだ。リードの範囲でドーベルマンの周りをちょっと誘う様に歩いてみたり、軽くお尻を向けて求愛行動を見せる。
「あら?あなたのワンちゃんうちの子に一目ぼれしたみたいですね。やっぱりイケメンなのかな?それともワイルドさに惚れたかな?」
とちょっと意地悪そうにドーベルマンを見つめる。
一方のドーベルマンはビーグルの求愛活動にちょっとおののきながらそれをかわす様に視線や顔をそらし続ける。それこそ「早くどこかに行ってほしい、あるいは帰りたい」と言いたい様に。さらにはあわてて立ち上がり離れようとするが、それを察した女性はその間を与えず回りに気づかれないようにリード線を引き、その動きを封じる。ドーベルマンは少し恨めしそうに女性を見つめるが、女性は意に介する事無く談話を再開している。
ビーグルも少し様子見なのか静かにドーベルマンを見つめている。ドーベルマンにできるのはただ黙って目の前のドッグ用ケーキとドリンクにかぶりつく事だけだった。
「……おっと、もうこんな時間。そろそろ腰を上げないと……またお会いしたいですね」
そう言いながら相席の客が席を立ったのはそれから少したった後だった。
「そうですね、また縁がありましたら」
そう言いながら女性も一礼をする。ビーグルがちょっと名残惜しそうに誘いながら一緒に去っていくのをドーベルマンは安堵のため息と共に見送った。
「さて、わたし達も出ますか」
そう言うと女性も明るい顔で席を立ち、ドーベルマンを引き立てる様に会計を済ませて店を後にした。そのあと女性とドーベルマンは店から少し離れたそれこそ誰も人気のない裏路地に入り込む。ここを通るのはそれこそ野良猫くらいだろうか。
「ふう……何とか成功ね。ホントお疲れ様」
辺りを見回しながらそう言うと女性はカチャリとドーベルマンの首からリード線と首輪を外す。
「ワグッ!」
解放されたドーベルマンはそのまま女性に噛み付こうとするが、それを寸前で押さえた彼女はドーベルマンを地面に倒して仰向けにすると、わずかにいきり立っていたオスの証をおもむろにつかみ、一気に引き抜いた。
「きゃんっ!」
犬のものにしてはちょっと甲高く、かわいらしい声が漏れる。
「しかし、せっかくこんなに立派なものを持っているのにあんな誘いに何もできないなんて情けないわよ。それでも男なの?」
引き抜いたオスの証をもてあそびながら女性はからかい混じりにドーベルマンに声をかける。ドーベルマンはしばらく体を震わせていたが、そのまま静かに体を起こすと二本足で立ち上がる。
「そ、それはないでしょ?只でさえちょっと恥ずかしかったんだし、もしあの誘いに乗ってそのまま言っちゃったらどうするのよ。そもそもわたしは……」
人間の言葉でそう言うとドーベルマンはそのまま顔を引き剥がす。
「人間の女の子なんだから……」
そこから現れたのは本人が言う通り少し幼さが残る人間の女性のものだった。見るといつの間にかその肢体は尻尾どころか産毛もほとんど無い一糸まとわぬ人間の女性のものになっている。
「でもひとたびマスクを被ればかわいいワンちゃんに大変身、でしょ?本当に素敵だったわよ〜裸のまま抵抗するあなたにマスクを被せてこれを付けたら一瞬でたくましいオスのドーベルマンになるんだもの、わたしの「調教」の成果よね」
とオスの証をちらつかせて元犬の女性に見せ付ける元飼い主の女性。元犬の女性はその一連の顛末を思い出して顔を赤くし、さらにはマスクでなぜか股間を隠してしまう。
「それに、部屋の中ではいつもこうしているじゃない。それがちょっと外に出ただけでこれだもの……まだまだ修行が足りないわよ」
と意地悪く微笑む元飼い主。
「じ、じゃあいっそわたしを完全に犬にしてよ。それこそ人の皮を着た犬になりきらせてよ!」
さすがに切れたのか気づかれる危険性も顧みず怒鳴る元犬の女性。それをまあまあとなだめる元飼い主。
「それはだめよ。そもそもそうやって反発しちゃうくらいの子が犬になり切る事が良いんだし、ホントに犬になりきっちゃったらあなたはそれでおしまいよ?いいの?」
「そ、それは……」
自身の内なる図星を疲れて黙り込む元犬の女性。
「ま、それがあなたのかわいい所だし、わたしの好きな所なんだけどね。それに、あなたも十分筋はあるのよ?みんなあなたを犬と認識しているんだもの」
と言いながら元飼い主の女性はいきなり服を脱ぎ始める。
「ささ、選手交代よ。しっかりわたしをリードしてね、ご主人様?」
と誘うように言う元飼い主。
「ち、ちょっとまだ気持ちの整理が……」
元犬の女性がそう言う間もなく、
「じゃ、そのままの姿で外に出る?ついでにこれもつけたままで」
と恥らう様子も無く裸身をさらしてオスの証をまたちらつかせる元飼い主の女性に対してむっとした顔で元犬の女性は元飼い主の女性の服を身につける。それを見るや元飼い主の女性はオスの証と元犬の女性の被っていたマスクをバッグにしまうと、自分用のマスクを取り出して被る。
その瞬間、何もつけていないのに元飼い主の女性の股間からそそり立つものが現れた―様に元犬の女性には見えた。そのまま両手を地面に付くとその姿は一匹のポメラニアンになる。
「す、すごい……ホントに犬になっちゃったみたい……」
服を着ている手を止めて見とれる女性に対してポメラニアンはキッと見つめると、
「ほらほら早くする!」
と人間の声でせかす。その姿もポメラニアンのままである。
「わ、わかったわよ!」
と服を着直すと女性はかつて自分の首に巻かれていた首輪をポメラニアンに取り付け、リード線を手にする。そしてそのまま表通りに歩き出す。少しおどおどしていたドーベルマンに対して堂々と歩くポメラニアン。その姿を見て女性は改めてため息をつく。
「やれやれ……本当によくやるわ……」
同じ劇団に勤める同居人から演技の研究と特訓と称して演技の力で犬になりきると言うヘンテコな課題(と言うより悪趣味)に付き合わされる事になってしまった女性は部屋の中ならともかく、堂々と犬になりきっている目の前の同居人に色々な思いのこもったため息をついていた。そこに、先ほどドッグカフェで出会った女性とビーグルが通りかかる。先ほどの一件を思い出して一瞬ビクッとなる女性を他所にポメラニアンはビーグルを軽く誘う仕草を取る。
一方ビーグルもどこかで感じた匂いを女性から嗅ぎ取ろうとする。ビーグルの飼い主があわてて引き離そうとし、女性もあわてて離れようとするのをポメラニアンは楽しそうに見つめていた……。