共鳴カギヤッコ作
   カチャリ。
「はぁ…。」
 風呂から自室に戻ってきた少女はようやく一息つく。中学生になって数ヶ月。どうにか学校にも慣れてきたが、やはり勉強やら部活やら色々大変な事が多く、小学校以来の友達ともなかなか会う機会がない。
 そんな彼女が息抜きのために始めたのがネットゲーム。特にお気に入りなのは「バードライフ」と言うゲーム。ヘッドディスプレイ越しに鳥の飛行を追体験できる早い話フライトシュミレーターの鳥版である。まだ幼さの残る心と体に相応のストレスを溜め込む彼女にとっては最高の息抜きであった。その日もいそいそとパソコンを立ち上げ、ディスプレイを被り、コントローラーを操作し、ゲームを始める。
一瞬、画面が暗くなるが、チュンチュンと言う音と共に画面が揺れ、暗闇にヒビが走る。
パリン。
 遂に暗闇が消えた時、そこには無限に広がる青空があった。そして体を見回すと、そこには可愛らしいくちばしと濡れた羽をたたえた一羽のヒナがいた。
「わぁ…。」
 何度も見ている姿だが、彼女にはいつ見ても感動の一言である。例え仮想世界の中の偽りの姿でも、ディプレイを外せばパジャマ姿でコントローラーを握る元の自分がいるとしても…。少なくとも今の彼女にとってはこの鳥の姿こそ「彼女自身」なのだ。
 ヒナの姿ではまだそんなには飛べず、ほんの少し近くの木々を飛ぶのがやっとである。それでも彼女は懸命にプレイする。あたかも本当に飛ぼうとしているかのように。そして、ヒナの時期は過ぎ遂に画面の中の鳥―彼女自身は遂に大空に羽ばたく時を迎えた。
「よぉーし。」
 彼女は大きく息をしてコントローラーを握り直す。画面の中の鳥―彼女は大きく翼を広げ羽ばたきだす。大きく羽ばたき、勢いを付ける。ここで失敗する訳にはいかない。ボタンを操作してパワーゲージを調節する。勢いが頂点に達した時、
「行けっ!」
 ボタンを押す。
  その途端、鳥は大きな鳴き声と共に羽ばたき、木の枝を蹴って飛び上がる。慣れた手つきで翼をはためかせて風に乗ろうとする。実際、彼女は当初何度もここで失敗して涙を飲んでいる。それゆえに「かつての彼女達」に報いる為にもここで負ける訳にはいかない。それが通じたのか、

ブワサッ。

 彼女は遂に風に乗った。本当は感じないはずの風がゲームの外の彼女の心を押し上げる。
「わぁ…。」
 風に乗り、時おり羽ばたきながらゆっくりと空を飛ぶ感覚、そしてその視点から見た景色は仮想のものでありながら彼女の心をときめかせる。
不意に、画面に「オートモード選択」と言う表示が出る。どうやらコントローラーを動かさず自動的に飛んでくれるモードのようだ。彼女はすかさずモードをオンにする。これで時間まで画面の中の彼女は飛び続ける。そして彼女はコントローラーを置き、ゆっくりと椅子の背もたれに背を預ける。
 画面の中で果てしない地平線の彼方へと飛び続ける鳥の彼女。そしてその視点を通じて感覚を共有する人間の彼女…風を切り、宙を舞う感覚の中彼女の体は飛翔の高揚感に酔い、いつしか二つの彼女は一つになっていた。
「ああ…とっても…気持ちいい…もっと…飛んでいたいな…。」
 そして、ゴールの直前、画面の中の彼女は大きく空へ飛ぶ。
「はぁぁぁぁぁぁぁ…。」
 それに合わせて彼女も声を高めて行き…。
「あっ。」
 頂点で鳥が鳴いた時、それに合わせて彼女も"鳴いた"。そして、鳥は静かに木の枝に降り、翼をたたむ。そこで鳥の彼女と人の彼女の視点は二つに別れ、人の彼女の目にはゆっくりと羽を休める鳥の姿、そしてゲームクリアを告げる表示が浮かんでいた。
「ふう…。」
 一息ついて彼女はディスプレイを外す。そのあと彼女はいつの間にか自分が生まれたままの姿になっているのに気付いた。見渡せば脱ぎ散らかしたパジャマやショーツが乱れている。顔を赤らめながらあわてて服を身につけようとした時、足にトロリとしたものが流れる感触を覚えた。透明な液体、そしてその中に…。

 翌日、彼女の家ではお赤飯を炊く事になった…。


おわり
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