廃墟探索・第3章 冬風 狐作
「・・・ねっ、あなた起きなさい・・・。」
 脳裏に響いたのはその言葉だった、朦朧と・・・そしてはっきりとして目を開けると目の前には覗き込んで来ている人の顔。丸みを保ったその顔は目鼻立ちがきりっとしている女の顔だった、その顔立ちはきりっとして細いがどこかエキゾチックで日頃見慣れている顔とはまた別。何よりも軽く程よく自然に小麦色と言う感じに肌が焼けているのもそれをより強調していると言えよう、即ち異国の気配をまとった相手・・・それを前にして俺はただ視線だけを働かせて見つめているだけだった。
「ふうん・・・この島の人間って色が白いのねぇ・・・。」
 呟く女の言葉だけが耳に入ってくる、その後も続けて次から次へと飛び込んでくる内容は全て俺の体に関する事ばかり。そして手が触れられて不意に感覚が取り戻され、俺は体が全裸にされて何にも固定されていないと言うのに石の様に硬くなって身動きが取れなくなっているのを感触によって悟った。当然言葉は出ないが何故か表情に関する筋肉だけは動くようで、思わず俺は口元を歪ませて驚きを表へと示し当然それはその女の見る所となった。
 その表情を見ると共に、いやただそれを待っていたのかもしれないが女はそっと顔を上げると踵を返して一旦視野の中から消えた。視線の先に写るのは当然天井でそこは他に見てきた部屋と同じく白く塗られた石造りの物、軽くひび割れが走っている以外は気配としての古さは漂わせているものの何の変哲も無い白天井だった。
「まぁ・・・ちょうど良い所に来てくれたわね。私、嬉しいなぁ・・・。」
 再び始まるのは一方的な女の語り、それに対して一つ一つ思考が働くものの示す事が出来ない。ただ唯一出来る表情でだけ見せようとするが見せようと思う余り、むしろそれは阻害されてしまい混乱した、しているとしか思えない表情しか浮かべる事がしか出来ない。そんな俺を見て楽しんでいるのか、それとも別の要因もあるのか女はそれこそ華やげに微笑み話しかけてくる。それから視線を反らせない事・・・それが何よりも屈辱的で悲しかった。

 はっと我に返る、どうやら視線を反らせない事で少しでもその苦痛から逃れようと思いつめる余り、思考するのに傾斜し過ぎた俺は一時的に1人思考を混乱させて己を見失っていたようだった。再び正常化した思考の先に見える世界では女が俺の視線の先で何かを手にし振りかざし、見せ付けるそれは・・・拳大ほどの大きさのある楕円形。色は収穫されたばかりの梅を連想させる若い緑色で、恐らく掴んでいる様子から察して硬いのであろうがふとしたしなやかさが感じられてならない。
「もう・・・勝手に沈んじゃ駄目よ、あなたは考える必要が無いんだから・・・私の言うとおりにするのを何よりも覚えてね。」
 "梅の種"を掲げ掴んだまま女は静かにそして面白いものを見たという調子で語りかけてくる。そこまで面白い物として見られる義理は全く俺にある訳ではないし、言葉の額面通り従いたくは毛頭も無いものの体が封じられたも同然で身動きが取れないのだから必然的に従わざるを得ない。
 だから俺は表情を消して・・・仏頂面とも取れる心地にして聞き入る事にした。そしてされでも良いと言うかのように、とは言え元々気にはしていなかったのかもしれないが相手は何もそれに対して反応を見せる事無く、ひたすら満足げに自分に酔っているかの如く口を動かし続けているのだけを見ていた。
「とにかくあなたが男で良かったわ・・・手間が省けるものだし何よりも私にとっては一番良いのよ。」
 言葉がかけられている間も動きが休まる事はなかった。種の様な塊を見せ付けられつつ掴んでいるのとは逆の手は俺の首元から胸、そして腹部へと幾度と無く撫でて往復し絶え間なく細やかな刺激・・・くすぐったい。恐らく神経が生きていたならその様に細やかに感じたであろうが、今の俺にはただの触覚を通じてのただそこに圧力がかけられているとだけしか分からなかった。まるで手付きは昔自分が飼っていたペットの猫を膝の上で撫でていた時の如く、あの毛並みを人の皮膚に置き換えれば全く違和感は無い。
 気が付けば女は語るのを止めていた、ただ体の基本的な姿勢を相変わらずで手は飽きずに同じ動作を繰り返し視線は尚も俺の顔へと当てられ、更に厳密に言えば互いの視線は明らかに交差していた。こんな女の視線を浴びるのはとても願い下げではあるが前述した理由で、何よりもとうとう顔の表情筋すら一切動かせなくなっていてそれこそ彫像の様に、俺は固定された世界のみしか見る事が出来ない非生物にも近い存在に思えてならない。
 そうロボットと言う思考する非生物に堕ちてしまったかの様で・・・コンピューターが幾ら優秀な能力を持っていてもそれに対する入力が無ければ無力であるのと同じく、この一連の出来事を認識出来ても考えが周らないのだ。洋館の中でいきなりの警告放送そして血、意識を失った後に目を覚ますと共に現れた女とその唐突な言葉と単調に繰り返される仕草。それら一つ一つが何かの意味を持ち合わせているのは認識出来てはいたものの、総体としての流れでは何を意味しているのかそれが掴めない。
 全く情報が無いのではなく断片的にそれでいて妙に充実しているからこそ、思考をただただ空回りさせて何か考えていなくては脳が落ち着かなかった。とにかく空転して無用で過大な不安と混乱だけが積み上がって行く。
「あなたは・・・まだ私の言う事聞いてくれていないのね・・・。」
 そしてその言葉がその積み上げに更に投げ掛けられる。

 事は動く・・・俺が後に思い返す限りではその言葉が始まりだった様にしか思えてならない。前述の言葉を投げ掛けた瞬間、女の目元は見る見る間に潤みそこから大粒の液体が降らし始める。文字通りそれは雨に近いところがあり俯く様に下を向いているのだから、ボトッと言う正にその音が響くが如く体へと落下し潰れ広がる。やがて次第に口どころか表情が歪みまるで泣き叫ぶ般若の面と思えるまでに変貌は広がり、般若の面を以って女は号泣し絶叫・・・その流れにはとても正気を見出す事は出来なかった。
 とにかく全ては狂気であって断続的に唸りつつ、幾度も幾度も女はその恐ろしい顔を俺の鼻の頭すれすれにまで迫らせては威嚇する。その顔から咄嗟に浮かんだ物、それはブルドックの顔だった。あのへちゃむくれた潰れた顔、何よりもあの垂れている涎が女の目から漏れる涙と被ってしまい何よりも表情が先ほどの様に動かせていたならとても笑いを堪えるのが精一杯であったのも共に容易に想像出来てしまったものだった。
 しかし見ていてとても心象としてよろしい物ではない、余計に何をされてしまうのかわからなくなってしまったから当然であろう。段々とその様な押し殺すのに要する労力は消えて行きそれを要しない心の震えが始まる、労力が要らないのはそれは体が思考と精神以外動けないからである。だからなのであるが・・・どうやら女は思考と精神がまだ俺の意のままになっているところが気に入らない様であった。
 全てはその狂った言動の中からようやく見出せた事。そして何を思ったのか女はいきなり今に至るまで握り続けていたその巨大な"梅の実"を俺の口へと近づけさせ、そして何のためらいも無しにそのまま・・・押し込んだ。いや押し込もうと唇に当てて力を入れたのである、当然口は閉じられているし上下の顎の骨に何よりも俺には丈夫な歯がある。
 だからそのままでは歯が傷つく以前に唇が硬く閉じられているのだから中に入るのはとても困難、だからこそ俺は苦しくてもその様に半ば最早発狂したと言って良いほどになっていた女の見境の無い行動の1つだと感じていたが、それが間も無く打ち砕かれる事になろうとは少なくとも押し当てられた瞬間には微塵にも感じていなかった。そして数十秒後、俺は・・・意識の中で飛び跳ねる現実に直面したのだった。
「ああ・・・入ってく・・・入ってくうぅぅぅ・・・あはははっ。」
 耳に響く甲高い笑い声の中で静かに確実に来る驚きと感覚、有り得ない考えられなかった事それは・・・閉じられたガードの固い唇の中へとその"梅の実"が押し込まれて行く、いや挿入されていくと言った具合で姿を隠していく事である。確かに感触として上下の顎の骨なりが押しのけれていく物は感じられたのだが、そこにはこの状態での痛覚は当然無いとしても壊れたと言うまで感じられる程の感触は感じられなかった。
 何とも言えない静かな押しのけると言う感触は通じる物を見出すならそれは肛門への座薬挿入であろう、あの抵抗はありつつも入ってしまうと言う中途半端でそれでいて強く脳裏に感じる感触と大変酷似していたのだ。それに気が付いた時にはもう半ば過ぎまで口内へと含まれていて明らかに頬は膨らんでいた後、しかし閉じられて頑固に抵抗する筈の口は肛門の様にわずかな抵抗だけで含ませていくのだから・・・残りの終端へと結ぶ曲部は当然今まで以上に滑らかに、ストンと言う表現の如く口内に収まってしまった。それに至るまでの呆気なさだけ・・・それだけは頬が膨らみきった苦しさと同居していた。
 だがそんなことを知ってか知らずか女に容赦はなかった、続けては開いた両手で頬を掴んでは揉み始める。それこそ笑いつつ、今までよりも明瞭な言葉遣いに立ち返って笑いと共に忌みのある言葉を投げ掛けるのであった。

「ふふ・・・あなたもうわたしのもの・・・わたしのものぉ・・・っ、わたしのたね・・・たべたんだもん・・・はは・・・ははははっ!」

「わたしのおとこ・・・とりかえすのぉ・・・とりかえすのよぉ・・・あは・・・よろこびなさい・・・わたしにきょうりょくできるのぉ・・・んくふ・・・ふくはははは・・・ひはぁっ!」

 時折、一拍の間を開けつつそれを続ける女。そして揉まれる頬の中であの大きなまた一回り膨らんでいるように感じられてただ息苦しさが増す中で俺は今度こそ、先程女が求めていた形になってしまいそうだった。それは全ての自由を失う、全てを彼女の元で停止させて従うと言う事。狂った言葉の端々に散らばめて思い通りにならない事に苛立ちを見せていた。
 この状態にて唯一意のままに自由にしていた思考と精神を手放してしまいそうなまでの苦しさの中に追い詰められ、何かが込み上げる様な感覚がいよいよ俺を襲う。気分は最悪でとてもこの世の物とは思えない苦痛、だがそれも長くは続かない。何故ならとうとう俺は意識を思考を失い暗黒の中へと転落したのは間も無くだったのだから、そして苦痛から無痛へと俺は旅立ちへの対価は全ての途絶・・・そして何時果てるとも知れない無痛に沈んだ。




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