東の国の憑神事情・猫乃のクリスマス・第6話 冬風 狐作 鈴華美影の不可思議な日常・憑神事変二次創作
「なぁ、おかん」
「なんや、美影。どうしたん?」
 夕食後のひと時、巫女としての役目も一通り終えた美影は椅子に腰を下ろしてお茶を飲みつつ、のんびりとしている母親―鈴華沙雪にふっと声をかけて、少し離れた場所に腰を下ろす。いつもは一緒にくつろいでいる猫乃は湯浴みへと行っていていないのもあって、美影にとって母親とふたりっきりで話をするには好都合であった。
「いやぁ大神さんからまた手紙が来てな、いやぁ、冠東って本当、私らの冠西と違うなぁって思えてなぁ…同じ国なのにどうしてこんなに違うんやろ?」
「そら、そうよ。東と西だもの、でもまぁ、そうやねぇ…大きいのはあれやろ、あの八葉山大噴火、あれで大きく変わったとは聞いとるよ」
 お茶に一口着けてから沙雪は思い返す様に答える。
「ああ、やっぱりそうなん?大神さんもその辺りの事を書いていてなぁ、ほら、私の生まれる前の話やろ?だからその前がどうだったのか、実感が持てなくておかんに聞いたんよ」
「大神さんも確か、あの大噴火の後に親御さんに連れられて冠西に移住してきたんやろ?」
「そうそう、そう書いてあるんよ。なんや、おかん知っていたのか」
「そりゃそうに決まっとるでしょ、あの時、東から西へ多くの亜人が移住してきはった、あの時に私もその手伝いしていたんやから。その時に、大神さんのご一家と知り合っての仲なんよ」
 それは意外な事実だった、そこまで大神さん、ないしその一家と母親が関係があったとは知らなかった美影は感心した顔しか出来ない。最もその後は母親から知らない事実を聞く、よりも大神さんからの手紙の内容を母親に教え、それについて説明してもらうとの具合になっていったから、それ以上に大神家の事に踏み込む話にはならなかった。

「今回、治療、もとい処置を受けるのは22歳のヒトの男性、身分は…大学生です」
 さて、その大神となれば窓硝子越しに処置室と呼ばれる空間を見下ろせる場所にいた。見下ろせる空間は手術室の様になっていて、ちょうど中ほどに横たえられている人間の姿もある。そこには胴体を中心に幾らかの配線の繋がった吸盤、そして頭を覆うヘルメット状の器具が取り付けられていた。
「意識は半覚醒に近くありますが…まぁこの後一時的に失われますがそれは当然のものですから問題はありません。ご覧の通り、既に腹部には憑神の紋様が浮き上がっている状態です」
 解説しているのはこの処置を担当している冠東の退魔師、それも珍しいとされる亜人たる狐族の者であった。ここまで大神を連れてきた担当者は傍らに立って傍観しているとの具合で、彼と同僚はその説明を聞きつつ、手渡された「部外秘」との文字もある資料に熱心に目を通していた。そう、今日は冠東流の憑神対処法の実例を見学に来ている、そんな具合であった。
「普段の処理にあたるのは実際に医師免許を持った者、最もある程度退魔師としての素養もある者に任せています。彼らは優秀ですし、何かあった時に表向きは医療としていますから、対応も容易となりますからね」
 あくまでもこれは退魔の仕事であって憑神退治ではない、との強調が繰り返されるのが印象的であった。少なくとも建前としてはそうなのだから、との考えがあるのはこれまでも感じていたものであるが、ある程度の地位にいる、それも大神に取り久々に見かけた亜人の退魔師がこうした言葉を断言する様に放ってくるのは、矢張り西の感覚に慣れた身としては不思議で仕方なかったし、思わずその脳裏には比較する対象として鈴華神社の面々の姿を浮かべてしまったものだった。

 そうこうしている内に「処置」が始まった。準備が整った事が伝えられると、亜人たる狐族の退魔師が開始を指示する。
 するとどうだろう、眼下の処置室にいる2人の医師の片方が配線が全てまとめられている機械のボタンを操作するなり、不意に横たえられている人間の体がこれだけ離れていても分かるほどに震えた。痙攣する、とまではいかないにしてもある程度のショックが加えられているのは明らかなものだった。
「処置が始まりました。まず行っているのはあの人間の体内にある憑神、それを人為的に目覚めさせているのです」
「つまり、憑神の魔力を発現させてる?」
「そうです、意識の中にてあの人間が憑神に憑かれる原因となった願いと共に発現させます。仮にそのまま放置していたら、それでは単なる憑神化ですが…当然この過程をたどる事でそうとはなりません。何故なら、私達はその願いが何かを把握しています。よって、どう対処すればかは見当を付けてありますので適当に目覚めさせて、言うなれば良い頃合で捕える、それが冠東における憑神退治、もとい処置です」
 目にはっきりと見えるようには性質上、どうしても出来ないのが残念ですが、と続けつつ退魔師はほら見て下さいと言う。今、その最初の段階が終わりましたから間もなく、あの体に特有の「勾玉」が複数生じますよ、と添えてであった。

 処置を受けている彼の意識はヘルメット状の器具による暗闇の中、最初の不安が次第に溶解したもので、今となっては正にまどろんでいる具合になっていた。
 そのもどろみがもうこのままで、ただこのままでいても良い位の気持ち良さを強く彼に抱かせた時だった、その頭にピリッと刺激が走ったのは。目隠しの機能も兼ねているヘルメットの下で軽く眉間にしわを寄せてしまいつつ、そのまま起き上がる気にはならない。むしろそこを頂点としてより意識が更に緩んでいく様な心地に呑まれていく。
(クゥゥゥ…オカシイ、オカシイ…ィ!?)
 その中で不意に響く覚えのない声、それはどこかしわがれた様な感じであって、また禍々しいとの表現にもあたりそうな響きをしていた。そしてそれは唐突に驚きの音色を発しだす、言葉として示すなら狼狽、とするが相応しいだろう。そして次第にあるイメージになって、また新たな言葉を、そしてより強いイメージをその内に生じさせるそれはある種の円環とも言える具合だった。
(おやおやぁ、お前さん程度でも今じゃ憑けるんだねぇ。良い時代になったと思わないかい?まぁアタシからしたらそりゃ、たまったもんじゃない時代だけどネ)
 その円環の周りを乱さん、とばかりに響いた言葉は甲高い女性の声だった。最も単に女声、とするにはキツイ鳴き声的な響きを有していて意識の全てに届く強さを持ったものだった。
(ヒィィィ、ナンデ、ナンデ、アナタサマトアロウカタガ、ハイッテクルノデスー!セッカクワタシガ、ノリコンダカラダナノニィ!)
(うるさいっつーの、全く、鴉の癖にうるさいもんだねぇ…ほら、恨むなら八葉の姫様を恨みな。あたしも良い迷惑こうむってんだから、この機会は逃しやしないから…ねっ)
(ヒィ…ングゥッ…!?ゥッ…)
 それは1匹の大柄な鴉とより大柄で尻尾を幾らも蓄えている狐が相対して、鴉を狐が追いつめて、そして頭から丸ごと食らう光景であった。
 彼は確かにそれを傍観していた、だから悲鳴をひたすら上げている鴉をすっかり尾羽の先までの呑み込んでしまった狐がこちらへと迫ってくるまで特に何も感じなかった。最もその完全な第三者、との立場が相応しいのもにたっと笑った顔をした狐の微笑を見た途端に不意に薄れる。次はあんただよ、そう言われているかのような感覚を抱いた瞬間にそれははっきりと肯定されて伝わってくる。
(くく、全くあんな鴉に憑かれるなんてどんな思いをしたんだい?憑かれるだけ損じゃないか、憑かれるならアタシ位じゃないと何の得もないんだよ?)
 今の口調はどこかで嫌味がちではあるが、そこまで反感を感じる事はない女声。ただその只者ではない狐から発せられている事は分かるものであって、違和感としては余り感じられなかった。
(ふん、ほぉ、結婚もしたいし子供も欲しい?でも縁がない?そうかそうか、若いオスらしい事じゃなぁ、ちょっと若過ぎたから鴉になんか憑かれたのかもねぇ、しかしそれでは何にもならん。アタシが叶えてあげよう、ほら、いっただきまーす)
(ンブッ…!?)
 音にするなら、また感触にするならその具合。彼は「頭」から狐の口の中にかじられる、よりも呑まれていく、自らが解けていく、解けて、解けて…アア…イシキガマザッテイ…ク。

「ああ変化が始まりましたね、どうぞしかとご覧になって下さい」
 狐退魔師の言葉に誘われるまでもなく見ていると、処置室の中では医師2人の監視の中で、横にされていた大学生の体が変化を始めていた。
 その体はまずあの胸の「勾玉」が大きく輝いたのに始まって、吸盤の取り付けられていた場所の全てに矢張り「勾玉」が生じていく。それは合計でひとつと五対、特に後者の対となっている「勾玉」は全て今に生じたものであって、胸から腹部にかけての三対の「勾玉」に至ってはその下に膨らみたる乳房も伴っていた。
 残る二対の内のひとつは臍を囲む様に、そしてもう残りは太ももに極めて大きく現れる。色は皆が白くて、それはこげ茶色の毛でおおわれているのも明らかなもの。そしてさらにそれを飾る様に体は変化していく、白いに鮮やかな小麦色系統の黄色に、と複数の毛がその全身を包み出し、肘や膝から先はこげ茶色とどこか柔らかくなっていく体を飾っていく。
 敢えて書くならその時点で彼は最低限の下着だけにされていた、だから体つきの変化に伴って男物のそれは次第に不釣合いとなっていく。その事を意識してなのか、医師達は途中でそれ等の残りのみならず体に複数取り付けられていた器具類を共に外す作業にも従事していく。
 よって現れていく体は新たなモノとなったのが良く分かる。それは女体、いやメスと表すべきだろうか。そしてそれだけに留まらず人外のモノを有しているのが最大の肝だろう、まずは固定具が外された事により傾いだ腰の辺りより幾柄もの尻尾が噴き出す様に現れたのに始まる。その一連の流れは正に披露するとの表現に相応しく、様々な変化の中で終いまで残ったのは顔を含む頭部であった。
 そこには長めのマズルと特徴的な大きなこげ茶色の耳を長い鮮やかな金毛、もとい金髪が現れた。そして大神をして、思わずその尻尾を以って警戒の意を示さざるを得ないほどに強い魔力の発露がその正体を明瞭に示していた、そうそこにいるのは憑神なのだと、それもかなり強い魔力を有した妖狐憑神であるのは明らかなものだった。
   ただその瞳はしっかりと閉じられていてすぐに目を覚ます気配はなかった、その様子を認めた医師達が軽く手を振るとこれまで共に様子を見ていた、この場の管理者とも言える狐族の退魔師は失礼、との一言を残して処置室へと階段を下りていく。そして次に姿を見せた時には、何時しか手にしていたお札を、その大学生が変化しきったメスの妖狐憑神に貼ったのをガラス越しに見せた、となる。
 そしてストレッチャーへと載せ替えた後、それに伴う形で退魔師と医師達が別室へと運んで行くまでを見て終わりであった。
「ここから先はどうするのです?見たところ、完全にあの大学生は憑神化している様でしたが…」
 大神の質問に再び、回答する立場となった残された担当者は少し逡巡する様にしてから、さらっと返す。
「ええ、最も…問題はないのです。今から残る工程の処理をしますが、そちらについてはまた改めてとしましょう。その方が良い、少し時間が要るのです」
 どうしてか、もといどうしてしまうのか、との新たな疑問は当然強く抱けてならないものだった。しかしそれ以上に担当者は語ろうとはしなかったし、確かに事前の打ち合わせでもその辺りは詰められていなかった。
 あくまでも今回は実際の冠東式の憑神実務を見る、それ以外に対しては特に触れていなかった事もあって、ここはひとまず後にするのが賢明なもの。よってお礼を述べて大神達が署に帰ったのは、それはもう夜も大いに更けた頃合となっていた。


 続
猫乃のクリスマス・第7話
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