違う私へ・・・ 暁 紅龍作
「只今〜、寒い寒い…。」
 そうして私は夜遅くに一人暮らしをしているアパートに帰宅し、冷え切った自室をエアコンと電気ストーブで暖める。
「ふぅ……。さてと……、今日も……。」
 そうして私は部屋の机に置かれているPCの電源を付ける。起動するまでの間に私は普段着に着替えているとようやくPCの画面が表示されていた。そしてデスクトップに張り付けられているアイコンを二度マウスカーソルで押して、あるアプリケーションを開く。
 開かれたウィンドウには何やらキャラクターのような画像が表示されている。
「今日は……、この子にしよう……。」
 そして中央に描かれていたキャラクターを選ぶと画面が真っ暗になった。
「通信の準備が出来ました。アプリケーションを起動します...」
 暫くすると小さく文字だけの表示が現れ、私はそっとディスプレイに手を近付ける。
「んっ……!あぁ……っ!!」
 両手をディスプレイに付けた瞬間、体に電撃に似た衝撃が駆け巡る。それは頭の先端から手足の先に到まで体の細部まで行き届くと徐々に体の感覚が薄れていく。まるで体と意識が引き離されていくような、更には真っ黒なディスプレイに引き込まれていくような、そんな感覚に包まれながら、私は暫く意識を失った。

『…………ん……っ……ぅ…。』
 私はそっと瞳を開く。私のいる空間は何もない真っ白な部屋。
“……通信完了...ようこそ、滝(ろう)さん……”
 その私のいる部屋に機械的な合成音声が響き渡る。
『うん…、やっぱりまだ慣れないなぁ…。でも…。』
 そうして私は自分の姿を見回す。体を覆う皮膚は深紅色、更に均等に大きく割れて折り重なっているそれは爬虫類に代表される生き物と同じ鱗状の皮膚……。更に頭部には細く長い角が一対、皮膚と同様にその顔も爬虫類のように鼻から下顎までが前方へ突き出している。そして下半身の背部からはすらりと細長く伸び、床に垂れて、時折左右に揺れ動くそれはまさしく尻尾。
 そしてその体を覆い隠すように皮膚とは対照的な翡翠色の色鮮やかで光沢のある薄く活動的で且つ絢爛豪華な印象を併せ持つ中華風のドレス…。背には柄の細い長剣を身に纏うその姿は人のように二足で立つが人ではない。その特徴的な顔、尻尾……。私の姿は厳格な表情を浮かべる東洋龍と人の姿を併せ持った言わば東洋龍人の姿になっていたのだ。
「ふふ……、この体……凄く暖かいんだよね……。」
 しかし私はそれが当然のように受け止める。何故ならなるべくしてなったのだ。私が先程まで見ていたのがメッセージングサービス・プログラム……、通称メッセと呼ばれている。ウインドウに描かれている様々なキャラクター達……。このキャラクターはネット上の私自身であり、このプログラムはキャラクターとリンクを取るために意識を一時的にキャラクターに集中させるのだ。
 ある意味このキャラクターに一時的に自らの精神を乗り移させるような感覚になり、キャラクターを自由自在に動かし、このキャラクターを通して他のキャラクター達とコミュニケーションを取る。
「んぅ……、今日は誰がいるのかなぁ……。」
 そして、私のいた無機質な空間は卵の殻が割れていくように消えていき、色鮮やかな自然味溢れる空間が現れ、そこには私の知り合いが居た。

「お〜い、『凪(なぎ)』w今日も入ってたんだ。」
 私は嬉しそうに、手を振りながら凪を呼び近寄っていく。
「おぉ…?『滝(ろう)』も来てたんだ。」
 凪と呼ばれているキャラクターが私の話し掛けたのに気づいたのか後ろへ振り返る。その姿は人のように二足で歩くが人ではない。ふさふさとした黄土色……いや、光の加減では金色にも見える柔らかな獣毛、獣毛と同じ色で先端が焦げ茶色に染まって、頭頂にピンとたっている三角形の耳……、前方へ突きだして、口からは八重歯のように犬歯が垣間見えるマズル……。
 見るものに強烈な印象を与える色鮮やかな紅く、美しい金色の刺繍が入っている中華風ドレス……、その腰には護身用の短刀を身に纏っているその姿はまさしく狐人……。そう、凪も私と同じ獣人タイプのキャラクターであった。
「今日も……凪に会いたくて来ちゃった。」
 そうして凪に満面の笑みを私は見せる。
「俺もだよ…、ずっと待ってた……。」
 凪はそういうと私の顔を見つめ、お互いのマズルを噛み合わせるように熱い接吻をする…。お互いの長い舌が絡み合い何とも言いがたい痺れるような感覚に酔いしれる。
「あは……っ……ぅん……。」
 私は恍惚の表情を浮かべながら凪の突然の接吻に快感を覚える……。そう、私と凪の関係は…、現実世界ではあまり良い印象に取られない同性同士の深い関係なのだ……。
「どうだい…?衣装を変えてみたんだけど……。似合うかな?(笑)」
 凪は私の口を放すと少し恥ずかしそうに私に話しかける。
「……凄く良いよ………私も……、変えてみたんだけどどう…?」
 ひらひらと着ているドレスを広げ、凪に見せる。凪には私のドレスのスリットから妖美に見え隠れする脚部が見えている……。
「うん……、滝も凄く綺麗だ…。」
 そういうと凪は私をゆっくりと優しく抱きしめる…。
「もう……、俺だけの物にしたい程だ……。」
 凪はそういうと抱きしめたまま、優しく首筋を舐める……。
「いいよ……、凪となら……。」
 そうしてゆっくりと……。凪にされるがままに私は凪との甘く、濃密な一時を過ごしたのであった……。

「ん……、うん………。」
 そして私は再び目を覚ます……。その姿はいつもの人の姿……。そして何時もの私の部屋……。私の前にあるPCの画面には一定時間の操作が無かったのが原因で切断した旨のエラー表示があった。どうやら凪との一時の後にお互いに果ててしまったみたいだ。
「んふふ……、凪ったら…。」
 そうして私は今日も凪を感じあった感覚を秘め、元気良く自室から出かけていったのであった。


 完
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