愛するが故・・・カギヤッコ作
 荘厳に立つ山々にそこを流れる清冽な川。緑の木々や白い雲達が彩りを添えるその世界はさながら山水画を思わせる静かな光景である。そこに…。
グゥオォォォーン!
ギャォォォーン!
 静かな空気を見事に破壊する獣の咆哮が響く。
ドッガーンッ!
 岩壁を砕きながら何者かが飛び出してくる。それは一匹の虎だった。たくましい四肢にそれを引き立てる白地に黒い縞を刻んだ獣毛をたたえた白虎が飛んでいる。いや、「飛ばされている」と言うべきだろうか。白虎を飛ばせているのはその体に巻きついている物体である。細長い体にびっしりと生えた青い鱗、頭部には長い角が生えている。
 青竜―一言で言うならそれはまさにそう呼べる存在だった。青竜は白虎を強烈に締め上げながら喉元に噛みつこうとし、白虎は束縛を逃れた両手で青竜の体を引っかき、体に食い付こうとする。まさに龍虎相打つ、いや、それ以上の凄惨な光景が展開されていた。
ギャオッ!ギシギシ…。
 青竜が一声吼えるとその体はいっそう白虎を締め上げる。白虎は苦しそうにうめくが、何を思ったのか四肢と頭を縮め込ませる。
グッ?
 青竜がその長い首をかしげた瞬間、白虎はその身を丸めさせ回転させる。
グオァァァ…。
 青竜がうめく中、白虎はその勢いで青竜の戒めを解き、外に飛び出す。それを視界に入れた青竜の目がハッと見開かれるが、
ダッ!ダッ!ダッ!
 白虎はすかさず近くの崖に飛び移ると猛然とした勢いで駆け上がる。青竜はそれを見てなぜか安堵の表情を見せるが次の瞬間、
ウワゥォォォーッ!
 崖の上に立った白虎の咆哮から放たれる衝撃に身を押される。その勢いはまさに山から吹き下りる突風の様であった。
グゥオッ!
 青竜は被りを振ると猛烈な勢いで天に上る。
ブォォォーッ!
 口から激しい炎を吐くが白虎はそれを分身するかのごとき動きで回避する。
ビュッ!ガッ!
 白虎が動きを止めた瞬間、青竜はまさに星が落ちるように白虎に体当たりを決める。白虎はよける間もなく青竜もろとも崖から崩れ落ち、そのまま真下の湖にまっさかさまに落ちてゆく。
バッシャーン!
 両者は再びもつれ合いながら水中深く沈んでゆく。本来なら青竜の方が有利ではあるが体当たりの勢いでバランスを崩した青竜は体勢を立て直すのが精一杯である。それを突くかのように辛くも体勢を立て直した白虎は青竜を抱き抱えるかのように水面に上がる。
 水辺に上がった所でようやく体を立て直した青竜はそのまま白虎から離れるとそのままバネのように身を縮める。白虎もそれに応えるかのように身を低く構える。そして両者は…激突した。

「ハァハァ…。」
「フゥフゥ…。」
 激突からどれだけ時間が立っただろう。青竜と白虎は互いに体中で息をしていた。いつの間にか青竜も白虎も体が短くなり、両手足が長くなっている。とりわけ青竜はタテガミはやや短くなり、全身が細く丸みを帯びている。さらにその腰は少しくびれ、胸にはやや大きめのふくらみが浮かんでいる。
 オスの虎人となった白虎とメスの竜人となった青竜はどちらからともなく歩みよると背中合わせに座り込む。しばし両者の間には沈黙が流れたが、互いにどちらからともなく、
「…わ、悪かったな…。」
「…こ、こちらこそゴメンね…。」
 と声をかけ合う。
「…だって、会ってそうそう「おれの好きな球団が優勝した」と言って、延々その球団の自慢話ばかり…それに、わたしが好きな球団まで悪く言うんだもの、さすがに怒るわよ。」
「まあ、確かにお前があの球団のファンだったって事は知ってたけど、つい嬉しくなってはしゃいじまってさ…。」
 そう言いながら白虎はガクンと頭を下げる。しかし、
「でも、お前もあそこまでキレる事なかったんじゃないか?おかげで見ろよこの傷…。」
 とワザと体中に負った傷を見せる。青竜も負けずに、
「それを言ったらあなただって女の子の体を傷ものにしたのよ。ここじゃなくったって「責任取って」と言いたくなるわよ。」
 と傷を見せる。
「なんだよ!」
「なによ!」
 そう言いながらにらみ合うが、ほんの数秒で、
「プフッ…。」
「クスッ…。」
 どちらからとなく笑い出す。そして、
「改めて…悪かったよ。」
「ホントに…ゴメン…ね。」
 そう言って肩を抱き合った。そして…。
ペチャペチャ…ピチャピチャ…。
 互いが互いに傷を舐めあい出す。さながら壊れた鎖を繋ぎ併せるように…。そうして行くうちに青竜と白虎の体は舐めた所から溶け合うように混じりあう。そして溶け合いながら一つの卵のような姿になる。その中で二人は互いの「本来の姿」で向き合うが、互いに手を伸ばそうとした瞬間二人の意識はかつていた場所に引き戻されていた。

「ふぅ…。」
 ベッドの上で卵の中にいた時と同じ様に一糸まとわぬ姿で丸くなっていた水木香澄はまだだるさの残る体を起こす。
「うっ。」
 本当は傷一つないはずなのになぜか痛みが走る。でも、今となってはどこか少し愛しい。軽く微笑みながらすっかりたたまれている巻物を片付け、シャワーを浴びに行く。
 そして、寝間着をまとい雫の残る髪を拭いながら部屋に戻り、ふとパソコンをつけるとメールが入っていた。その内容を見た香澄はクスッと微笑むと、パソコンに入っているインターネット対戦野球ゲームをスタートさせる。相手はもちろんさっきまで傷まみれで戦っていた「大好きな宿敵」である…。


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