夜の森 カギヤッコ作
ホォーッ、ホォーッ、ホォーッ…。
 月明かり以外は全くの暗闇に覆われた森の中。
 風にそよぐ草や木々の音に混じりフクロウ達の鳴き声が聞こえる。
 一体何を話しているのだろうか。日々の暮らしのやりとりか、それとも恋の語らいか…。
 そんなフクロウの中に一羽だけ変わったフクロウがいる。他のフクロウ達とある程度距離を取りながら鳴いているフクロウ。その右足には小さな金色のリングが光っている。

 そう、わたしは今フクロウの姿になってこの森に来ている。
 先日ツバメの姿で森に行った時、今度は夜目の効く動物の姿で夜の森を…と思い色々思考錯誤と苦労の末フクロウのデータを手に入れる事ができた。
 人間をはるかに越え、夜でもはっきり見える目のよさを持つとは聞いていたが、確かにまるで真昼の森を見ているかのようにはっきり見える。
 これも話に聞いていた頭を自在に回す事のできる特技もある程度やり飽きるまで頭を動かしまくってしまい、危うく頭をふらふらさせて木から落ちる所だった。
 人間の姿でこれをできたら色々な意味ですごいかも知れない。
 ふっくらとした羽毛に覆われたユーモラスな外見とはうらはらに色々な何かを秘めている存在であるフクロウはこの夜の森同様色々な秘密に満ちているようだ。
 しかし、今この森のフクロウ達はそんな事をおくびに出す事もなく鳴いている。
 わたしもそれに合わせるかのようにそのコーラスに混じっていた。
ほぉーっ、ほぉーっ…。
 そんな時、わたしの耳に少し変わったフクロウの鳴き声が届いた。
 一応フクロウの鳴き方には聞こえるがどこかおかしな、そして聞き覚えのある鳴き声。
ほーっ、ほーっ…。
 もう一羽、別のフクロウの鳴き声が聞こえる。こちらは先程のフクロウに比べるとまだどこか声が幼い。  でも、このフクロウの声もどこかおかしい。
 そして何より不思議なのはこのおかしなフクロウ達の声に対して他のフクロウ達が何の反応も示さない事だ。
 わたしが始めてこの森に来た時も―今でもまだ―どこか線を引いている所もあるフクロウ達が何の抵抗もなく受け入れているフクロウ…その正体が気になったわたしは翼を音もなく羽ばたかせ、夜の闇にその身をひるがえした。
ほぉーっ、ほぉーっ…。
ほーっ、ほーっ…。
 不思議なフクロウ達の声はどんどん大きくなる。
 フクロウの鳴き声としてはどこか違和感のある、それでいて聞き覚えのある鳴き声。わたしはその正体を聞きたくてたまらなかった。その思いがより強く翼を動かす。
 そしてある木の枝に足を止めたわたしは、そのフクロウ達の姿を視界に捉える事ができた。
…それは確かにフクロウだった。
 全身ふっくらとした羽毛に覆われたまん丸の頭部、特徴のある目元に嘴。まぎれもないフクロウである。  その二羽のフクロウ達はわたしがそうしているように真っ白い木の枝、もしくは石の上に立って語り合っていた…様に見えた。
「?」
 最初に感じた違和感は止まっていた物体が木や石にしては妙に白く、そして柔らかかった事だった。
 しかもそれは柔らかな動きをもってお互いをなであい、そして重なり合っている。
 それに合わせるように二羽のフクロウもキスをするように互いの全身を寄せ合っている。
「ほおー…ほほぉー…」
「ほっ、ほっ、ほほっ…」
 二羽のフクロウは甘い鳴き声を上げながら下にある物体共々互いを重ねあう。その姿はまるで…。
「!!」
 わかってしまった…。
 わたしはそれが何であるのかわかってしまった…。
 二羽のフクロウが止まっていたもの、それは木でも石でもない。でも、それはわたしも知っているものだった。
 白い表面に上下に伸びる細長い四肢、下の両肢の付け根は細くくびれ、上の両肢の付け根には柔らかい一対の膨らみが…。
 そう、それはわたし―人間の姿のわたしと同じものだった。二羽のフクロウが木の上に止まっていたのではない。もとからフクロウの顔をした―おそらくマスクを被っているのだろう―裸の女性が戯れていたのだ。
 首から下は人間の女の人、首から上はフクロウと言うどこか異様ないでたちをした二羽のフクロウ―あえてそう言いたい―は唇を交わし、その下の枝を絡ませ優しく、それでいて妖しい声で鳴いていた。
「ほおーっ…ほぉーっ…」
「ほーっ、ほーっ…」
 その鳴き声は他のフクロウ達の鳴き声と不思議な位に交わり、一つのハーモニーを奏でていた。
 二羽のやり取りを見聞きするうちにわたしの中にも危険な感覚が芽生える。
 このままわたしもあの「人の姿をしたフクロウ」になってあの中に入りたい。そしてあんな声で鳴いてみたい…。
 でも、そんな事をしたらこの森に響く声を引き裂く事にはならないのか。もしそうなってしまったらわたしは取りかえしの着かない事をする事になってしまう。
 フクロウの姿ではこれ以上「鳴く」事はできない。でも今ここで人間には戻れない…。
 わたしは複雑な思いのまま羽を羽ばたかせ、その場を後にした。
 そしてわたしがフクロウ達のテリトリーから少し離れた森の中に消えた直後、
「ほほぉーっ!」
「ほーっ!」
 あのフクロウ達の奏でた華麗なるフィニッシュの鳴き声と、それに水を刺す事のない位かすかな、
「ほーっ!」
 と言う不協和音が森に聞こえていた…。

 それ以来、わたしはあの森に行く事にためらいを感じている。
 あの二羽の「フクロウ」達が何ゆえあそこに来てああして語り合っているのか。それを知りたい気持ちはものすごく強い。
 でも、本当にフクロウの姿になっているわたし以上に“フクロウ”であるあの二羽にわたし程度が入りこめるだろうか。
 それ以上にそれによりあの二匹の関係を破壊する事はやりたくないと言う気持ちが強い。
 知りたい。でも踏み込めない。
 今夜もまたわたしはリングを見つめながら森のある方向を見つめてため息を漏らしていた…。


おわり
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