「急な誘いにのせられて」冬風 狐作 「鈴華美影の不可思議な日常」二次創作
「あーもう久々に来はったと思ったら、なんや、もう訳わからへんな」
 鈴華美影はもう苦笑いを浮かべるしかなかった、そう訪れた相手から乞われた内容に対して内心では本気か?と浮かべつつ、続く言葉へと彼女は耳を傾ける。
「いやぁ、失礼な事とは承知しつつ、ここはひとつどうしても貴女にしてもらいたいのですよ、美影さん」
 焦りだとかそうした色の乗らない言葉、過度に大声でもなく小さくもなく聞き取りやすい平易な内容はそれとは裏腹にもう半ば決まった事ですので、との強制的な側面を多分に含んだものだった。
「むしろ急な事過ぎてあなたでないと務まらないよね、と言うのが私共の結論です。よろしくお願いします」
「いやいや、そこは待ってって!ウチにも都合って言うのがあるし、話が急すぎるやろ?」
 まだ顔を合わせて、つまり面と向き合ってからそこまで時間は経過していなかった。数値として示すならば30分も経っていない、下手したら15分が良い所を頃合と言わんばかりに話を切り上げ、軽く腰を浮かせかけた相手を美影は思わず制してしまう。まだ座っていて、と口にしながらその肩に手を置いたのだがすぐに気付く、あかんハメられた、と。
 相手の顔ははっきりとは分からない、何故なら白い半狐面にて顔の大半を覆っているからとなろう。だからこそその覆いの下に含まれていない口元の動きが相手の気持ち等を把握するに当たり重要となるからこそ、美影もまたそこに注目せんと視線を向けたのだった。
 しかしそれは遅きに逸した、としか言えない。その唇が大きく歪んだのを認識した瞬間、彼女の体は逆に突き動かされて背中から畳へと打ち付けられていたのだから。
「はは、本当に…相変わらず、こうしたやり取りには弱いですねぇ、美影さん」
 見た目から感じる華奢さからは思いも寄らぬ強い力にて美影は半狐面の相手に組み伏せられていた。特にその四肢に力を入れる際に使う筋だとかを見事に制してくるものだから幾ら高名な退魔師とは言え中々に主導権を奪い返すのは至難なもの。何よりその内心は動揺、即ち見当違えて相手のペースにまたハメられてしまった事に対する悔いの気持ちが駆け回る事によって穏やかではなかったから、ますますその形勢の逆転には不利な材料が積み重なるばかりであった。
「くぅ、だからやめてって…な!」
「無理です、じゃあ時間もないので始めましょう」
「あっやめっ!?」
 私達は急いでいるのです、分かりますね?とは言葉にこそされなかったが、その半狐面に見える瞳の輝きから容易、と言うのが優しすぎるほどに強く示されていた。
 そしてその色を見た途端に美影の体から力が抜けて行く。それは纏っている衣服にも及んでいる様で単に宝が抜けると言うよりも美影とその身に纏われている一切合切が個々の独立した存在であるのを放棄して一つに纏まっていく、と評するのが適当なものだろう。
「ひ、やめ…っ!」
「もう抵抗するほどの力も…ええ、ありませんね、ふふ」
 息すらもどこか辛さを覚えつつも抵抗の姿勢を見せる美影、しかし組み伏せていた半狐面の体が離れても起き上がる事は出来ない。それを半狐面はとても愉快そうに評しながら、懐から取り出したお札をひとつ示すなり、軽く息を吹きかけて美影の鼻筋の上へとこすり付けた。
「んひぃ!?」
 途端に美影の体が痙攣し、その動きは水面に同心円状に広がるさざ波の様だった。つまりヒトと服と言う個体が流動性の高い、つまり半ば液体の様になっていて鼻筋にこすり付けられたお札はその波に呑まれて沈んで行ったのだから。そして次なる瞬間にはそれ等が再び密度を高めていくのが手に取る様に分かってしまう。そう、一度は失いかけた個々の独立した存在との要素はより分かり易く言うならその輪郭が再び確かなものとして再獲得されていく。
 しかしそれ等によって何もかもが元通りとなる訳ではない、それは全てを合わせたひとつの個体として合わさっていく過程がより可視化されただけ、とも言えるだろう。
 即ちそれは新たな体の構成だった、そうでなければ平板的な人の顔が大きく上に向かって尖る様に伸びて行く事等ないだろうし、その肌色が白いキャンバスの如く様々な色に染まりきってしまう事もないのだから。

「ふふ、効果覿面、良い感じ。とにかく全てが終わりましたらちゃんとお礼はします。ですからお願いしますね、美影さん」
 小さく呻きながら変貌していく美影に半狐面は抑揚のない言葉を投げかけては軽く腕を組む。
 その内から向けられる視線の先に見える姿で唯一以前から変わらないのは腰の辺りまで届く紫のロングヘアー。しかしその頭頂部の両脇からは黒い三角形の突出しが現れていて、変わった形のカチューシャにも見えるそれは新たに獲得された美影の体の器官のひとつ、即ち狐耳であった。
「はー…っ!う、コヤ…ッ…!」
 大きく突き出た、つまり顎と鼻が顔面からマズルと言う器官となって獲得された口から漏れる息遣いにはかすかに鳴き声の様な響きが混じる。湿った紫を帯びた黒い鼻先はその個体が元気なのを示しているだろうし、そしてその顔面全体は明るい黄金色とも言える豊かな毛並みにすっかり覆い尽くされていた。
 そしてそのまま毛並みの流れは首から下へと続いていく。言うなればVネック状の切れ込み様となった境目には朱の筋がその形のままに走る。その下となれば腰までの胴の広範を純白の毛並みがより厚みを伴って包んでいるもので、あとの大半は脛までが胸元に走った色合いに等しい朱の毛並みに覆われている姿に彼女はすっかり変貌を遂げていた。
「ふうん、良かった、悪くない毛並みに落ち着いたわ…朱に白のバランスも良い具合でめでたい仕上がりね」
「な…何がめでたいんや」
「あら、もう喋れますか?流石は美影さん、でも起き上がれそうにはないので…ひとまずその姿を見て落ち着いて下さいよ」
「な、何を…って何勝手にウチを狐にしてくれて!?それにこの色合い、まんまウチの服装やないか!」
 美影はすっと半狐面が差し出した鏡に写る姿に大きく叫んだ、そしてその通りであるとそれは肯定を以て返される。
「ええ、そうですとも。ちょっと今回は我々にとっても急な事とはご説明した通りですが、故に美影さんが普段纏われている巫女服をそのまま体として活用させて頂きました。とても上手くバランスが取れた毛並みに仕上がって、まぁ定着でしょうか、本当に良かったです」
「な、なんやて、ヒトをモノの様に…もう早く元に戻してって!それに何で起き上がれんの、ねぇ?」
 手足をじたばたさせるが起き上がれない事に美影が言及すれば、返ってくるのはただひとつ、当面は私の眷属として動いてもらいますからご承知を、との半狐面の言葉。そして次なる抗議の言葉を吐き出す前に起きなさい、との指示が一言飛ぶなり、その体はしゃんと起き上がり正対する様に直立してしまうのだから。
  「ふふ、それで良いのですよ、美影さん。それに少し静かにしていて下さいね…じゃあ行きましょう」
 半狐面は途端に大きく柏手を打つ、すると美影の意識がどこかぶれて抵抗、もとい自らを前面に出して思考する部分が閉ざされてしまう。その内に残るのは強められた従順さであった、そして呼びかけに軽くうなずいたのを見るなり空間にできた丸い歪みの中へと半狐面は彼女を誘い、お使い狐と化した美影はただ従う。
 その歪みの中は長く続く石畳の道の様だった。そしてその中へ先に入った半狐面に続く彼女の白に朱い筋、即ち纏っていた白いタイツが肉体と定着したが故の毛並みの足が二尾の朱い尻尾と共に消えるなり、その歪み自体も何の痕跡も残さずに滅する。そこには夏の始まりの風が走る主のいない美影の自室が広がるだけだった。


 完
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