人の名は・・・冬風 狐作
 私の名前は笹月幸子、18才の受験を控えた高校生・・・だった筈なんだけど今は違います。どうして違うかって?実を言うと私は死んでしまったからです、それも交通事故で突然・・・死ぬまで私は死んだらそのまま天国へ行くんだろうなぁと思いながら、自分死体が運ばれてからの一連の流れを、何処か遠い目をして検視から火葬、葬式に出されて納骨までを眺めていました。そして四十九日を迎えたというのに私は地上から離れる事がありませんでした、そしても数ヶ月は経ったというのにその気配すらありません。
 最初の頃私は何時までも昇天しない事に疑問を抱いて、色々と頭を悩ましていましたが見ず知らずの人々の死を偶然目撃し、それを観察していてようやくそれが解けました。私が昇天しない理由、それは私が人間として死んでいないからです。より正確を記すならば私は人間でした、しかし死んだ時は・・・夏休みと言う事もあってでしょうか、日頃の勉強などの疲れを取る為にこっそりと買っておいた獣スーツの中へ身を宿し、獣となって思う存分家の近所を駆け巡っていたその時に車に撥ねられたのです。

 撥ねられた瞬間、私は自分が死んだのだな・・・とその場で悟りました。するとその思いを裏付けるが如く、すぐに体の中から私がつまりは魂が抜け出してその場に横たわる自分の姿を見てみると、一応その場には一匹の猫が転がっていました。当然ながら撥ねた車は猫であるからと無視して立ち去っておりましたが、やがてしばらくすると、スーツが破れた為に次第にその猫の体は奇妙に歪んで大きくなり、それは人のものつまりスーツを着たばかりの姿となったのです。そして破れたスーツの各所から血等を流して横たわるその体は、すぐに人目について発見され警察に通報されそして・・・と人間であるから当然の流れに運ばれていきました。
 その光景を見た私は少し複雑な感情を抱きました、余りの人と猫とでの処遇の違いに。確かに人間社会なのですから人が最も優遇されるのは当然の事、しかしそれに比して動物は・・・特に事故死等で死んだ動物はまるでゴミの様にしか扱われません。ペットとして大事にされた動物は、まるで人の様に扱われて丁重に葬られる場合が多いのですが、それ以外の街中に溶け込んだ野生の猫や犬等は正しくゴミとして、死んでから始めてその存在が本来意識されるべき物とは別の物、つまれその場にあってはいけない、汚らわしい存在の異物と意識されて扱われます。  そして今、獣スーツを着ていたもののそれが破れた為に人として葬られた私ですが、結果的にどうも人として魂は扱われない様で、かと言って獣ではない中途半端な私は恐らくこの世界が滅ぶまで地上を彷徨う事となるのでしょう。
 先の事と合わせてそれを本当に悟った時、私は思わず丁度その時にいた自分の部屋であった場所で思わずへたり込んでしまいました。そして泣いたのです、それはもう盛大に、しかし泣いている間に開いていた部屋の扉の前を横切った母親は、全くそれに気が付かないままでした。それでもわずかな可能性に掛けてその場にしばらく留まったのですが、全く気が付かれはしませんでした。
 そこで私はすっかり死んだ存在としては節目等に意識されても、日常の生活の上では意識されない存在、要は野生の犬猫と同じ身分になってしまった事を強く思い知ったのです。途端にどこか、それまで張り詰めていた緊張の糸が途切れた様な気がしました。あれほど重かったからだが心なしか軽くなった様に思えたのです、霊体が重さを感じるとはおかしな話だと思うでしょうが生身の人間の様な肉体の重さではなく、精神的な物を強く重さとして感じます。
 恐らくそれは生きている人にとってはストレスであり、彼らはその時の気の持ち様でそれを感じない事も可能ですが、肉体の重さは如何思おうともその目方の通りに感じられ逃げられません。同様に霊体の身ではストレス、即ち精神が重さとなって如何足掻こうとも逃れる事の出来ない体重として圧し掛かってくるのです。

 そして彷徨い始めてから数年が経過したある日の事、疲れも何も感じないこの体であちらこちらを歩いていた時に私は、不意に何の気も無しに丁度目の前で眠っていた犬の体を横切ろうとしました。すると突然、体が動かなくなったと思いましたら何と体が、その足を踏み入れた犬の中へと吸い込まれて行くではないですか。驚きつつも私はそれに対して何もする事も出来ずに、排水溝に飲み込まれていく風呂水の様に犬の眉間へと吸い込まれた私は、犬の中にて自分と似た様な丸い球体・・・ただし淡い桃色を放ている球体と対面し、それがその犬の魂である事を瞬間的に認識しました。そしてしばらく向かい合っていると、互いに引き寄せられる様に近付いて衝突・・・融合しました。。
 自分の事なので見えない筈ですが、犬の魂と融合したある意味新たな自分である球体は、陰陽図の如き配色をした物となったのを見て一時私はそのまま意識を失い、次に気が付いた時には・・・涼しい夜風が私の肌を撫でていました。最初の内は無条件にそれを感じてはボーっとしていましたが、次第に意識がはっきりとしてくるとまずは懐かしさを、そしていきなりどうして感じる様になったのかと思って一気に覚醒へと至りました。一体何事かとロクに把握もしていないのに驚いた私は、とにかく意識せずに立ち上がったのでした。
 私はとにかくまず手を目の前へかざそうとしました、すると意識した通りに垂れ下がっていた手は目の前に姿を現したのです。それは人と同じく5指を持った形の手でしたが、手の平や指先には肉球を持つも白い獣毛で覆われている上、あの犬の毛の色と全く同じ配色をしているという違いがありました。すっかり覚醒した時以上に現実に驚愕した私が、そこで改めて意識してその右手を握らせてみようとしますと、その手は意識した通りにしっかりとした握り拳を見せたのです。
"体・・・肉だわ・・・懐かしいけど、どうして・・・まさか犬と一緒になってしまった・・・?"
 私はその場でしばし懐かしさに浸ると共に喜びましたが、同時に丹念に見たその体に改めて驚きました。その体はまず男の体で、胸は厚い鳩胸で筋肉質で引き締まっており臍のやや下の辺りまで筒の様で中から赤い物、つまりペニスが頭を覗かしていました。そして性別が男であるのに留まらず、その体は全身に比較的眺めの茶と白の獣毛を生やしていて、尾てい骨からは尻尾、手の平や足の平には肉球、そして顔は犬、ボーダー・コリーその物の顔となっていました。
 不思議な事に言葉は喋れます、ただしそれも体に合わせて低い男の声でした。そして私は傍らにある鏡の様に静かな池に映っている、舌を口を半開きにして微妙な長さを垂らし、息を荒くする半人半犬の新たなる姿を呆然と見詰めていました。

 そして今、私はあの時と同じく体を持って日々を過ごしています。とは言え、あのコリーの姿ではありません、今の姿はふと気に入って中へ入り込み融合しました雀との姿ですから、いわゆる鳥人という姿になっています。思わず目に止まった何とも微笑ましいその小さな姿に引かれて中へ入り、赤茶色の頭と羽に目筋から喉元は黒く、他は孤島の様に黒い頬がアクセントの純白の胸元がふかふかとした羽毛に包まれた体となった私は、人目を避けて夕暮れ時の郊外の空にてしばらく遊んで抜け出そうと考えておりました。ところがどうして今でもその姿をしているのか、それには訳があるのです。
 すっかり日が落ちて満月が辺りを煌々と照らしている中、私は空を普通に飛ぶと共に雀の様に、丁度見つけた農業用の溜め池の中で水浴びをして楽しんでいたその時、ふと何物かが私を見詰めている事に気が着きました。一応鳥人であるとは言え雀と人との融合体ですから、雀の気配が非と共に発散されている事は否が応でも感じていました。そのお陰に人の群れは姿形で見られてしまい無理ですが、雀の群れの中に入っても不審がられないと言う利点があり、つい先程までそうして眠りに就く直前の雀達と戯れていたほどです。
 雀達に受け入れられるという事は目で捉えるのもありますが、気配や匂いにて相手を捉える事の多い他の動物からも大抵の場合私は雀として捉えられます。その為、動物達には幾ら見られても構わないのですが先にも書いた通り、匂いや気配ではなく形で判断してしまう人間に見られるのは非常に不味い事です。とにかくかつて自分がそうであった様に人と言うものは、自分と違う存在を表面的には受け入れていても中では唾棄していたりする事が良くあります。
 同じ人間の間でもその様な感情を抱くのですから、姿形の異なる私を見たらどうする事でしょう。考えるだけでも恐ろしく、可能な限り避けねばなりません・・・最悪の場合見られてしまったら、かなりの負担となりますがその場で、雀の魂と自分の魂を分離する事すら考え無くてはならないのです。そして今私の向けられている視線は、その強さや動きから恐らく人間・・・恐らくとしたのは少しこれまでに感じた事の無い違和感を、獣からも人からも感じた事の無い調子を受けたからでしてわずかな物でしたが、少し気になっていたという訳なのです。
 ですが人の様に感じられるという事は、即ち十中八九それが人であると言う事の証明・・・幸い、意識して向けている様には取れませんでしたので、私は一気に飛び上がって姿を眩ませようとしたのでした。ところがいざ飛び上がろうとしたその時です、急に体が動かなくなり私は飛び立ちかけた格好にて固まってしまったのは。そして茂みの中から近付いてくる限りなく、人に近い気配・・・私は自分の運命は半ば決まってしまったと覚悟を決めていると、それは静かに私に接近してこう語り掛けてきました。
「驚いたね・・・こんな所に誰の者でもない者がいるとは・・・。」
 若い男の声でした、そしてその言葉を聞いて一瞬理解出来ないでいる私に更に近付いたその男は、そっと羽の骨に指を走らせました。硬いしなやかな骨をなぞる指、何とも言えないジンワリとした気持ちよさが羽を伝わってきます。すると急に体の緊張が解けて私が数歩よろけて、その場へ思わず膝を付いてしまうと男は正面へと満を持した様にして姿を現しました。その姿は一見すると極普通の眼鏡をかけた真面目な会社員然としており、その通りに黒の上下のスーツと濃紺のネクタイを締めた出で立ちで、しばらく私を腰に手をやりつつ上から見下ろす様に眺めていました。
「色々と訳有の様だね、雀の娘さん・・・色々と不都合もあるだろう?」
「どうして、それを・・・?」
「まぁ何、分かる人には分かってしまうのさ。他人の秘め事なんて物はね・・・いいよ、いいよ。僕はそれで君を脅そうとか、そう言う趣味は無いから安心してもらいたいね。」
「はぁ・・・それなら一安心です・・・確かに、不都合な事は色々とあります・・・。」
「だろう?じゃあ一先ず僕の下に身を寄せてみないかい?見た所娘さんは大分疲れている様だ、しばらく静養した方が良い・・・どうする?」
 その男は的確に私の感じている疲れ、つまり体の重さをも読み取っていた。その事に改めて驚かされた私はしばし、嘴をわずかながらも上下に振るわせておりました。そして
「・・・本当に良いのでしょうか?」
「勿論、気にする必要は無い・・・同時に僕の事もね。まぁその内に知れる事だろうからさ、その時に頼むよ。じゃあ行こうか?」
 こちらから尋ねてもいない事を不意に喋り始めた事に少し疑問を抱きつつも、とにかく無事に休ませてくれるのならと私は無言で首を縦に振りました。そしてそれを見た男は私の手を握ると、その野原を横切り更に雑木林を横切ってこんな所があったのかと思えるほど、美しい林の中の池の畔に立つ小さな2階建ての家の中へと私を招き入れたのでした。

 そして数ヶ月、私はこの姿のまま自由気ままな時間を過ごしてきました。一応人としては死んでいる私ですが、人であった頃と同じくこの様に肉を持っていますと布団の上で横になれるのは非常にあり難く、また周囲を気にせずに過ごせる事ですっかり疲れも取れて体も軽くなったものです。
 それに加えて今日は、唐突に私を保護してくれているあの男の人が自分の事を教えて上げよう、と言って来ましたのでその時が来るのを今か今かと期待して待っている所です。彼の気配から、彼は人ではないことは薄々勘付いてはいますが・・・一体、どの様な本性を見せてくれるのでしょうか?もしかしたら私と同じ様な境遇の人なのでしょうか?今正に様々な考えと期待で胸が一杯でなりません。


 完
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