ある書き手冬風 狐作
『Info>Logout...△○さんが退室
 ◆□○○>お休みなさい、△○さん
 ◆○×>お休みなさい、△○さん。
 ◆△○>それではお休みなさい。』
 今は午前三時、丑三つ時も過ぎてすっかり寝静まったとある片田舎の公営団地。四階建ての古びた一棟の建物の中程の部屋の窓から細く光が漏れていた。
「う〜ん、今日も楽しかったな・・・でもそろそろ寝ないと、残念だけど。」
 そう呟く人の声、遮光カーテンの奥にあるのは小さな3畳間ほどの一室。そこには机に置かれたパソコンを前に腰掛ける人の姿・・・正確には人ではない。人と同じ様に椅子に座っているがその風貌は全く違う、獣の風貌、人の頭のあるべき所には青の掛かった純白の白い獣毛とブロンドの鬣、そして額から伸びる特徴的なアイボリーの一本角に馬の顔。
 そして身に付けている服から露出している手足の先もまた同じく青の掛かった純白の獣毛で覆われ、足の指は一つの蹄となり、手の指は第一関節より先が蹄となっていてパジャマの上下の間からは尻尾が垂れている。
「今日はユニコーンか・・・まぁ幻獣系のネタ話で盛り上がったからね。以前のグリフォンの時よりは楽で良いか、体が格段に軽いし。まぁさっさと戻って寝ないと、明日は早いんだから。」
 とそのユニコーン獣人は事も無げに、まるで有り触れた事かの様に軽く言うと力を少し体に込める。すると目の前でその体の表面が奇妙に歪み始める、それまで人と人ならざる物とが真に自然に組み合わさっていたその体は段々とバランスが崩れ、そこに立ったままパジャマ以外の表面が出来損ないの水彩絵の様になって次第に落ち着き、そして人の姿となる。その姿は若い元気そうな女性、背も高く中々の美形である。
「やはり人の体って少し重いわよね・・・安心する事はするけど、まぁ仕方ないか。これが大元なんだし、それよりも早く寝ないともう3時20分じゃない。」
 そう言うと彼女は慌てて部屋を出て別室の寝室へ駆け込む、目覚ましをセットし電気を消して布団に潜る。すると殆ど間を置かずして安らかな寝息が聞こえ始めた、その光景はあくまでも自然で有り触れた物であった。

 飯塚和江、18才、地元にある国立大学に通う大学2年生である。大学合格が決まったのを機にかねてより念願であったサイト、獣化系小説サイトを開設して以来着々と小説を書き連ねて一定の固定客を得るまでに至った。そして開設したチャットでは連日連夜参加者の間で様々な話題をネタに話し合いが繰り広げられ、今日もまた昨日の21時頃から連続して休む間も無くチャットをしていたと言う次第である。
 彼女の書く小説はその獣化時の肌理細やかで自然な調子の描写が評判であり、その前後の展開とも合わせてその評価はかなり高かった。彼女自身もそれらが追い風となって暇さえあればネタを考え、小説を書き続ける日々。一見すると大変そうに見えたが和江にとってはすっかり定着した日常であり、特にこれと苦痛には感じはしなかった。むしろ快感にすら感じている向きすらある。
"私ってMなのかしら・・・。"
 たまにはそう思って笑う時もある。

 そんな和江にはある秘密があった、これだけは誰にも明かせない秘密。親にすら、自分でもどうしてこの様な物があるのか常に不思議と感じ、そして頭を悩ませていた。そしてそれは悩みと共に新たなる秘密、楽しみを和江に与えていた。代償とでも言うべきなのだろうか、ともかく彼女はそれを喜んで行使し、誰にも言えない悩みを持つという重圧から気を紛らわしていた。
 その秘密、それは一言で言えば獣化能力。冒頭で彼女はユニコーンに変身しており、グリフォンになった事もあると回想していたが和江は頭の中に思い描いた獣、若しくは獣人へと思い通り自由自在に姿を変えられるのであった。時にはそうなりたいと思わずとも気分が昂じた時、例えばチャット等でとある獣に関する話題が沸騰した時等には思い浮かべただけで知らずに姿が変わる。
 時にはその様なシュチエーションを思っているだけでそのシュチェーションにあった姿へと変わる事もあれば、性的な興奮を感じただけでも引き起こされる事があった。この能力に気が付いたのは中学に入って間もない頃、とある春の嵐の晩に1人で寝ていた時の事。ふと気が付くとどうも体の様子がおかしく電気を付け、見た我が腕は黒い毛、剛毛と言った所だろうか。とにかく見慣れぬ姿へと変貌していたのであった。
 そして恐る恐る見た鏡に映る顔は獣の顔、瞬間彼女は気を失って倒れてしまったと言って良いだろう。翌朝、床に寝転がった姿で寝ている所を母親に起こされたのだが、幸いにしてその時には人の姿に戻っていた事であろう。それが彼女の初めての獣化体験であった、今となって思うに恐らくあの姿は狼であったのだろう。そんな気がしてならない。
 その後、彼女はその事をしばらく忘れていた。正確には完全にと言う訳ではなく悪夢と言う形でおぼろげに止めておいたのである。最も悪夢と言うにしては説明出来ない幾つかの事象が見られたが、それはそれとして傍らに捨て置いておけば良い話であった。だから正確にその能力に気が付き認識したとなると更に数年を要する、中学3年、高校入試を目前とした時まで。
 私立中学に通っていた彼女はそのまま付属の高校へ無試験へ進学出来る道をとらずに、敢えて公立の人気の高くその内容に定評のある高校への進学を目指していた。その様に思い立たせた理由としては幾つか見られるが、中高一貫のぬるい空気と彼女が馬が合わなかったのが上げられるだろう。それ以外にも様々な理由によって目指したが、流石に大都市圏のトップクラスの公立高校と言うだけあって壁は高い。
 それ故、相当な準備が必要であったが公立中学の生徒と異なり彼女が身を置くのは中高一貫の私立中学。昼はぬるく夜は厳しいと言う2つの環境を行き来する事に次第に疲れを感じた和江は、何時の頃からか不登校気味になりひたすら家にこもって勉強に明け暮れる様になり始めた。とは言うもの精神的に感じていた不調を完全に解決する事には繋がらず、むしろ悪化するに至った。その結果人知れず深い苦しみに苛まれ、一時は自殺さえも真剣に思ってしまうまでに追い込まれていた。最早そのまま行けば限界を超えてしまう、その様な状態であったのだった。

 このまま潰れて行ってしまうのか、そう思っていた矢先に機転は訪れた。真、運命と言う物は上手く出来ている物である、それまでの深い苦しみもその偉大なる大きな流れの一つに過ぎなかった。
 とある日の夜、勉強に打ち込んでいた和江はふと気になって外に出てみた。時刻は夜も深けし頃、両親は既に床に入っていて家の中で起きているのは自分だけ。軽く上着を羽織って深夜の冷え込んだ街の中へと飛び出した。まるで病的に、何かに取り憑かれているかのごとく足を進める事20分余り。そこは荒涼と冬枯れした丘の上、丘と言っても片方は切り立った崖でその下には迷惑施設として嫌われている民間の産廃処理場が広がっている。
 危険防止の為に設置された柵を易々と突破し崖の端へ立ち尽くす。人工的に無残にも深く削り取られた産廃敷地、かつては農業用の巨大なため池のあったその場所は施設建設に当たって更に深く掘られていた。しばらく見詰めるとどうした事か羽織っていた上着を全て脱ぎ捨てる和江、そしてそのまま身を投げ出した。
 重力に捕まれたその体は急速に落下し、見る見る内に地面が迫る。一瞬その後の無残な展開が予想され目を背けたくなるが人間の悲しい性、興味が湧いてどうしても目が離せないでおりぶつかると思ったその刹那。信じられない光景がその目に映っていた。何と彼女が、和江が先程までとは全く異なる位置にいるのだ。それだけではない、更に驚くべき事にその体はどんどん上昇していく、そしてそれは月明かりの高空を悠々と飛翔するまでになった。

"あれ・・・私、飛んでる・・・のね・・・。"
 その時になってようやく和江は正気になった、正確に言えば主導権が不意に戻って来たとでも言うべきか。彼女はこれまでの我が身に起きた事を全て見知っていた、机に向って勉強していた時、急に勉強から気が反れたその瞬間からこうして高空より眼下の深夜の町を眺めるまで安定した瞬間までの全てを。夢ではない事は明らかだった、冷たい風はしっかりと感じる上に背中からは力強い躍動感と熱が伝わってくる。同時に自らが普段から接している感覚も感じていた。
"鳥人ってのかしら・・・変な感じだけどそう変に思えないし・・・やっぱりあの悪夢は現実の事だったんだ・・・。"
 彼女は全くの自然にそれを受け入れ、心中では不安や恐れと言うよりも希望が自然と湧き出ていた。それはここ数ヶ月感じた事の無い前向きな感情、途端に全身から倦怠感が消え力が漲る。そして悟った、これが本当の自分なのだと・・・全く不思議な能力が自分にはある事を。結局、その後しばらくその姿で飛び回った和江は先程飛び降りた場所にて、脱ぎ捨てた服を改修すると家まで一思いに飛びそして布団に潜り込んだ。
"やれば何でも出来る気がする・・・頑張ろう、未来の為に。"

 数ヵ月後、迎えた本番の日。彼女はこれまでに無く落ち着いて試験に臨み、充実した気持ちで後にした。結果は当然合格、和江は望み通り新たな日常を自らの力で手に入れたのである。そして4月桜舞う日に彼女は名実共に前進した、その頃になるとすっかり平然としたもので自らの潜在能力に楽しみを見出すまでになっていた。そして3年後には志望大学へ進学、そして始められたサイトと小説書き、自らの能力を存分に生かせる日々の幕開けと言えた。
 今、和江の前に遮る物は無い。仮に現れも今の彼女であれば跳ね除けていく事だろう、そして果ては何処へ行くのか。非常に楽しみであるが、それはまたの話・・・。そして今日も彼女はチャットに・・・参加し掛けて止めた。
 何故ならその日の晩の宿は自室ではなく夜行快速の座席なのだから。
"こんな所で獣化しちゃ困るものね・・・。"
 そうすると少し名残惜しそうに携帯の画面に浮ぶ入室中の文字を流し見ると、接続を切り鞄にしまい目を瞑る。車窓には規則正しい農道の明かり、車内には人の活気、闇夜の中を光芒を放って列車は進む、誰かは知り、誰かは見慣れ、誰かはまだ見ぬ翌朝の終着駅へ向けて。


 完
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