月見の正装カギヤッコ作
ガサッ、ガサガサ…。
人っ子一人いない夜の森。普段は決して人気がないと言う訳でもないが今のわたしにとってはお気に入りの「秘密の場所」なのである。その中でもとりわけ人の足の届かない奥へとわたしは進む。普段ならまともに迷うどころか進む事さえままならないのだが、今のわたしにとっては隣の家に行くように簡単に進んで行く。
そして、わたしの足は茂みを抜け木々を抜け、木々に覆われた広間のような所に出る。
「わぁ…。」
雲一つない夜空に大きく輝く満月。その輝きがわたしを包む。うっとりとその感覚に酔っていたわたしだったが、こうしちゃいられないとばかりに慌ててバッグを木陰に放り投げ、靴を脱ぎ捨てるといそいそと上着に手をかける。
ブラジャーごと脱ぎ捨て、そのままズボンをひき下ろす。ショーツごとつかんだらしく、ズボンを脱ぎ捨てたあとには生まれたままのわたしが静かにたたずんでいた。普段のわたしからすればまずやらないような大胆な行動だが、ふと見ると脱ぎ捨てた服を慌てながらもたたんでバッグの中に入れてしまう。改めてバッグを木陰に置くと、ゆっくりと広間に立つ。
「ああ…。」
素肌全体で月の光を受ける。冷たく、それでいて暖かい光が体を包む。気持ちよさに包まれながらわたしはゆっくりと体を抱きしめる。
「はぁ…ああ…ふぅ…はぁ…。」
そのまま全身で大きく呼吸をする。森の中で月明かりに照らされながらたたずむ裸身の女性…なかなか絵になる光景だが、わたしの中では少しずつ熱い何かが高まりつつあった。
ドクン。
「うっ。」
来た。心臓の鼓動が一瞬大きくなる。
ザワ、ザワザワ…。
ムクッ、ムクムク…。
素肌から少しずつ産毛が伸び出し、長く太くなって行く。同時に肌も固めの弾力を帯びながら大きくなって行く。
「うっ、ぐっ、うあっ…。」
変化の勢いに絶えられず肘をついてしまうが、変化はさらに容赦なく襲う。
ピクッ!ピクピクッ!
耳がとがり、長く伸び始める。同時にお尻がムズムズし出すとそこから尻尾が伸び出し、みるみる毛に覆われてゆく。
「はあ…ああ…ああ…。」
剛毛に覆われた両腕を体から放す。既に両手には獣の爪が伸びている。言うまでもない。わたしの体はどんどん狼に変化しているのが感覚でわかる。地味でおとなしい人間としての偽りの皮を食い破りたくましく獰猛な本来の自分である狼の姿が現れようとしている。
ムクッ!
「ウッ!」
足の間から何かが盛り上がる感触を覚える。人間の時から毛皮に覆われているそこから小高い塊が生えている。
「あはぁ…。」
それをみつめるわたしの顔は淫卑な快楽に満ちている。こんな顔も普段ではしない顔だ。
「うふふ…今出してあげるからね…。」
わたしはそう言うと爪で引っかけないようにその塊をつかむ。
ニュン。
「あんっ。」
甘い声を上げながらわたしはそれを両手でつまみながらゆっくりと伸ばしていく。
ニュッ、ムニュッ、クニュッ…。
「うっ、あっ、あはぁ…。」
わたしの手の中で塊はどんどん長く、太くなって行く。そしてそれと同時にわたしの顔はと言うと鼻の真ん中が黒く染まり、顎全体がジワジワ伸びてゆく。そして、腹筋がどんどん硬くなり、そこそこだった胸の膨らみも胸板の中に消える。
「アア…アォッ…ウオッ…」
既に口から漏れるのは狼の吼え声であり、意識もただ獲物を食い、メスを襲う事ばかりに染まっている。人間であるがゆえの抑圧された感情を打ち破り、獣の本能に身を任せたい。そんな高ぶりがわたしの中で満ちている。
そして、その高ぶりが頂点に達した時…。
「ウォォォォーッ!」
人間としての全てをイチモツから絞り出す感覚と共にわたしは咆哮を上げ、地面に倒れた。
「フゥ…フゥ…ハァ…。」
変化と放出の影響かさすがにオレも起き上がるまで時間がかかる。
「よっこらしょ。」
それでもようやく起き上がると大地にシッカリと足をつけて立ち上がる。
「フゥ…。」
改めて月に照らされたオレの体を見る。筋肉質でこそないが並みの人間のオスよりもたくましい体格に全身を覆う見事な獣毛、そして股間からたくましくそそり立つイチモツ…。荒々しくも美しいオスの狼人の姿がそこにある。
「フゥ…。」
改めて息を吐き、首を回す。そうしているうちに気持ちが妙に落ち着いているのがわかる。全身に獣特有の野生の気とでも言う奴がみなぎってはいるのだが、さっきまで高ぶっていた「食べたい、やりたい」と言う気持ちはおどろくほどすっきりなくなっている。
実はこの感覚、始めて狼に「戻った」時から感じていたものなのだ。変わる時は獰猛なまでの感情に支配されるもののいざ変わり切ると人間だった時以上に心が落ち着いてしまう。よく「獣になると野生の本能に支配される」「人間として抑圧された感情が獣化する事で過剰に吹き出される」と言うが、実際変わった身から言うとどうやらそれは獣と人間、両方の持つ野生と言うか凶暴な感情が交わってしまい、それが両者の持つ理性を越えてあふれ出したからだと言いたい。
幸いオレの場合は人間の時、おとなしい性格の割には押さえ込んでいた感情がそんなになかったのか、そんなに獰猛な感情は湧いてこない。あえて言うなら自己認識が「人間のメス」から「狼のオス」に変わっていると言う位である。それを自覚した時、安心した半分どこか残念に思ったのは贅沢な悩みだろうか。
ま、人間だろうと狼だろうとおとなしい時はおとなしいし荒っぽい時は荒っぽいと言う事だ。
「う、うぅ〜ん…。」
オレは大きく伸びをする。まったく、せっかくの十五夜だと言うのに難しい話をしてしまった。夜は長い様で短いのだから。
オレはフッと満月を見上げるとバッグの前に立ち、静かに開ける。中からペットボトルに入った白酒とタッパーに入った団子を取り出すと静かに地面に置き、用意していた小皿に取ると静かに月を見上げながらいただいていた…。
「クシュン!」
木陰に体を預けて休んでいたわたしはくしゃみと共に目を覚ます。涼しくなった朝の空気は人間の肌にはつらい。
「ふぅ…。」
あれから一晩走り回ったせいか、全身を心地よい疲れが包んでいる。この感覚が今のわたしにはかえって気持ちいい。いつまでもこうしていたいけど、さすがにそうも言っていられないのが人間のつらい所だ。ため息混じりに名残惜しそうにバッグに手を伸ばそうとするが、そこで妙な違和感を感じる。
「…何やってるのよわたし…。」
寝つく前にやってしまった行為を思い出し呆れ半分赤面半分の気持ちの中、わたしは顔に被っていたショーツを慌てて引き剥がし、足に通した…。
おわり
小説一覧へ