夢と現に狐な話・後編 冬風 狐作
 一連の流れは孫之丞にとり、肝が冷えるどころの騒ぎではなかった。何せ今、案内をしている相手は国家老の招いた賓客。故に何か失礼な事でもあったなら、としていた矢先に制止を聞かずに瀑布へと近づいてしまうその姿。地元の者であるからこそ、どこまでが安全かと言うのは大体は把握している。
 よって後ろから慌てて駆け寄り、それより先に行くのは、とした時であった。そのまさかが起きてしまったのは、そして彼もまた巻き込まれたのもまた事実ではあり、結果として書くならばそれが功を奏した、となるがまずは何が起きたかを書かねばならないだろう。
 まずその谷村が誇る名瀑布たるその滝には古来より龍が棲まうとの伝承があった。勿論これは全国各地随所にある伝承と根本的には同じ、と言えようが孫之丞は良く土地を知る者であるからこそ確かなものであるとの確信があった。
 しかし実際に見た事はない。それでもこの滝から一定の範囲に入り込むと時として棲む龍の興味を惹いてしまい、とは古老から聞いていたもの。そして時たま発生する、恐らくはその内側に入り込んたが故に行方不明となった者の話を総合すれば、それこそ龍の領域に取り込まれてしまい帰って来れない事態になる、それは確信出来るものだった。
 よってそんな事が今、案内している客人に起きたらどうなってしまうか、それはもうとんでもない事になるのは明らか。よって孫之丞は制止を受け止めずに滝へと近づいてしまう芭蕉を止めようとした、一気に湧き上がる感情と共に、となったのはそれだけ必死だったが故の致し方ないもの。

 故に彼もまた、その先はいけないと認識している目には見えない内側へと入り込んでしまう。正にそれぞれが禁を犯してしまったその時だった、彼もまた芭蕉が感じたのと同じ凍える様な冷たさを得たのは。そしてそれが全身へと満ちていき、強い鈍痛へと変わりながら体の輪郭が綻ぶ様な感覚すら得た。
その時に孫之丞の片手は芭蕉の肩へと触れていた、それが故か孫之丞の脳裏にふと別の物が見えてくる。正確に書くならもうひとつの眼が生じたとなろうか、幾らか違う位置から滝を見ている、即ちそれが客人の見ているものであると彼は途端に理解した、いやそう理解出来てしまえたのだ。
 もう脳がどうにかなりそうと書くは容易いが正にそれ、全身を満たしきった冷たさ転じた鈍痛で同時に体が沸騰せんかの様な感覚を彼も、また芭蕉も得ていた。ただ違うのは孫之丞はその身が膨張する感覚となっていたのに対し、芭蕉はその身が縮んでいくと真逆の状態になっていたのである。
 互いに言葉にならない違和の感覚を共有すらしつつ、その外見は人から別のモノへと化していく。まず芭蕉の体は大きく丸みを帯びた後、今度はひとつの棒状の姿へと変わる。合わせて孫之丞の手に腕はその棒状の何かへと化していく芭蕉を掴むほどに大きく太くなる、そしてその表には真っ青な色が、鱗が生え揃っていく。
 如何にもそれは人ならざる外見への変化であった、しかしながら彼の腕が逞しさがあり鱗に満ちたものとなる頃には掴まれていた芭蕉であったはずの棒状のものもまた姿を整え行き、外見に名残すら残していない。それは持ち手と刀身からなる剣たるもの、抜け身ではあって持ち手の部分に飾りすらついている豪奢さのあるそれとなった姿があった。
 しかし孫之丞の変化はまだ終わっていない、剣と化してしまった芭蕉を掴む腕の変化と連動してその身はひと回りもふた回りも大きくなり、顔も形が変わっていく。丸っこい人のそれから突き出した先の鼻腔、そして大きく開く口の内には牙と長い舌が見えている。
 背中へと目を向ければいつの間にやら大きな尾が鰭と共に生じており、それが大きく地面を打った時、その瞳が開かれた、それは大きな眼にて金色に光っていたのは言うまでもない。時にそれは龍と呼ばれる者の姿のその通りで、後世の言葉を用いるのであれば龍人とするが相応しかろうがわずかな間にそこにいた芭蕉と孫之丞の両名は一振りの剣とそれを握る青龍と化してしまった、それだけは確かなものだった。

 さて、これでは孫之丞が芭蕉を失ったとの処分から逃れられるかもしれないが、そもそも孫之丞自体も失せてしまい谷村の藩庁以下の騒ぎとなるのは明白なもの。しかし歴史は刻まれ、それは我々が知る物と変わっていないとなれば何かしらの事が起きて、要は修正されたとするが妥当なものだろう。
 よってその異例な事、即ち瀑布直下も近い場所にて芭蕉と案内の孫之丞の両名が片や剣、片や青龍と化してその事実をそれぞれの自我が認識出来ていない時、そこから幾らか上に上がった鳥居の内にておかしさに気付いた者がいた。
「おや何か生じたかぁ、くわぁあっ」
 そこは清水湧き出でる傍らに構える稲荷の祠、流れては至る水の先より時ならぬ覚えのない力が伝わって来たのに、そこに稲荷として祀られて棲まう狐は丸くしていた体を解しては大きく口を開けた。しかし今にも鳴かんと言うところで、そのまま口を閉じる。そして大きく跳ね上がるなり、それはヒトの体格となる。勿論顔は狐のまま、幾らか白さを帯びた毛並みの奥で金に輝く瞳を細めるなりまた大きく跳ねた。
 それは見事なもので、辺り一面を空の上から見渡せるもの。即ち、先に水を通じて感じた違和の元はどこかと滞空してしばし探すなり認めたそちらへと急降下していく。
 その際にその身には甲冑が纏われていく、それはいわゆる武士のものではない、もっと古い神代の頃のもの。合わせて生じたる腰の剣をサッと抜き、いよいよ速度を上げていった先にはまだその場で固まったままの青い鱗に覆われた、あの孫之丞転じた青龍の姿があった。
「これはこれは…キャンキャンキャン!えい、馬鹿たれ、目を覚まさせたる!コン!」
 神代の頃の武人に相当する姿となったまま、狐は一気にその剣の先を青龍へと突き立てる。それこそ輝ける剣はその鱗をものともせずに突き刺さった瞬間、辺りは全てが白く包まれた。
 それはとてつもない冷たい冷気であった、触れたものをそれこそ凍らせるほどの中で急激に拡散されていくのと対照的に狐の刺した先、即ち青龍と化していた孫之丞の肉体は急速に本来の姿へと戻り、それは剣と化していた芭蕉へも及んでいく。それを認めるなり、狐は自らの髭を握って抜き去るなり、両名の体の中へと息に載せては吹きかけて沈めていく。
 もし芭蕉と孫之丞、それぞれに意識が戻っていたならば今度は強い熱を全身に感じていた事だろう。そしてそれは一旦、滝の気に犯されてしまった者を元に戻す為の荒療治、即ち稲荷の土の気を注ぎ込む、それが故の熱であった、と触れねばならない。
 そもそもその水の気がこの滝に棲むとされる龍の正体であった。より言うならば更に奥に棲まう龍から漏れ出でたる気をある程度、浴びてしまうと近づいた人も獣もそれに捕らわれて本来の姿を維持出来なくなる、それが実のところの話であった。
 大概はそのまま水やらと一緒になってしまい、文字通りに行方知れずとなってしまう。しかし今回は芭蕉と孫之丞のふたり、かつ、と狐は思った。恐らくは剣と化していた、即ち神具と化せるほどに強い何かを負った者がいたからこそ孫之丞が青龍、正確には蛟と化して済んだのだ、即ち水となって消失してしまわなかったからこそ異変を察知して駆けつけられたのだ、と狐にして稲荷の彼は分かっていた。
「然るに、この者を無事に戻さねばならんと言う訳だ…さて、これ起きよ、これ!」
 滝に交じる水の気にやられ、逆に言えばそこで狐が稲荷として介入したからこそヒトの姿に戻れた芭蕉と孫之丞。その2人を岩に寄りかからせつつ、とにかくはその耳元で狐は大きく声をかけた。それが効いたのか、幾らかうめき声が2人から漏れだす、顔の血色も悪くはないほどでもう直に目を覚ますのは確実なものだった。
 途端にそれを確認した狐は、その武人の姿のまま大きく頷けば2人の頭をそれぞれの手で撫でるなり大きく跳ね上がり、またその場を去って己がいるべき祠へと帰っていく。段々と姿を元に戻しつつ、大きく「コン!」と鳴き声を谷村の一帯に響かせては、鳥居の内へと収まりてまた静かになったのであった。
 そして何か、と気づいた人がいたのかもしれないが、その日の夕刻には寓居にて芳賀と食事を共にする芭蕉の元気な姿があったと言う。また寒さが緩み何とも過ごしやすいものだと、その晩を谷村にて過ごした人々はみんな思ったものであった。

「…あ、寝てた?」
 終点だよ、の声に起こされて目を覚ませばそこは終点の駅であった。起こしてきたのは車掌で、忘れ物がないかだけ確認しながら慌ただしくホームに降りた私は、鞄の中に入れた野ざらし紀行を整えつつホームにある発車標を見上げる。
「7時58分が高尾、そして8時19分が河口湖、か」
 何だかまだ頭はぐるぐるとしていた、何か誰かと話し込んでいた気がする、その内に何とも濃い情報が頭に流れ込んできた感がして気が付いたら終点の大月に到着していた。
 折り返そうか、それともと私の頭の中ではその表示の内容を反復しながら判断が割れる。正直、今日の当初降りる駅は過ぎてしまった。
 しかし今日、どうしてもそこに行かねばならない訳ではなかったし、それよりもそう今は夢と解釈するしかない、今の今さっきまで溶け込んでいた世界により触れたさがあった。そう河口湖、即ち途中には谷村、そして芭蕉と滝、それ等を一直線に脳内でつなげつつ私はスマホにササっと打ち込み、そして確信した。行ってみよう、と。
 確かにその河口湖行の列車が行く先には滝があった、その名も田原の滝、そしてそこは松尾芭蕉が詠んだ句が伴われるのだから。

 勢ひあり 氷消えては 瀧津魚

 なお滝の最寄り駅を谷村だから谷村町と思い込んで誤って降りてしまい、余計な距離を歩く羽目になったのはまた別の話である。
「おっと、あの人間達に埋めた髭を抜き忘れたな…ま、加護にはなるじゃろ」
 そう、しばらくしてからそう言えばと鳥居の奥で思い出してあくびする狐と実に一緒であった。そしてそれは滝の先にある小さな稲荷社を詣でた際に不意に浮かんでしまったもので、怖さだとか奇妙さは一切感じず、何故だか頷いて微笑んでしまう私の姿がその鳥居と祠の間にあった。


 完
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