波間の記憶冬風 狐作
 吹きさぶ北風、海水混じりの強い風が雪と共に容赦無く襲い掛かる港の先にその神社はあった。港とは言っても規模は高が知れていて漁船が出入りする程度、江戸時代には中継港として多くの船が入港し遊郭が出来るほど栄えたと言うが今は見る影も無い。
 人影はまず見られず見られるのは、早朝の魚市場と朝夕ラッシュ時の駅周辺のみ。その貴重なスポットの一つである駅もこの港町から唯一外へ通じる公共交通機関として機能しており、人々は良く利用して検討しているのだが途中区間の橋梁やトンネルの老朽化が著しく、それを満足に補修するだけの予算を組むのが困難な為に存続が危ぶまれていると言う次第だった。
 そんなどちらかと言えば寂寥感の漂う町の中にて最も寂しい場所が神社のある岬一帯であった。岬全体が神社の聖域とされているからが故の事なのだが、鬱蒼とした常緑樹と広葉樹が入り混じった雑木林が大半を占めて苔生した石畳の参道を1キロも歩かなければ拝殿、そして本殿には辿り着けないとあって初詣や祭事の時以外には訪れる者も殆ど無く、慎ましく宮司と巫女とが暮らす以外に人影はまず見ることが出来なかった。そして、今は厳冬期。参道は何とか人一人が歩ける程度には除雪はされているが、海からの猛烈な強風の中を向おうと試みる者はまず存在しない。

「おはようございます。」
 拝殿脇の二階建ての建物、この神社に仕える者達が寝起きをするこの建物の中にて1人の巫女が先輩の巫女と挨拶を交わしていた。時間はまだ早い早朝4時、引継ぎの時間である。
「・・・と言う訳で普段通りにお願いね。じゃ私は寝るから。」
「分かりました、それではお休みなさい。お疲れ様でした。」
「えぇお休み・・・。」
 打ち合わせを終えると大きくあくびを憚る事無くして先輩の巫女は襖の奥へと消えて行った。襖の奥には10畳ほどの部屋があり、そこがこの神社に使える巫女達の寝室として使われている。簡単な仕切りによって人数分に空間が与えられているが、布団を敷いてしまえば簡単な小物や箱以外を置くスペースしか残されてはいない。プライバシー等と言う概念は全く存在せず非常に前近代的で余程の物好きでなければこれに慣れる事は困難であろう、だがそんな環境に馴染んだ巫女達3人は年の差こそありながらもそう意識する事無く、まるで姉妹であるかの様に親密な関係を築いていた。
 そして冒頭の2人の内引き継いだ巫女は3人の中で最年少、19才のお年頃の新米巫女である。その名を窪田香枝と言い、皆からは香枝と呼ばれていた。

 引継ぎをした香枝は今ではすっかり慣れたとは言え、それでも芯に染み入る寒さに身を震わせて階下へと降りて行った。そして足袋に包んだ足を靴へと通し外へ、そして拝殿に頭を下げると斜めに横切って裏へ回ると本殿に向うのではなく、その脇の小さな小屋の中に入る。小屋の中には囲炉裏があり火が赤々と燃えていた、そしてその脇に敷かれた薄い茣蓙の上に腰を下ろすと火鉢にて火加減を調節した。
 今、香枝の入ったこの小屋は俗に巫女火小屋と呼ばれていた。何時の頃からか続くのかは不明だがこの神社の慣わしにて、巫女は一日中誰か1人がこの小屋の中にて待機し、中の囲炉裏で灯っている火を見守らねばならない。かつては専属の巫女がいたと言うが今では1人の巫女に対して12時間が割り当てられている、この間はただひたすら正座し続け、途中宮司によって食事が運ばれてくる食事を食する時以外は火を見守る事以外に何にも無い。
 その間の時間の経過は全く退屈以外の何者でもなかった、それでも冬場はマシだった。この小屋の薄い壁隔てた向こうに隣接している木の塀を超えると、そこから先は断崖と延々と広がる海なのだから非常に冷える。唯一の暖房はこの守るべき囲炉裏の火だけと来ているから、別の意味で火からとても離れる事は出来なかった。
 しかしその甲斐もあってなのかは分からないが、歴史の中に記録されている限りではこの小屋の中で死んだ巫女は誰一人存在しない。凍死者は誰一人としていなかったとあるから大したものである。だからこそその反面として巫女達の頭の中には、役目が回る度に自分がそうなるのではないかと言う不安が過ぎらずにはいられなかった。

 午後16時を回った頃、ようやく香枝は解放された。そして今度は拝殿前にて引継ぎを済ませると、厨房へと行き夕食の準備に取り掛かる。まず最初に手掛けるのはご神体の前に置かれる祭神用の夕食、これは一年を通じて魚が中心の物であり今の時期は塩漬けにした干し魚などが中心である。加えて米を約一合半を付けて専用の古式な食器へ盛り付け、一抱えもある盆に載せ終える頃には宮司がやってくるからそれを手渡して厨房としての役割は終わる。
 だが休む事無く今度は皆の夕食の準備へ取り掛からねばならない。都合4人分、単純ではあるが色々と作法がある為に、一人前と言うのに作り始めから完了までに一時間も祭神用の食事の用意にかかってしまうのだ。 そして全員で囲っての夕食の始まるのは午後18時、30分程度しか残されておらずその間に4人前を作るのは大変そうに見えるが、無駄な時間を作らずに取り掛かりさえすれば最速で15分、遅くとも20分で作り終えられるから意外に楽なのだった。
 夕食後の後片付けも厨房係の仕事、皿を荒い拭き仕舞う・・・そしい生ゴミを纏めて外に設けられたゴミ捨て場へと捨てに行くまでが全て。後は確認して記録簿にその日の献立と署名をすれば完了である。
「ふぅ・・・今日も疲れた・・・けどまだ寝れないんだなぁ・・・。」
 厨房の電気を落として再び外へ、外には寒風が吹き荒れている。それでも前の役目の時と比べれば格段にマシだった、今日は寒さこそ相変わらずでも空に一筋の雲の欠片すらなく恐ろしいほど澄み切った闇に浮ぶ青白い月と銀の星・・・星の知識は無くとも思わず見惚れてしまう様な美しさであった。だがそれも一瞬、身を切り裂く様な海を越えてきた大陸直送の寒風で現実に引き戻らされる。
 幾ら美しいとは言え余りにも遠くこの寒さから自分を守ってくれる訳は無い、軽く溜息をついた香枝が夜の待機場所である社務所へと足を再び動かし、半ば滑るような格好で雪道を駆け抜けて暖かい室内へと滑り込んだ。ファンヒーターの焚かれた室内はまるで天国の様、冷え切った体は休息に赤みを取り戻し血が良く巡り出す。
「はぁ〜極楽、極楽。」
 そしてその脇におかれたコタツの中に寝転んで途中眠りつつも一夜を過ごしたのだった。

「香枝さん、香枝さん、朝ですよ起きなさい。」
 翌朝、引継ぎに現れない事をおかしく感じた先輩の巫女にコタツの中で爆睡しているところを起こされた。ちょうど眠りが深い所だったので起こされても尚、しばらく不機嫌そうな顔をしてブツブツと呟いていた香枝を目覚めさせたのは外の寒さでも何でもない。それは香枝を起こした巫女の一言であった。
「まぁ眠いのは分かるけど・・・そうだ香枝さん、月に一度のお勤めしたの?どうもして・・・。」
"へぇっお勤め・・・おつとめ・・・オツトメ・・・!?あ゛っ・・・。"
「すっすいません、まだしていません今からすぐにして来ますっ。」
 瞬時に態度と顔色を変えた香枝は一目散に靴を履くと外へ飛び出した。残された先輩巫女はただ呆然としてそれを見送り溜息をついて首を振り呟く。
「どうもしてなさそうだから代わりにしておいたよ。と言うところだったんだけど・・・まぁすぐに気が付いて戻ってくるでしょう・・・あら、もうこんな時間私もやるべき事をしないと。」
 時計を一瞥した先輩巫女も急ぎ足で社務所を後にした。朝、それは始まりの時間である。

 凍った雪に覆われた境内を横切り森の中へ続く道がある。その人だけが通れる様な細い道の果てにはまた一つ比較的大きな祠があり、その裏には扉が付けられていて鍵こそかけられているものの巫女達は皆合鍵を持ち合わせているので何時でも入る事が出来る。とは言えその扉の先は神聖なる場所とされているからそううかうかと入って良い訳が無い、入るにはそれなりの理由が必要なのである。では合鍵を持つ巫女達が持つ理由とは何なのだろうか、それは以前に書いた巫女火小屋の火と強い関連性があった。
 その扉を開けると長く急な石積みの階段が地下へと続いている。素彫りのままのトンネルは手摺等無いので慎重に降りないと足を滑らせて一気に落下してしまう事であろう。そしてそこを通り抜けた巫女の前には横断する吊り橋と巨大な海水混じりの地底湖が現れる、こここそがこの神社の中枢とも言うべき場所であり比較的短めの吊橋を渡った先の岩場の上に真の御神体とも言うべき物が祀られていた。それは炎である、尽きる事の無い延々と燃え続ける青白い炎。
 その正体は地下から漏れ出た天然ガスに自然に火がついた物なのだが、ガスの量が少なくかつ安定して一定の量しか供給されない為にあくまでも炎としてその場で燃え盛るだけなのだった。巫女のお勤めと言うのは専用のトーチに火を移し巫女火小屋の火に加える事だ。ただそれだけの単純な作業であるが先の急な石段や極狭の吊橋など難関は多く非常に気を遣う、加えてこのお勤めは小屋での火の守りと違って過去にちょっとした不注意から事故が何件も起きており、尚更心理的な負担は大きくなってしまうのだ。
 そんな散々な巫女泣かせのお勤めだが月に一度と言うのがせめてもの救いなのだろう、巫女は3人いるので3ヶ月に一度受け持てば良い。ただその頻度の少なさが注意意識の低下に繋がっている事は指摘し免れないだろう。特に今日の特の様に慌てている時は低下と言うよりも散漫と言うべきだろう、とにかく仕上げなくては・・・その思いだけで飛び込んだ香枝は案の上、見事にヘマをやらかした。そう朝の低温で凍結した石段をもう終わる辺りで踏み外してしまい、そのまま転げ落ちて吊橋の柱の脇から地底湖へ沈んでしまったのである。
 これが地上で人目もあるならば誰かがすぐに助けに来ただろうが、ここは神社に仕える者しか知り得ない秘密の地底湖。そしてどこかで海と繋がっているらしい湖の水は、海水そのもので非常に冷たく覚悟して入ったのならばまだしも、今回の様に事態を把握出来ずに入った場合は非常に体に来る。そして細かな傷口や目に染みる海水からの痛みのお陰でますます混乱に拍車がかかってしまう・・・結果冷たい海水中にて助かろうと闇雲に動けば動くほど体力は失われ水を飲み、何時しか力を失ったその体は固定へと沈んで行った。

 沈む体は湖底に溜まっていた薄い砂の層にぶつかり、一瞬辺りの水中が煙幕の様に包まれ見通しが悪くなった。晴れた頃にはその砂の一部が白い巫女服の上に積もり様相を新たにして、まるでずっと昔からその場にその体があったかの様にすら感じられるほど自然な情景が演出されていた。しかし再び砂が湧き上がり始めた、それも遠くからこちらに向けて一筋の線を描く様に向かって来るのだ。砂の量も半端ではなく動く速度はかなり速い・・・。
 その向かってくる物。それは巨大な貝であった、白いその貝は巨大な真珠貝とでも言うべき姿をしていた。そしてもう命の灯火が今にも果てんと言う有様の香枝の肉体の隣にて止まると、大きくその口を空けて中へと飲み込み口を閉じる。そして再び湖の更に奥深くへと戻って行ったのであった。

「ねぇ香枝はどうしたの?見当たらないんだけど。」
「さぁ知らないわよ・・・寝てるんじゃないの?」
 夕食時、あの香枝を起こした先輩巫女が同い年のもう1人の巫女に尋ねていた。だが尋ねられた方には当然心当たりが無い。
「それが寝ていた形跡が無いのよ・・・どこに行っちゃったのかしらね。」
 心配そうな顔をする彼女に対して相手は特にそう思ってはいないと言った顔をして、箸を少し進めて行った。
「あの子の事だからまたどこか変な所で寝ているんじゃないの?ほら、前あったじゃない押入れで寝てたこととか・・・。」
「あっまぁそうね、トイレで寝てた事もあったし・・・後で見て見るわ。でもそれでも何処にもいなかったら・・・。」
「それはそれ、その時に考えましょう。それよりも早く食べないとお汁が冷えてしまうわよ。」
「あっしまった・・・。」
 実を言うと香枝はある事の前科者であり常習犯であった。それはすぐに何処でも所構わずに眠り出す事、一度は掃除中に本殿のご神体の前で涎垂らして爆睡していた所を神主に発見された事もあった。そんな有様だから彼女がしばらくいなくても皆はそう気にはしない。多分何処かで眠っているのだろうと考えて・・・だから事はしばらく放置された。ようやく問題になるのはこれから後、数時間の後からである。

 香枝は暖かさを感じていた、それは何処か塩辛く昔に味わった様な覚えのある様な気配だった。ただ今の自分が一体どの様になっているのか、彼女には確認する術は無くただその温もりに包まれて体を丸めている・・・それさうも漠然としか掴むのがやっとなのである。
"気持ち良いわぁ・・・もう何だろうこの懐かしさ・・・前もこうして変わったんだよね。でも何時だったんだろう、何から変わったんだろう・・・またなんだ。"
 自分の知らぬ記憶の反復、意識の最奥に秘められていたそれが表層の雑多な物がなくなったお陰に表に表れ発露する。巨大な貝の中、貝の肉に押し潰されるような格好で丸くなっているその体は、白乳色に輝き人と言うよりも形が崩れて酸性雨に溶かされた石像の様になり大まかな判別しか出来なくなっていた。
 意識は断続的ではあるが保たれていて複雑な物でなければ今なお出来た。だから先ほどの様に感じた事を出自の知れない自らの物であろう記憶と掻き混ぜて反復し味わっていた。その間にも体はますます形を失って別の物へと変わり行く、かつて顔のあった辺りには人の顔とは全く逆の長く伸びた顎に幾つもの深い彫、そして角らしき物が出来ていた。
 体の長さもその巨大な貝の中を幾重にもとぐろを巻く様に重なり合い、表面には決め細やかに薄っすらとした切れ目が現れていた。所々足の様な物や鰭に見える物の姿がある。その頃には思考と意識はすっかり止まり唯一心臓だけが力強い拍動を続けているのみだった。

「ねぇ・・・香枝はいた?」
「いないわよ、本殿にも拝殿にも・・・そちらも?」
「えぇ何処にもいないわ。まさか雪の中にでも埋もれてしまったのかしら・・・。」
 深夜の境内、そこでは懐中電灯を灯した2人の巫女が深刻そうな言葉を交わしていた。香枝が何処にもいないのである、社務所・宝物庫はおろか本殿にも拝殿の何れにも。考えられるのは残る雪の中とそうあのお勤め用の祠の中だけである。
「そう言えば・・・今月の当番は香枝さんよね?じゃあ祠の中なの?」
  「かも・・・知れない。行ってみましょう。」
 そう尋ねられた巫女、朝に香枝を起こした巫女は内心びくびくさせながら平静を装って祠へ向った。まだお勤めを自分が代行した事は決して明かしていない、お勤めは代行出来る物にあらず・・・これが古くからの決まりであった。それに背くと責め苦を負わねばならない、守るべき本分秩序を乱した罪として。その罰は過酷で夏場でもきついと言うのに冬場にしたら死んでしまいかねない、だからこそ余計に言葉に出すのは憚られて本心では祠には行きたくなかったのである。
 しかし下手にここでそれに抵抗しても逆に身を滅ぼすきっかけとなり得る可能性がある。だからこそその巫女は積極的に見せかけるべく先陣を切って道を進んだ、そして彼女らも始めて訪れる深夜の森の道を半ばまで入ったその時だった。月明かりに照らされた珍しく無風で波の音以外には聞こえない静かな夜にこだまし始める地響きの音、それは足元から振動と共に響いていた。恐れをなして2人は歩みを止め祠を見詰めた、淡白く輝く祠の周りの地面。祠を円心とした巨大な円が描かれている。

 異変は地底湖でも起きていた、あの火は天然ガスの量が増えたのか巨大な炎となり壁と吊橋を焦がしていた。地底湖の水面は大きく泡立ち、その沫の一つ一つが白でありながら複雑な色彩を放っていて何とも美しい。そして水面下、巨大化した貝は鎮座し膨れ上がっている。もう時を後は待つばかりと言う有様で貝ではなく膨れに膨れ上がった風船の様な様子だ。
 また響き渡る地響き・・・これは貝から発せられているものだった。貝の中身は中で蠢き貝は悲鳴を上げる音だったのだ、そして時は轟音と共に訪れた。貝が破裂したのだ、それこそ強い光を中より放って盛大に・・・水は逆巻き出し大きく渦を描いて鳴動するその中心から何かが飛び出し、そのまま地底湖の天井を突き破って地上へと突進して行く。
「きゃっ!?何なのよ、もう・・・?」
「わっわかるものですか、それよりも神主様にご報告しないと!」
 腰を抜かした2人は逃げる事もままならぬまま、地面の中へと溶け込む様に形を流していく祠とその周辺の全ての物を見詰めていた。とてもそれは目を離せる光景ではなく一種神秘的なそれに魅入られてしまったのだ、そして次の瞬間、全てが一緒くたになって融けあったその中心が不気味に瘤となりそのまま炸裂し飲み込まれた。だがそれは一瞬の事ですぐに元の色彩の世界へと戻り辺りを見回すと、後ろにいた巫女が驚きの声と共に空を指差していた。
「あっあれは・・・竜・・・。」
 釣られてみた彼女も目を思わず見開いた後、眼鏡を外して再びつけて見る。だが事実は間違う事の無い真実であった、真冬の澄み切り冷え切った空を漂う桃色ともオレンジとも言える色のかかった真珠色の竜。厳しいその外見と対照的な美しさと気品を漂わせたその姿を見てしまうと、体を戒める様々な感覚が静かに抜けていく。何処かその顔には見覚えがある様な気がした、しかし思い出せない・・・そもそもなんでこんな所で竜を見ているのかも。彼女は頭を抱えつつ眺めた、それはもう1人も同じだった。
"あぁこれでお別れなのね・・・ありがとう、私は私のあるべき場所へ戻ります・・・。"
 一方で竜も感傷的な感情に浸り地上を眺めていた、眼下の黒い森の中に見える2人の人影、そして神社の施設と本殿より見上げている神主の姿。どれもこれも本の数刻前まで手の届く所に存在していた物達だった、自分もその中に加わっていたのだ。
 彼らは善意のウソを以って19年に渡り己を保護し養ってきてくれた、それを思うとこうして別れるのは非常に辛かったがこれもまた定め。せめてもの餞別として関係する者の記憶の中からかつて人であった自分の事を消すと、真の記憶と共にそのまま大海原へ突入し大海原の奥底へ青く染まりつつ消えて行った。


  完
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