夏の詩 カギヤッコ作
…。
…。
……。
「あーっ、もうーっ!」
 そう言いながらわたしはベッドから飛び起きた。
 部屋は冷房が効いてはいるけど、心の中はすっきりしない。
「ふぅ…。」
 そうつぶやきながら右腕に輝くリングを見つめてため息をつく。

 夏休みに入り数日、長すぎた梅雨も開け暑い日が続いている。さすがにこの暑さでは屋上にも行けず悶々とした日々を送っている。
 ちなみに両親は少し遠い山沿いの観光地に旅行に出かけておりわたしは一人家にいる。プールや買い物にも出かけてもいいが友達も忙しいのか、今の所そう言う予定が入っていない。
 もちろん夜になれば多少は涼しくなるので家族が寝静まった頃こっそり部屋を抜け出して散歩を楽しんではいるが、さすがに選べるのはせいぜい猫か犬位。
 時々わざと変身を解いて人影のない道を歩いたりもするけど、余りにもリスクが大きすぎてワクワクすっきりどころじゃない。
 もちろんこうしている間でも近くの適当な動物になって部屋でくつろげば…と思うけどさすがに部屋の中だけでと言うのもどこか虚しい。
「はぁ…」
 もっとはじけた性格だったならよかったかも…と自分自身を悔やみながらさらに大きくため息をつく。
ピー、ピー…。
 そんな時、わたしの耳に鳥の鳴き声が響く。
 ガラリと窓を開けて外を見る。
「うっ…。」
 暑い風が飛び込んでくる。クーラーに冷やされていた肌が一気に温められ、ブワッと汗が吹き出る。
 それでも窓を閉められなかったのは、ツバメの群れが飛び回る姿がわたしの目に飛び込んだからだ。
「ツバメって元気ね…この暑い中でも頑張って飛び回って子供達を育てて…お父さんもお母さんも出かけているし…わたしはさながら暑い中一人で巣の中にいるツバメのヒナ…。」
 その時、わたしの中で何かがはじけた。
「よしっ、やるか!」
バサッ、バササッ。
 おもむろに服を脱ぎ捨てる。裸になった瞬間、吹きぬける暑い風さえ心地よく感じられてしまう。
 そして右手をかざし、リングの力を解放させる。
パァ…。
 リングから光が放たれ、灯台の灯かりの様に回転する。その光は当然飛び回るツバメを捕らえ、そのデータをリングに取り込む。
 わたしは全身を写す鏡の前に立つと迷う事なくそのデータを開く。
 その途端、リングから涼しげな光が降り注ぎまるで水晶玉の様にわたしの体を覆う。
 その中でわたしの体はゆっくりと変化を始める。
 体全体が黒い羽に覆われながらゆっくりと小さくなってゆく中、両脚はどんどん細く短くなり、胸も小さく、それでいて厚くなりながら白い羽毛に覆われる。
 それを吸い取るかの様に両腕は細く長くなり、お尻から伸びた尾もどんどん細長くなりながら黒い羽に覆われる。
 顔を見れば耳と髪が頭の中に消えてゆくのと入れ替わりに唇が平たく、大きな嘴へと変化する。
 パチクリとまばたきしたあと目は一面まん丸と黒くなる。
 そして光の卵の中から一羽のツバメが飛び出した。
“う〜ん…何だか気持ちよかった…。”
 あいにく光に包まれた時点で鏡に写った自分の姿は見られなかったけど、やっぱり変身する気持ちよさは相変わらずだ。
 そしてわたしは開いた窓からそのまま外に飛び出した。
 いつかのトビの時とは違い、風に乗りながらバサッ、バサッとはばたく。
 全身羽毛に包まれた姿は一見暑くてたまらないはずなのにまるで適温の中でサウナスーツを着て運動しているかのように気持ちいい。
 特に上空から一気に地上スレスレまで近付き低空飛行をした後一気に上昇する文字通りのツバメ返しは本当に人間の姿で味わえないのがつらい位の気持ちよさだ。
 一回り近所を飛び回った後、わたしは山へ―両親が旅行に出かけた観光地のある山沿いへと羽を向ける。
 その観光地はバスでも二、三時間はかかると言っていたけど、それは人間の時の話。
 ツバメの姿になった今のわたしにとってはその距離も、そして時間もまるで一瞬の様に飛び越えていた。
 そこははるか昔の面影を再現した山間の小さな村風の一角。暑い中でも観光客や村の人達が行きかう姿は確かに昔から続く営みを感じさせる。
 そんな中にある古いお店を再現した土産物屋の二階で人々の行きかう姿を見下ろす様にわたしは羽を休めていた。日陰である事、そして吹きぬけるそよ風が羽越しに心地よく感じる。
 そして、そんな風に乗り、時には切る様に他のツバメ達も飛び回っている。
 当時の人達、そしてツバメ達もこんな風に町や道ゆく人達を見ていたのだろうか…。
 そう思いながらわたしの脳裏に一瞬「元に戻りたい」と言う気持ちが浮かぶけど、さすがにこの場で戻ったら一騒ぎどころではない。
 リングのスイッチが働かなかった事にホッとしたような、それでいて少し残念なような気持ちを覚えながらほっとため息をつく。
 そんな時、ちょうど真下―お店の前に両親が立っていた。しかも上を見上げている。
「ほぉ、ツバメが多いとは思っていたけど、こんな所で休んでいると言うのもなかなか乙なものだな。」
「ツバメもやっぱり暑さをしのいでいるんじゃないですか?」
 そう言いながら両親はしばらくわたしを見つめている。それに対してわたしは妙に緊張を覚えてしまっていた。
 鳥の姿とは言え公衆の面前、そして家族の前で裸になっているなんて。万一ここで変身が解けたら…。
 本来なら何食わぬ顔でやり過ごせるはずだったが、おかしな事を考えてしまったせいか妙に落ち着かない気持ちに捕らわれていた。
ピピーッ!
 その瞬間わたしは一気に外に飛び出し、他のツバメ達にまぎれる様に村を後にする。
 そのまま川の上流へと飛び続けた所でようやく一呼吸ついたわたしは岸に降り立つとせせらぎに嘴を突っ込みごくごくと水を飲む。
 かすかながら冷たい水の喉越しを感じるが、それだけでは今まで飛び続けた疲れや両親に出くわした驚き、そしていきなり感じ出した異常な暑さを押さえる事はできない。
 幸いこの辺りは人間はまず来ないだろう。なら…!
 わたしは意を決して右足に力を入れ、リングの力を解放する。
 瞬時に光の玉が体を覆い、それが消えるか消えないかのうちに右手にはめた金色のリング以外は一糸まとわぬ姿をした人間の女の子の姿に戻ったわたしはそのまま川に飛び込んでいた。
ザッボーン!ブクブク…。
 そう深くはない川底に身を沈めたわたしはしばらくその冷たさを感じたあと一気に水面目がけて泳ぎ上がる。
ザバッ!
 水飛沫を上げて水面から飛び出し、そのまま体を振るわせる。なんだか人魚かイルカにでもなったような気分だ。
 そのまましばらくわたしは川岸で水と戯れたり風に体を預けながら夏の一時を楽しんでいた。
 その間わたしはずっと人間の姿のままだったけど、もしかするとリング無しで人間の姿をした別の生き物になっていたのかも知れない。
 名残りを惜しみながらも近くを飛んでいた鳥をスキャンしてその姿で家に戻ったのはちょうど日が暮れた頃だった。
 少し汗ばみながらもすっきりした顔をしながら脱ぎ捨てた服と着替えを手にして裸のままお風呂場に行こうとした時、ちょうど旅行から戻り玄関を開けた両親とばったり出会ってしまった。
「あ、暑かったからこのままお風呂場に行こうかなと思って…。」
 少し気まずい顔をする両親にそれ以上に気まずい顔をしてわたしは何とかその場を取り繕っていた…。


おわり
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