目撃者冬風 狐作
 今は昔の事ですが、私が学生時代とある工務店にてアルバイトをしていたときの事でした。それまでバイトとは言えコンビニなどまぁこう言うのも何ですが、比較的楽な建物の中で出来る物が中心だった私にとって外でするバイト―私が主に任されたのは交通整理でしたが、それでも結構もやしっ子であった私には重労働で数日で止めようかと言う想いが募るまでになっていました。
 そんな私を引き止めて相談に乗ってくれたのが自分よりも少し年上の男の人でした。一人っ子だった事もあってどこかお兄さん的なものを感じ取った私は以後お世話になりっ放しでしたが、しばらくしてその方の方が別の職場に移ってしまった為にろくにお礼も出来ないままの、何処か心残りとなる別れになってしまったと言う訳です。
その短いながらも良き思い出と言える付き合いの中にて、私は様々な話をその方より聞く事が出来ました。自分とは余りにも世界が違う話でしたが興味深く聞いた事を覚えています、今日はその中から一番その人のイメージとは合わないながらも、人生の転機となった不思議な出来事だと言って話して下さった話をご紹介しましょう。

 俺の名前は見狭貫勝一、26才の家事手伝い。家事手伝いとは言いつつも実態はニートと言った所か?まぁ、そんな事は如何でも良い。彼女は勿論いない、そもそも付き合った事すらない、恐らくこれからも一生縁が無い事だろう。そして、童貞と言う毒男のお手本とも言える俺だが1つだけ単なる毒男とは違う所がある、それは俺の趣味。ここまで言えば分かる人は分かってしまうだろうが、俺の趣味それは盗撮だ。公衆便所や高校の女子トイレやデパートの更衣室に仕掛けるなんてお手の物、簡単にする事が出来る。ラブホテルはやや難易度が上がるが、まぁ色々と手を尽くせば出来ない事は無い。
 この様な事が縁となって俺は先日ようやく職にあり付く事が出来た。盗撮代行業、余り大っぴらには出来ない仕事だが自分は満足している、何故なら趣味と仕事が一緒なのだからな、好きこそ物の上手なれとは良く言ったもの、俺は正にそれを自ら実践し、体現していると言えよう。それに加えて俺は、自分で言うのも何ではあるが結構丁寧で細かい人間だ、それ故に俺の撮影した盗撮画像は質が良いと評判で十分食って行けるだけの収入を得る事が出来ている。
 そして今日も1件の依頼が来た、依頼者は―都内に住む世帯持ちの会社員、依頼場所は…ほほう、あそこかなるほど…と言う訳で引き受ける事を連絡し、前金が口座に振り込まれた事を確認した俺は早速下見へと出かけた。

   依頼を受けた場所は都心の繁華街にある高級風俗店、値段は高いがそれに見合う中々の高サービスを提供してくれる事から人気と評判の高い店だ。この店はそれ以外にも1つ変わっている所がある、それは和風を売りにした風俗店である事、そう言う訳で昔の江戸吉原の遊郭を模した造りをしており、店構えも大きく当然の事ながら店員は全て和服を身に纏っている。俺はその店に入るとまずは店員の様子を観察、もちろん一杯飲みながらだが中々の別嬪揃いでこれまで行った数多くの風俗店の中でも一二を争う素晴らしさと見えた。
 ある程度まで遊ぶと次はトイレを観察する。とは言えこの時観察出来るのは客用のトイレだけであり、従業員用はまた別の機会を以ってしなければならないのだが何と素晴らしい事に、この日は客用のトイレが配管故障により使用出来なくなっており、従業員用のトイレが臨時に供されていたのである。俺は大をしている様に装いつつ、隠し持ってデジカメでこっそりと撮影すると何事も無かったかのように戻り、その後もしばし遊んで閉店の声と共に店を出た。それなりの時間遊んでいた故にそれなりに料金を取られたが、これだけ楽しめてその値段と言うのは何とも良心的である。また盗撮とは別に遊びに来ようと密かに思っていたのであった。
 それから数日後、俺はその店の水周りのメンテナンスを受け持つ工務店に、偽の身分でアルバイトとして入る事に成功した。採用されてから一週間は別の場所へと回されていたが、ようやくその店の定期点検へと加わる事が出来、運良く従業員用のトイレと更衣室に配置されたので何ら苦にする事無く、盗撮用の超小型カメラを設置する事に成功した。これで後は受信し記録するだけである、俺は密かにほくそえむと何食わぬ顔をしてその場を後にした。

 それから一週間もの間、俺はDVDにその生画像を記録して依頼人の下へと代金引換郵便で発送した。代金の殆どは前金として受け取っているので、仮に取り逃げされてもそう痛くはないのだが念には念を入れてと言う事である。送った画像は依頼を受けたトイレのみ、更衣室に仕掛けたのは本当に偶然の事であり、これはあくまでも自分の趣味に過ぎなかった。幸いな事に仕掛けた隠しカメラはばれては居らず、毎日の様にあの別嬪な女の子達の着替え画像を送って来ており、俺はそれをおかずにして毎夜楽しんでいた。
 ある日の事、帰宅した俺が何時もの様に楽しんでいるとふと画面の中に、これまで見かけた事の無い女の子が入ってきた。その女は女の子と言うよりも女性と言った方が相応しく見え、何と言っても美しかった。スラッとした均整な体、玉の様に白い肌、長く美しい黒髪がこの為にあると思えるほどの美貌…俺は全ての視線を彼女へと奪われた、何度もその一連の動作を再生して繰り返し見たことか知れない。にも関らず俺はその女性をおかずにする事は出来なかった、一種の神々しさと言うか何かを感じ取ったからだろう。そして、俺は彼女を盗撮した事を恥じ、早急に更衣室より隠しカメラを撤去しようと考えた。
 だが、中々その機会は巡って来なかった。トイレに限ってはその翌日に回収出来たのだが、更衣室だけは急に縁が無くなり一向に行けないまま時間は経ち、動画もまたHDDへ溜まっていた。そんなある日、一応その動画をチェックしていると俺は衝撃的な映像をこの目で見た。驚愕の余り、声を出す事が、体を動かす事が俺にはとても出来なかった。

 その動画が撮られたのは店の休業日の事、誰もいない筈の更衣室に突然現れたのはあの女性であった。何時も通りに和服を着た彼女はそっとそれを着替えを持たずに脱ぎ去り、一糸纏わぬ全裸となってそこにあった。
(何をするつもりなんだ…?)
 俺が訝しげにそっと画面を注視していると軽く腕を交叉させた彼女は次の瞬間、大きな動きを見せつけてきた。交叉した次の瞬間、彼女の球の様に白い肌の上には純白の産毛、いや毛がびっしりと生え揃っていた。次に軽く体を震わせると、今度は尾てい骨の辺りからなにやらフワッとした長い物・・・尻尾だ、純白の毛に覆われた尻尾が生えているではないか。そして、驚く俺の眼前で女の変容は続き、幾つかの動きの後に変わって言った女は全てを終えた時、人間の容姿を保ちながら人ではなくなっていたのである。
 盗撮カメラからの画像の為、一部不鮮明な面もあるが俺は言いたい。これは全て事実なのだと、カメラの前で1人の女が、人間である筈の女が姿を変え変貌し、1匹のいや1人の白狐、そう伝承に聞く九尾の狐になったのだと…。

 あの一件の後、早急にカメラを回収する事が出来た俺は、その工務店を辞めると共に盗撮の仕事も止めにした。その時に会った依頼者に対しては前金+αを返金し、適当な理由をつけて無理やり納得させて契約を解消すると全ての盗撮機器と盗撮画像を俺は自分の手で処分した。そして、真っ当な道へと戻る事を決意し必死の努力がいるのだが中々上手く行きはしない。だがそんな俺が挫けそうになる度に思い出すのがあの動画―そう、自分の人生の一大転機を作るきっかけとなったあの動画だけは編集して今でも、自室の金庫の中に厳重に保管してあるのだ、と。

 今思えば、この話を聞いたのはあの方がいなくなる数日前の晩の居酒屋での席でした。あれだけ酔っていたと言うのにこうも覚えているのも不思議な話です―白狐の呪いでしょうか、そんな事は無いと思いますが、仮にもしいるのなら会ってみたい。ふとそう思う時すらこの頃は良くあります。年なのかもしれません。


 完
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