願望成就冬風 狐作
「裕子ちゃん、そろそろ帰るよ〜。」
「おじいさん、ちょっと待ってまだお参りすませてないの。」
 裕子と呼ばれたその少女は慌てて本殿の方へと頭を下げて手を叩き、何事かを願った。
「ごめんね、待たせちゃって。」
願い終えると少女は小走りに両親と祖父母の待つ車へと乗り込んだ。少女が乗り込むと車は、深夜の山道を静かに下りていった。

 私はある田舎の神社に祭られている神である。名前は・・・あるにはあるが途轍もなく長いのであえて教えない。さて、今年も年が明けた。年が明けると大抵の神社には人間共が押し寄せて何やかんやと千差万別な祈りを捧げてくる、中にはとても実現不可能な願いを寄せてくる奴もいるがこういった願いを糧に我々神は生活しているので、今後もよろしく頼みたい。
 さて、願いは聞きっぱなしでは終わらせないのが私の主義であるというよりも神々の義務である。とは言え、全てを聞くというわけではない。山の様にある願いの中から、最も一般的なものや切実なものを中心に叶えて言ってやるのが基本だがそのやり方は様々で年に一回まとめて叶える者や、その度毎に叶える者、そして気が向いた時だけ叶える者もいる。有名所になると配下に使い魔をおいて、それに代行させるというやり方をしている者もいるがこれは少数であり、大部分は自らの足で歩いて叶えているのである。

 では仕事始めと行こう、今年私に寄せられた願いは・・・何と5件、少ない・・・とは言え、数年前にこの辺りに住んでいた人間達がいっせいに引っ越してしまって以来こんな事は毎年の事である、最初の頃は急激な変化に苦労したが慣れてしまえば何ともない、むしろ暇になって悠々自適な生活が送れるようになって嬉しい位である。それに何時の間にか私の神社に参りに来ると祟られるという事になってしまったようで、ますます参りに来る人間は減り、来るのは登山の前に安全を祈願していく者とか肝試しと称して遊びに来る連中だけである。自らの安全を願っていく者はその道中をしっかりと守ってやるが、肝試しと称して遊びに来る者は基本的には無視しているが、境内に落書き等をした者には土産として不幸を倍にしてから帰してやる。どうも、この事がここを祟られる神社として有名にしてしまっている様だが、自分としては悪さをした奴にはそれ相応の報いを与えるのは当然であると考えているのでさして気にはしていない。それでは、今年も参ってくれた者達の願いをかなえてやるとしよう。

 まず最初の願いは・・・家内安全か、なになに祟り神として恐れられているあなた様に是非とも守ってもらいたいだと・・・複雑な事情があるようだな。奇特な奴め、とは言え実際に祟り神ではないので真面目に守ってやろう。ほれ・・・よし大丈夫だ、次は・・・、という感じで残りの交通安全・安産・家内安全を叶えてようやく、最後の願いを手にした。
 これで最後か・・・って、なに人として生きるのが嫌になりました、呪い殺してください?何を馬鹿な事を言っているんだこいつは、まぁでも寄せられた願いだ。無視するわけにはいかないからな・・・これで行くか、少し手間がかかるがな・・・。
 ふむ、まっこんなものだろう、後は目を覚ましてからのお楽しみだな。それでは帰るとするか、皆来年もよろしく頼むぞ、必ず願いは聞き届けてやるからな。ではな。
 神は帰っていった。そして、翌朝・・・。

「キャッ!?何これ〜どうなってるのよ〜!」
静かな住宅地の一角にある家の中に若い女の悲鳴が響いた。
「裕子、どうしたの?」
娘の悲鳴に驚いた母親が、飛び起きて慌てて娘の部屋のドアを開けるとその部屋の中に娘の姿はなかった。そこにいたのは、人と同じく直立姿勢の狐と人の混じった未知の生き物が、娘の着ていたパジャマを纏って手鏡を見ながら絶句していた。
「お・・・お母さん・・・私・・・。」
「キャーッ!?」
彼女の存在に気が付いたその生き物、狐人は戸惑いを隠せない様子でこちらに顔を向けてその口から娘の声を放った途端に、また家の中には悲鳴がこだましていた。

「朝からうるさいわねぇ・・・和子の家は。」
「そうだな・・・母さん、お茶。」
「はいはい・・・。」
隣家の大騒ぎも知らずに隣の家では老夫婦が静かにお茶を飲んでいた。

「うーん、寒い日にはやっぱり酒だよなぁ。」
そして、神は1人で酒を飲みながらゴロゴロしていたとさ。



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